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20150430Thu
 >4月おしまい

 最近、ジャズばっかり聴いています。あ、聴いたCDは、過去百回は更新を挫折していることでおなじみのTumblrにて記録しています、よしなにご参考 →Tumblr「36」。
 ちょっと前まではコルトレーンにドハマリしていて、「『オラトゥンジコンサート』こそ至高の1枚でげすよ」とか言ってましたが、まあコルトレーンはファンも研究者も多くってですね、本もめっちゃ出てますし。いつものひねくれ思考「コルトレーンは他の誰かが良いっていうし、俺は改めて言わなくてもいいや」が顔を出して、しばらく遠ざかっております。いや、いま聴いてもオラトゥンジは最高だと思いますけど。熱くなりたいときに聴きたい1枚。

 で、どこ行ってるかと言いますと、エリック・ドルフィー。
 もう一回言います。ドルフィー。いや、もう、コルトレーンよりも今さら感がありますけど。ドルフィーくらいのジャズジャイアンツだったら、本も何か出てるやろ、と思いきや、1975年刊のウラジミール・シモスコ、バリー・テッパーマン(訳 間章)『エリック・ドルフィー』(晶文社)しか無さそう。え、ドルフィーってそんな扱いなの。たしかに活動期間めっちゃ短いけどさ。
 と、amazonを調べてたら、今年の10月に洋書で、Brian Morton『Gone in the Air: The Life and Music of Eric Dolphy』(Equinox)っていう本が出るみたい。これは楽しみ。英語読めないけど。

 いつか、ドルフィーと、そして、ジミー・ジュフリーの音源は揃えたいところです。夢です、夢。



 今日で4月がおしまいでしたね。読んだ本はこんな感じでした。

バーナード・マラマッド『レンブラントの帽子』(夏葉社)
佐藤哲也『シンドローム』(福音館書店)
宮内悠介『盤上の夜』(東京創元社)
上田岳弘『太陽・惑星』(新潮社)
永井孝尚『100円のコーラを1000円で売る方法』(KADOKAWA)
内田樹、岡田斗司夫 FREEex『評価と贈与の経済学』(徳間書店)
橋本紡『流れ星が消えないうちに』(新潮文庫)
吉本ばなな『とかげ』(新潮文庫)
影井公彦『スイソウのムコウガワ』
東直子『とりつくしま』(ちくま文庫)
谷川史子『清々と 3』『〃4』(少年画報社)
安田弘之『ちひろさん 3』(秋田書店)

案外読めてないなあ……。5月はもっと本を読もう。
他にも5月の目標を考えながら、おやすみなさい。よいエイプリルを。


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20150427Mon
 >一軒家を何人かで借りて一緒に住むという計画

 何人かで一軒家に住んで、そこで何かお店でも出来たら楽しいのにな、って夢みたいなことをいつまでも言い続けていこうと思う。

 ひとりで家にいると、ダメダメになっていく気がしてならない。すぐに自分に甘えてしまうので、できるだけ誰かに気をつかってちゃんとしていたい。3人か4人くらいで集まって住みたい。その人々に気を使って、たまに甘えて、そうやっていきたい。
 夜な夜な下らないことをいつまでも話し続けたい。夜になっても踊り続けたい。朝になっても眠り続けたい。
 次に僕らがドアを開けたとき、世界はすっかり変わってしまってて、人は一歩も外に出ず、ロボットが町を歩き、車は空を飛んでいて、いまちょうど、怪獣がウルトラマンをやっつけたところ。
 やあやあ、こいつぁピンチだ。我々がどうにかせねばな。よっこいしょういち。
 そして僕たちは、音楽と物語とダンスと嘘八百で怪獣に立ち向かい、そしていつしか怪獣も仲間になり、ずんどこずんどこと、一緒に楽しく暮らしましたとさ、ウルトラマンバイバイ。

