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20161209Fri
 >26日目

12/9(水)晴

 風もなく、そこまで寒くもなく、ただ、背中に感じるベンチの固さと、暴走族の練習走行の爆音によりほぼ1時間おきに目を覚ます。そのまま眠れず4:30に出発。昨日のスラックラインを練習していた人に声をかければ良かったと後悔。コンビニでトイレ&着替え&アイシールド立ち読み。
 54番延命寺にはたぶん一番乗り。納経所のおじさんがのれん(?)を上げるのをお手伝いする。
 55番南光坊のご住職(?)ただのおじさん(?)すごくファンキーだった。話し始めると止まらない感じ。僕の納経帳用に、盗難防止ということで筆ペンで名前を書いてみてくれた。若干失敗してた。
 56番泰山寺、いちど通り過ぎてしまう。危ない危ない。
 57番栄福寺、ミシマ社から本を出してる白川密成ってここのお寺の住職なのか! 本についての切り抜き、ボブ・ディラン『風に吹かれて』の歌詞を紹介する文章などが掲示してある。山内の建物など新しくて綺麗。納経所のおじさんもとても丁寧に対応してくれた。
 お昼はまた暑くなってきた。58番仙遊寺へは、途中の山道よりも寺の山門をくぐってかたのほうがキツイ。下りの階段もキツイ。今日回ったお寺は改装工事中の箇所が多かった。ここも弘法大師像を直している。足場が組まれてたり、シートに覆われてたりするのはやっぱり見た目的にがっかりする。納経所の女性が、書くときにわざわざ指輪を外していたところに心遣いを感じた。
 コンビニでがっつり休憩。車のおじさんにミカンを頂く。横浜に行ったことがあるらしい。
 59番国分寺の納経はかつてないアッサリ感。他の国分寺と、かいてもらった文字は変わらないはずなんだけど、なんか妙にササッと書かれた感じを受ける。
 16:20に宿泊予定の光明寺・通夜堂へ到着。ここは番外でもなんでもないただのお寺。だけど通夜堂には泊まらせてもらえるし、たまに住職とお話もできるという、歩き遍路にとっては天国のような場所。2段ベッド、コタツ、卓上電気スタンド。壁にはご住職が作っているお寺の通信がたくさん貼ってある。泊まらせてもらうお礼に本堂にお参りしる、夜でも入って良いみたいだ。本がたくさん置いてあって、自由に読んでも良いのがありがたい。向かいの日切大師にもお参りする。この日は残念ながら住職にはお会いできなかった。代わりに通夜堂に置いてあるノートを読んで、ほかの人が住職に聞いた話を又聞きすることに。
 近くの銭湯(めっちゃボロくて良かった)スーパー(激安)へ行ってから、明日の計画を立てる。今日は調子よくスイスイ歩けたけど、明日はあまり多く回れないことに気付く。

コンビニ 855円
コンビニ 932円
スーパー 482円

4:00 星野浦海浜公園 -(6k)- 6:30 54番 -(3.4k)- 8:00 55番 -(3k)- 9:20 56番 -(3.1k)- 10:10 57番 -(2.4k)- 11:20 58番 -(6.1k)- 12:50 59番 -(9.8k)- 16:20光明寺


 室内に泊まれた日は一日の記録がしっかり取ってあって、あとからよく思い出せる。光明寺は本当に良い場所だった。住職が薦めていた山本周五郎『日本婦道記』は旅が終わってからすぐに読んだ。
 おそらくは光明寺の住職の文章から抜き書きしたのだろう、僕のメモにこんなことが走り書きしてあった。
「人の短を言わない 己の長を説かない」
 どこかで見た喫茶店の可愛い看板がスケッチもしてある。全然眠れなったわりに、この日は体力に余裕があったようだ。