 みたいな感じで。



Maanam - Cykady na cykladach







20150426Sun
 >バカ舌でもコーヒーを飲む

 バイトの休憩中、最近よく、豆香房というコーヒー豆屋さんへ行く。基本的には豆の量り売りなのだけれど、テイクアウトも出来るし、広くは無いけど店内にもスペースはある。ホットコーヒー単品は、保温容器に入れたものが供される。ペーパードリップもあるみたいなんだけど、まあ休憩時間にそこまでのものを求めなくても良いや、という感じで。
 テイクアウトのコーヒー豆は日替わり+時間替わり。朝、昼、午後、という時間帯で変わるらしい。さらにはタイムセール的な催しで、ゲイシャ豆なんかが飲める時間帯もたまにあったりするみたい。
 日曜日は閉店が早くて(ホームページには休みって書いてあるけど、夕方までは開いてる)、休憩の時に寄るとすでに閉店準備中で、のぼりや看板を掻き分けてカウンターまでたどり着くのもなかなか楽しい。
 ホットコーヒーSサイズ(小さめの紙コップ)で190円。5月からは少し値上がりするらしい。看板に本日のコーヒーの掲示はあるのだけれど、店員さんがちゃんと豆の名前を言ってくれるのも親切で良いと思う。
 今日の豆は、ブルンジCOEだった。一瞬、最高経営責任者のことかと、カルロス・ゴーンのことかと思ったけど違うらしい。「カップ・オブ・エクセレンス」と言って、簡単に言うと、その国で行なわれるコンテストで選ばれる美味しいコーヒーのことらしい。っていうか、ブルンジっていう国があったことすら知らなかったんだけど。細かい場所の名前までは見なかったのだけど、ブルンジの豆は大まかにはこういう味、っていう認識で間違ってないと思う。
 苦味よりは酸味が効いてる感じで、酸味の強いコーヒーが苦手な僕でも、美味しく飲めた。っていうか、コーヒーって言う大枠は変わらないのだから、その枠内での色々な味の違いを楽しめた方が楽しい。色々な味のコーヒーを飲んでいこうと思った。

 そういえばこの前、へそまがりへ行ったとき、苦めのブレンドが入荷した、ということで飲ませてもらった。とても苦くて良かった。へそまがりはコーヒーが大変美味しいので、皆も行けば良いのに、と強く思います。




SAKEROCK / SAYONARA





20150425Sat
 >映画『セッション』を観ました

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 いま話題の映画、『セッション』を観てきました。(http://session.gaga.ne.jp/
 “話題の映画”っていう決まり文句を初めて書いた気がするのは、普段、マイナーな映画しか観に行っていないからでしょうか。
 ド一人のくせに、ドキュメンタリ観に行ってなくてすみません。また暇が出来たら行きますんで、期待しないで待っててください。

 新宿コマ劇場跡に新しく出来た、新宿TOHOシネマズで観てきました。動かないゴジラの下で。平日夜の回、客席は6~7割の入りといったところ。普段、マイナーな映画を観に行くと、予告編が1~2本、ヘタするとゼロってこともあるのですが、久々にシネコン行くと、やっぱ予告やら広告やらが多い気がしますね。それだけでまず疲れるっていう。予告を観た中では、『マッドマックス 怒りのデスロード』が一番面白そうだって思った。オリジナルの『マッドマックス』は観たことないんですけど、ああいう世紀末救世主伝説的砂漠感、嫌いじゃありません。あと、映画泥棒の映像って、新しくなるたびにダンスが下手になってる気がする。

 観に行く前から、僕の敬愛するジャズミュージシャン・菊地成孔さんと、映画評論家・町山智弘さんの間で、『セッション』にまつわる論争が起こっていると聞いて、もうそれだけで楽しみだ、と。さらにムービーウォッチメンで宇多丸師匠の評論も聞ける、と。ならば観に行って、自分の感想を書いて、それから論争を読んで、僕の感想の浅さに絶望せねば、と、思っておりました。

 観終わってすぐに思った感想は、純文学みたいな映画だな、というものでした。
 描き得ないものは描き得ないものとして、周りを描写することで、その描き得ないものを浮き上がらせようとしている映画、という印象。
 “話題の”(←また使ってみた)ラストシーンは特になんだけど、他のシーンにしたって、ちゃんとしたオチや解答の描写があるわけではないので、あれ以降二人はどうなったのか、とか、結局それぞれはどんなことを思っていたのか、とか、観た人の想像で補わなければならないので、正解を求めて観た人同士で語り合いたくなる映画、なのではないでしょうか。っていうか、最近こういう映画多いな……。

 公式サイトに載ってるピエール中野(凛として時雨のドラマー)の感想が、一番上手く突いている気がしました。引用。

観終わったらすぐに感想と突っ込みを誰かと話したくなる、めちゃめちゃ面白い優れた映画。
スネアのヘッドを素手の拳で破る主人公に「違う道に進んだ方が良いのでは?」と本気で思った!絶対に見るべき!

 そうです。とある場面で主人公は、スネアのヘッド(太鼓の打面、皮の部分)を、素手で殴って破るんですね。ヘッドは消耗品ですし、破れる現場はもちろん見たことあるので、殴って敗れることがありえないとまでは言いませんが、まあ普通はあんなこと無いでしょう。「えーっ!?」って、ダウンタウン松本のノリで声出して思わず笑っちゃいそうになりました。
 そういう盛った描写がチョイチョイ出てくるので、はじめからジャズ映画だと思って観に行くと、盛ってある部分で冷めてしまうかもしれません。マジの音楽好き、特にマジのジャズ好きの方のなかには、バカにされたように感じてトサカに来る方もいらっしゃるでしょう。
 落ち着いてください。この映画は、ジャズ映画(って言い方で伝わる?)では無いのですね。
 例えば、『少林サッカー』を観て、あれが本当のサッカーだって思う人は、まあ10000人に1人もいないでしょうし(いたらいたで面白いけど)、「こんなのサッカーじゃねえ!」って怒る人もまあいないでしょう。
 この映画も同じです。あれはジャズではありません。ジャズを題材に取った、素直すぎるおバカな弟子とブラックな師匠のバトル映画、といった方がまだ合ってると思います。
 悪いとすれば、ああいった盛りが、マジで音楽をやる上であるんじゃないかって思わせる、雰囲気?描写?宣伝方法?、そこに原因があると思います。
 あと、プロとして音楽で食べていけるようになるのに、どういった練習が必要か、とか、よく知られていないのが悪いんじゃないかとも感じました。もう皆さんは、スパルタ根性論の練習で野球部が強くなる、なんて思ってないでしょ。精神論も大事かもしれないけど、それだけじゃダメって知ってるでしょ。音楽もそれと一緒で。メカニカルな練習や、体を作らなきゃいけない技巧は、回数こなさなきゃいけないけど、一個一個考えて練習していった方が早いですし、バンドも、劇中で描かれるような恐縮しきった雰囲気よりは、ある程度楽しい方がやりやすい気がするし。指導者はたまにはキレるかもしれないけど(夏のコンクールに向けた練習で、指導者をキレさせなかった吹奏楽部は無いと個人的に思う)、あくまでたまにだろうし。

 この映画の特徴は、説明描写がすごく少ないところ、だと思います。ヒントを求めてついつい見入ってしまう。
 内田樹さんがよくおっしゃっている「先生は、なぜ偉いか分からないからこそ、偉い」という論が、まさにこの映画に当てはまっていて、鬼教師・フレッチャーが何故凄いのか、はじめ分かりやすい解説が無いんですね。突然バーンッって出てきて、「新しいバンドメンバーを探している」みたいに言って、バーンッって去っていくだけ。なんとなく周りが気まずい顔になってるし、主人公もバンドに呼ばれただけで喜んでるし、なんかよくわからんけど、あの先生は凄いぞ、って感じになる。
 で、映画の中盤辺りでフレッチャーが、「俺の昔の教え子が自動車事故で~」みたいに語り始める部分があるのですが、そこから俗物感がうっすら出てくる。少なくとも観客には分かるように演出されてる。
 けど、先生に反発しながらもゾッコンの主人公には、その俗物感も見破れず、むしろその過去の教え子の壁を越えなければいけないものとして内心で設定してしまい、引き寄せの法則よろしく自分も同じような目に合いながらも、それを一旦は気力で超えてしまう。けど、先生って言うのは何故偉いか分からない=原因が分からないから超えることが出来ない、ので、その場面では壁に阻まれてしまいます。

 内田論に沿っていうと、劇中でフレッチャーが演奏をするシーンがあるんですが、たぶん、生徒からするとその瞬間、先生は人間に変わってしまったのですね。だって、少しでもジャズを聴いていれば分かると思うんですが、そのシーンでのフレッチャーの演奏は、そこまで凄いものではない、からです。監督がどういう意図であのシーンを挿入したのかは分からないんですが、フレッチャーの演奏を聴いてしまうと、「ああ、あんなに偉ぶっていた鬼教師も、いちプレイヤーとしては凡百のレベルでしかないのだな(=先生ではなく、ただの人間)」みたいに感じてしまうと思うのです。
 島田裕巳さんは『映画は父を殺すためにある』で、イニシエーションとしての父殺しという観点から映画評を書かれてましたけど、『セッション』での生徒vs.鬼教師ってのは分かりやすくその構図になってて、その二者間の距離が巧みに演出されているのが、ラストに上手く活きてましたね。
 つまりラストで再び主人公の前に立ちはだかるのは、先生という立場ではなく、プレイヤーとして一旦は主人公の前に人間として現れたフレッチャーなので、その時点ではもう先生(=超えられない神)ではなく、人間(=超えるべき父)なので、ようやく対峙できる、という変化。上手い演出ですね。
 その父殺しを終えると一体どうなるかが、もしくは結局どうなったのかが、チラとも描写されていなかった、ので皆ヤキモキしてるんですね。俺だってヤキモキしてますよ。けどこればっかりは正解がないのでどうしようもないですよね。