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20161208Thu
 >25日目

12/8(火)晴+風

 全然寝られなかった。ベンチだけ。寒さのせいか、夜中にお腹が痛くなって起きる。公園にトイレもない、周りにも何もない。1kほど歩いて太山寺まで行ってみるが、トイレに鍵がかかっていて入れない。戻ってきてベンチに座り込んで苦しむ。もうダメだと思いきや、なぜかオナラだけが出続けて、九死に一生を得る。何が原因の腹痛だったのか分からない。やはり道後で遊んだ罰だと思う。朝には辺り一帯に霜が下りている状態で目覚める。もちろん僕も全身に霜が下りていた。寝られないまま5時前には目が覚めてしまう。全身が勝手に震えている。ヒザが笑う。めちゃめちゃ辛いのに笑ってしまい、さらに辛くなる。尿意をもよおすが、まだ寺は開いてない時間なので、もちろんトイレも開いていないだろう。申し訳ないがその辺りで済ませようとしたが、早朝から歩いているオバさんに見つかりそうになり、逃げる。追いかけられる、逃げる。しばらくそのやりとりを繰り返したのち、追いつかれる。手袋を落としていたことを教えてもらう。なんじゃそりゃ。6時半には夜が明け、しぶしぶ行動開始。寺の自販機には冷たい飲み物しかなかった。なんでやねん。52番太山寺・53番円明寺と参って日が昇り、ご飯も食べたところでようやく体が温まった。
 53番を出たあとの道が思いのほか長く、どこまで行くんだと地図とにらめっこした。しまなみ街道に出ると、隣はずっと海。天気も良く眺めは最高だった。途中で瓦が名物の町があった。松山は俳句が有名らしい。今日野宿する本田はタオルと運船の町らしい。色々あるんだ。太山寺住職によると、金曜から天気が崩れるらしい。いまのまま行くと、その日は山道だ。死ぬんじゃんかろうか。今日寝る公園でも、目の前が国道で車がジャンジャン通ってるし、寒いのとで眠れそうにない。けど、屋根があるし、昨日よりは全然マシか。何よりトイレがある!
 国道を歩いているときに、マラソンしている人と話した。コンビニの店員さんとも話した。ここから野宿ポイントが少なくなるのが心配。財布の残金が2万を切った。どこかでまたお金を下ろすことになるかもしれない。

コンビニ 566円
コンビニ 235円
コンビニ 718円

6:30 52番一ノ門 -(1k)- 6:50 52番 -(2.5k)- 8:05 53番 -(28k)- 16:55 星の浦海浜公園


12/8(木)晴
 寒すぎて震えが大きくなると、体って勝手に動くんだ、ということが身をもって分かった。野宿で歩いていると当然、ほぼ毎日、野グソの危機にみまわられる(いちいち書いてないけど、日記には「野グソピンチ」と「ウンコセーフ」という単語が何度も出てきます)のだけど、この日が一番、もうダメだと思った。ズボンをガッと下ろしたところで、近くにオバサンの気配を感じたときは、死を覚悟しました。通報されなくて良かった。
 眠れてないため、この日は意識が朦朧としており、そのおかげで海が余計にきれいだったように思う。野宿する公園には明るいうちに着いた。何日か暗くなってからも歩かなければならなかったので、明るいうちに寝る準備ができたのは良かった。ヤンキー単車が爆音を立てて往復するのを聞きながら、スラックラインの練習をするお兄さんを眺めていた。




20161207Wed
 >24日目

12/7(月)晴!

 ずいぶんゆっくり寝られた。昨日の方(おそらく住職?)に挨拶をしたかったが、あいにく別の人しかいなかった。とりあえずお礼を述べる。いったん道を戻って46番浄瑠璃寺。お寺のお母さんが良い方で「朝ご飯に」とおにぎりとお茶を頂いた。47番八坂寺で会ったお父さん、この日なぜか何度も会うことになる。80代には見えない若々しさ。カメラをしまった場所が分からなくなって慌ててるの萌えた。
 49番浄土寺に向かっていると、またHさんが車でやってきた。僕が来るのを待っててくれたらしい。柿・みかん・ドーナツ・お茶を頂いた。めちゃめちゃお世話になっている……。ここからしばらく一緒に歩く。50番繁多寺、山内には見るものがそんなにないけど、景色がすごく良かった。松山が一望できる。というわけで、愛媛の観光地、道後に突入。51番石手寺は、とても広く、観光地みたいになっている。ただ、きれい、というわけではなく、なんか張り紙などでお寺の意見をやたら主張している、毒々禍々しいパワーに満ちあふれた寺だった。タイのテーマパークみたいだ、行ったこと無いけど。人が多く疲れる。Hさんと座ってしばらく話し、ここで別れる。今日一緒に行った4寺で88カ所を回ったことにする、と言っていた(笑。
 山頭火の一草庵へ。とても静かな良い場所。訪問者ノートを一通り読んだあと、ボーッとして夕方まで過ごす。徳島から歩き始めたときに行くと決めていたので道後温泉へ入る。10年以上前に来たときは到着が遅れてしまい入れなかった覚えがあるのだけれど、なぜか内部に見覚えがあった……。月曜なのにたくさん団体客がいて大変にぎわっていた。ちなみにお遍路は僕だけだった。街のなかで道に迷ってしまい、風俗街に出てしまう。この格好では一番似つかわしくない場所である。案の定、客引きに「お兄さん、こっちの修行はどう!?」とからかわれ、歩いてる嬢に「ウザ」と言われる。
 暗い中歩いて、52番太山寺の一ノ門まで来た。……あれ?野宿リストには児童公園と書いてあるが、……何もない……。いや、公園はあるのだけれど、……ベンチしかない。ついに、ガチ野宿である。どうか朝まで晴れていてくれ。右足のカカトがずいぶん割れてきてしまった。