 ただこの見方だと弱点があるのは分かってて、実は主人公は、フレッチャーの駒としては成長しているかもしれないけど、音楽的には成長してないのですね。だってさ、劇中で必死に練習してる曲、たったの2曲だよ? いやいや、灘校の『銀の匙』じゃないんだからさ。枠内では上手くなるかもしれないけど、それ以上には広がらない成長。だから、その父殺しでさえ無為かもしれなくて、再び枠内に囚われてしまうループ構造になってしまうかもしれない。下手すると共依存の関係のままになってしまうかもしれない。そこでさらにヤキモキするわけなんだけど。


 よし。まとまらないままだけど、俺の感想は書きました。
 本当はもっと、なぜ実際の父ではなくフレッチャーを代替の父として設定したのかとか、ガールフレンドとの付き合い方が上手くいかない理由(あの、俺のせいなんだけどっていう口ぶりを装って、言ってることは要するに「君と会うのがめんどくさくなった」っていう、自分が傷つかないダメな振り方、身に覚えのあるのは俺だけじゃないはず、そうだろ!ボンクラ男子ども!!)とか、そもそもガールフレンドと会うシーンが極端に少ない理由とか、母親不在という環境が与えた影響の考察とか、やたら画面が男臭い理由とか、考えるべきなのは分かってますけど!

 けど! なにせとりあえず、菊地さんと町山さんの評論を読みたいので、僕の感想はこんなところで勘弁してください。





20150418Sat
 >見た目も追いつかなかった

 内田樹・岡田斗司夫FREEex 『評価と贈与の経済学』(徳間書店)を読んだ。最終的には人柄が大事だ、っていうことがチロッと書かれていた。僕が最近よく思うこと(演劇とか音楽でも最後には人柄が大事、ってよく思う)と同じで、ちょっと前に内田樹の本を読んだことがあったので、知らず知らず影響を受けて引用してしまったのかもしれない、と思った。あと、シェアハウスしたいな、って思った。ひとりになったとたんダラけてしまうので、常に誰かに見張られている緊張感と共に暮らしたい。早くハゲそう。他に書かれていたことは忘れた。こういう本を読むときは、ページに直接書き込んで、あとから要約する、くらいのことをしないと、ビジネス書アフィリエイトのプロブロガーにはなれない。なるつもりはない。ページは大切にしたい。
 いつか、僕が質問・相づち役として真ん中に座って、その両側3人ずつくらいに、内田樹賛成派・内田樹反対派を配置し、朝まで生テレビ、みたいな現場に居合わせられたら面白いのにな。


 見た目が若いとよく言われる。精神年齢はそれ以上に若い。
24歳くらいのときに、バイトしていた出版社の後輩に、
「ソントンは、自分の精神年齢何歳くらいだと思ってる?」と聞かれ、
「16~17歳くらい」と答え、
「おー、分かってるんだ」と言われた。
 たぶん今は18~19歳の精神年齢で、見た目は22~23歳になってるんじゃないかと思う。ご存知のとおり、実年齢は30歳です。実年齢に、見た目と精神年齢がまったく追いついていない。
 毒きのこちゃんの稽古中には、「鳥皮さんより若いと思った」という声を頂いた。ちなみに僕より鳥皮さんの方が2~3歳年下です。
 たまに、「それで良いの!?」と詰問されることがあるんだけど、まあこれはこれで良いんじゃないかと思う。自覚と、周りからの印象、そのズレが大きくなければ良いんじゃないかと思う。屁理屈かな?
 





20150417Fri
 >第4回ひとつき十冊へ行った

 昨日は白楽TweedBooksで行なわれた、「第4回ひとつき十冊」へ行った。僕と同い歳ということで一方的に親近感を感じているシンジさんがメンバーから外れ、今回から雲雀洞さんが参戦された。雲雀さんの紹介された本では『君もスグできる インディアン生活術』が気になってしょうがなかったのだけど、どうもツマらない本らしい。ガッカリだよ、インディアンに。
 雲雀さんが軽い郊外ディスを口にするとともに手にしていた、越智道雄『幻想の郊外―反都市論』(青土社)。思ってたのと違った、とおっしゃられていたが、ちょうど僕はツイードさんに、山内マリコ『ここは退屈迎えに来て』(幻冬社)を買い取ってもらったばかりだった。この短編集はすごく良かった。まさに郊外、っていうか田舎。短編のタイトルの1つである、

「君がどこにも行けないのは、車持ってないから」

これほど田舎で真実な言葉はない。

 あ、そうです。TweedBooksさんに本を買い取ってもらったのです。個人の古本屋さんに買取をやってもらうのは、多分人生で初めてでした。びっくりするくらい良い値段をつけて頂きました。ありがとうございました。面白い本を、僕の手元だけに置いておいてもしょうがないからなぁ、とふと思って、じゃあ一旦ツイードさんのところへ旅立ってもらおうと。面白い本ばっかです。有名作(?)が多いですけど。
 中でも、2年位前のTwitter文学賞で1位を獲った、小田雅久仁『本にだって雄と雌があります』(新潮社)は、特にマジで面白くって、たぶん、いや絶対にこれ好きだよね、って思い込んで、小道具師の辻本さんに、何回もあげようと思ったんだけど、この前のこゆび侍のときとか、差し入れに間違えてサソリの標本を持ってってしまって、ああもう辻本さんはきっと僕からの差し入れとか期待してないっていうか「だが断る」のスタンスで来るに違いない、とビビって渡せなかったので、だれかもらってやってください。あの年に読んだ本のなかで一番面白かったです。

 


おまけ ソントンが3月に読んだ本

岡田利規 『わたしたちに許された特別な時間の終わり』(新潮社)
吉本隆明 『真贋』(講談社文庫)
植草甚一 『JJ氏の男子専科』(晶文社)
ティナ・シーリグ 『20歳のときに知っておきたかったこと スタンフォード大学集中講義』(CCCメディアハウス)
山本譲司 『累犯障害者』(新潮文庫)
柴那典 『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版) →感想
鴻上尚史 『孤独と不安のレッスン』(大和書房)
イッセー尾形 『イッセー尾形の人生カタログ』(朝日文庫)
ロベルト・ピウミーニ 『逃げてゆく水平線』(東宣出版) →感想
保坂和志 『書きあぐねている人のための小説入門』(草思社)
サマンタ・シュウェブリン 『口の中の小鳥』(東宣出版)
パヴェル・ブリッチ 『夜な夜な天使は舞い降りる』(東宣出版)
海猫沢めろん 『頑張って生きるのが嫌な人のための本』(大和書房)
グリゴリー・オステル 『いろいろのはなし』(東宣出版) →感想
三島芳治 『レストー夫人』(ヤングジャンプコミックス)

15冊。特に面白かったのは太字。
また誰かと本の話したいなー。




20150405Sun
 >東宣出版の「はじめて出逢う世界のおはなし」シリーズ、5冊読みました

 ちょっと前に読んで、ブログに「面白かった!」って感想を書いた、ロベルト・ピウミーニ『逃げてゆく水平線』。さっそく、そのシリーズ「はじめて出逢う世界のおはなし」の既刊を読んだので、簡単な感想を書いておきます。図書館で借りて読んで、もう全部手元に残っていないので、記憶に頼ったあやふやなものですが、ご堪忍。

 シリーズ5冊を面白かった順に並べてみます。


1位 人生の嘘
 イタリア ロベルト・ピウミーニ『逃げてゆく水平線』
 結局、シリーズに出会ったきっかけでもある、『逃げてゆく水平線』が一番好きだったなあ、という結論。ほんとに面白いので、気になる方はぜひ読んでみて下さい。カラッと乾いた狂いっぷりが素敵です。