コンビニ 404円
道後温泉 ?円
すき屋 490円

7:20 47番通夜堂 -(0.9k)- 7:50 46番 -(0.9k)- 8:20 47番 -(4.5k)- 10:10 48番 -(3.2k)- 11:20 49番 -(1.7k)- 12:30 50番 -(2.8k)- 13:50 51番 -(10.1k)- 52番一ノ門


12/7(水)晴
 大学生だったころ、高校の吹奏楽部の同期が計画してくれた旅行で一度四国へは来たことがあったのだけど、僕だけ皆との合流が遅れてしまったので、道後温泉へは行ってない、はずだったんだけど、どうも記憶違いらしい。ちなみのこのとき、温泉が蜷川美香とのコラボイベント中で、すべてのふすまに蜷川さんの写真が印刷されていた。観光で来た人には良いかもしれないけど、修行の風情ではなかった。その風情でないまま、風俗街に突っ込んでいってしまった。いかにも温泉街。空気を読まずにすみません。
 山頭火は一時期ちくま文庫の句集を読むなど好きでいたのだけれど、そのヤンキー的なものとの親和性の高さにやや食傷気味になってしまい、しばらく離れていた。あらためて終の住処である一草庵を訪ねた。気候も良かったこともあり、たいへんのんびりとした時間を過ごせた。山頭火も遍路を歩いているのだけれど、当時はもっと大変だったのだろう。山頭火はどうしてあのような生き方になったのか。
 さて、寝床が、曇った夜空の下、オープンエアのベンチとなった。全日程中、この日が一番死ぬかと思った。僕は山頭火にはなれない。修行の身というのに、道後で遊んだ罰かもしれない。




20161206Tue
 >23日目

12/6(日)曇

 寒さに加えて、バス停の目の前を通っていくトラックが多く、爆音と揺れでよく眠れず。朝コンビニへ行くと、『BLUE GIANT』の7巻を発見。少しだけ立ち読みする。玉田のドラムが誉められるシーンで泣きそうになり、めっちゃテンションがあがった。今日一日はこのテンションで乗り切った(笑)。
 44番大寶寺へは暗いうちに1番乗り。境内はまさに山頭火の句碑どおり。
「朝まゐりはわたくし一人の銀杏ちりしく」
 45番岩屋寺まで8kのわりにすさまじい山道。さすが修験の寺。44番から45番までの道は往復で同じ道を通るので、しばらく前にSさんが見せてくれた必殺技、行きのどこかで大きい荷物は置いておき、帰りに回収する、をやってみた。おかげで身軽に登れた。境内もすごく山まっただなか。脚に不安があるので、石山に登るのや、ハシゴで上の方に行くのは遠慮して、洞窟みたいなところへだけ入った。ここまでも洞窟を見るととりあえず入っていた。僕は洞窟が好きなのかもしれない。
 三坂峠へ急いで向かうが、日が暮れはじめてしまった。夜に山道を歩くのは絶対にやってはいけないこと。しかし道はだんだん見えなくなっていく。不安にかられるが、慌ててはいけない。昔のお遍路が修行道を歩きながら唱えていたというお経をあげ、「夜になる前になんとか、車道か街灯か民家のあるところまで出してください」と念じると、前の方で、自分の杖以外の鈴の音が聞こえた、気がした。「安心して行きなさい」という声が聞こえた、気がした。頑張って進むと、完全に暗くなる前になんとか山道を抜けることができた! そのあと、真っ暗(といっても、街灯はポツポツとあるし、車はぜんぜん通らないので、昨日の車道よりマシ)ななか、47番八坂寺にたどり着く。当然、納経時間は終わっているので、寺も真っ暗。山門の下のベンチで休憩、あわよくばこのまま野宿させてもらおうと考えていると、車で寺の方が帰ってきた。おそらく僕がいることを伝えてくださったのだろう、住職が出てきてくださって、通夜堂に泊めて頂けることになった! 自転車も使わせて頂き、ちかくの銭湯の場所も教えてくださった。頑張って歩いて良かった。ありがとうございます。


コンビニ 606円
コンビニ 357円
コンビニ 843円

5:30 バス停 -(2k)- 6:40 44番 -(8.4k)- 10:35 45番 -(29.6k)- 47番


12/6(火)晴
 何度も言っているけど、暗くなってから山道には絶対に入ってはいけない。手元のライトだけではほとんど何も見えなくなる。三坂峠の山道に入るときにはもう薄暗くなりはじめていた。本当だったら引き返さなければいけないんだけど、かと言って引き返しても昨日と同じ標高で野宿である。なので突っ込んだ。かなり気も焦りながらだったので、上に書いたような超常現象も体験してしまった。まあ今となっては自分でも信じていないんだけど、このときの僕にとってはマジだったし、たしかに聞こえたんだからしょうがない。
 八坂寺は本当に良い寺だった。これも前に書いているけど、88カ所の寺は、観光地化してたり、金儲け臭がすごい寺が、残念ながら多い。おそらくそういう寺では、夜遅くに薄汚い歩き遍路が来たところで門前払いである。このあと会ったお遍路の人からは、八坂寺は良かったと何度も聞いた。たしかここは宿坊もあったはずだと思うけど、無料で泊める場所もきちんと整えてくださっている、その気持ちよ。




20161205Mon
 >22日目

12/5(土)曇 ひさしぶりに無風

 すごくゆっくり寝られた。なぜならストーブがあったから!ありがとう十夜ヶ橋。ついでに空海に思いを馳せながら橋の下に寝転んでみた。お寺が開いているときにお願いすれば、野宿用にむしろを貸してもらえるらしい。さすがの空海も冬だったら死んでたんじゃないかと思う。
 土曜なので、他のお遍路さんもよく見かけた。僕の寝巻きと同じような格好でキャリーケースを引き、ゆっくりと歩いていたおじさんがいた。
 内子という町で餅つきのイベントに来ていたチビッ子にトイレの場所を聞かれて、資料館のようなところに連れて行ってあげた。ついでに自分もトイレを借りた。内子、良いところ。すこし昼寝をした。
 昨日携帯を貸してくれたHさんが車で追いかけてきて、しばらく一緒に歩いた。正直、人と一緒に歩くと疲れる。柿やみかんをたくさん頂く。ありがたい。18時までには帰宅ということで、本格的な峠に入る前に引き返していった。2つルートがあるうちの、2k分短い方を行こうとすると、真ん中辺りが土砂崩れで通行止め。引き返してもう一つの峠に行こうとするも、すでに暗くて山道が危なくて無理。大回りに車道を歩いていく。33号線。真っ暗。街灯なし、民家なし、そして歩道なし。路側帯が少しあるだけの道を車が猛スピードで走っていく。夜に山道に入ってしまったときより、危険を感じた。気が疲れてヘロヘロになりながら歩いていると、やがてサークルKを発見!すごく嬉しかった。温かいものを食べる。ログハウス風のバス停で寝させてもらうことにする。寒い。


すき屋  490円
コンビニ 524円
コンビニ 341円

6:30 十夜ヶ橋 -(43k)- 20:40 久万町のバス停


12/5(月) 晴
 峠が途中で土砂崩れだったというショックと、そのあとの車道がめっちゃ怖かったということしかほとんど覚えていない。日記を見て、そういえばチビッコと会って遊んだわーとか、Hさんの政治批判聞きながら歩いてたわーとか思い出した。このすこし前から、峠が土砂崩れであるという情報は寺のノートなどで見ていたはずなのに、頭から抜け落ちていた。距離が短い道を優先しすぎた。結局大回りで2kぶんくらい余計に歩いたと思う。まあ冷静に考えている余裕もないほど疲れていたのだろう。ちなみにこのころにはもう、Hさんが心配するほど髭がボウボウに生えている。内子の町を出ると峠と山道の連続で、久万町はふもとにあるくせに標高400m。なので寒い。





  

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このブログのタイトルは OFZK です
ソントン という人間が書いています
だいたい本を読んでいます





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