2位 一冊丸々、伏線
 ロシア グリゴリー・オステル『いろいろのはなし』
 これヤバかったです!超絶フィクション。さすが文豪大量産地ロシア。
体裁は超連作短編集です。閉園後の遊園地で、メリーゴーランドの木馬たちが園長に話を聞いているという設定。すでに頭がおかしい。
 連日連夜、話をしてあげてきたため、園長の話は今夜でネタが尽きて終わり。なのでこの本は、はじめに「最後のお話」というタイトルから始まる。ところが、話が終わって欲しくない木馬のたちの中で、一番の切れ者の木馬が、
「まだ終りじゃないでしょ、ほらさっきの話の途中で出てきた、あのおばあさん。おばあさんは一体どうなったの?」
そして最後の話はやがて、延長に延長を重ねて、42話に突入。しかも木馬たちは次々と同じような手で園長に話をせびるため、まるで手塚治のヒゲオヤジ的スターシステムのように、園長の話のあちこちに同じキャラが出てきて、そのキャラ同士が絡み合って、街が出来上がり、物語は妄想のスピードに乗っかってグングン進みます。あくまで作り話ベースなので、ロジカルな部分はかっ飛ばして楽しいエッセンスだけが残っている感じ。たとえば、基本的に出てくる動物は全員喋るし。サルのお母さんが何だかんだ一番強かったりするし。
 個人的に、小学生の頃、帰り道で友達と延々喋りでロールプレイングゲームみたいなことをしてたのを思い出しました。自分達でいくらでも勝手に作れるので、家の近くになると最強の武器が出てきてそれまで全然死ななかったラスボスが楽勝で倒せたりするっていうやつ。なんか、お話作りの原点、みたいなものを思い出すような本でした。

3位 天使、マジ、人間
 チェコ パヴェル・ブリッチ『夜な夜な天使は舞い降りる』
 人間たちを見守っている守護天使たちが、夜な夜な教会にあつまって、自分がついている人間のことをダベる、という内容です。
 収録作のうち、いくつかは元々ラジオドラマのために書かれたようで、基本的に、語られる話、という体で書かれていて、とても読みやすい。
『過労気味の天使』、そして『古いタイプライター』という話と、その話をする天使が好きでした。


4位 子どもには読ませんな!
 アルゼンチン サマンタ・シュウェブリン『口のなかの小鳥たち』
 シリーズ中随一の大人向け。しょっぱなの『イルマン』からして、もう子どもに読ませてはいけない。二人組みの男がたまたま立ち寄ったドライブウェイにて起こる、なんとも不気味な話。
 そして『サンタがうちで寝ている』とか『アスファルトに頭を叩きつけろ』は、絶対に子どもの手の届かないところへ置いておきましょう。大人が楽しんで読めば良いのです。子どもは父親のエロ本を狙うがごとく、なんとかして読みなさい。
作者は、ボルヘス、カサーレス、コルタサルの流れを汲む、新世代幻想文学の旗手とのこと。その流れが好きな人は気に入るかもしらん。
 収録作の中では、『蝶』という短編がすごく好きでした。白昼夢。白昼悪夢。あと、『弟のバルテル』。この話は、すごくよく出来ていると思います。生きている限りどうしようもなく抱えなければならない通奏低音のような不安と、やがてくる決壊。


順位付けておいて言うのもなんですが、ここまではほんとに、甲乙付けがたいです。気分によってはいくらでも入れ替え可能な感じ。
さて、問題児です。

5位 ガーリー……?
フィンランド レーナ・クルーン『スフィンクスか、ロボットか』

 ……ごめん、途中で読むの止めた。別に嫌いじゃないんだけど、読みづらかった、ので。あくまで僕は苦手だった、というだけで、好きな人は絶対に好き、っていうか、好きっていう人結構多いんじゃないかな、と思います。
 岩波のスタンプブックスシリーズでも『二つ,三ついいわすれたこと』はあまり面白いと思わなかったし、おいら、こういう、なんというか……、ガーリーな感じ、があまり得意ではないのかもしれません。



 あまり海外文学が読まれないなか、こういうシリーズを出す心意気がまず凄いと思います。私はこれからも東宣出版を応援しております。




20150403Fri
 >本番でした

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昨夜は、なかないで、毒きのこちゃん主催 ライブイベント
「あのこのスキなおんがくがボクのスキなおんがく。」でした。
お越しくださった皆様、本当にありがとうございました。
バンドとお芝居がゴッチャになったイベントでした。
不肖ナカイデソントンは、女優の土田有未さんと、2人芝居をしました。いやあれはコントか?
作・演出:鳥皮ささみ『きみはぼくの光くん。』。というタイトル。
一日だけ、一回限りの本番でした。おかげでスリリングで楽しかったです。
もしもあなたも楽しんで頂けてたならばこれ幸い。

終了後に頂いた感想としましては、
・ソントンって大きい声出るんだね
 →僕もまさか大声が出せるとは思いませんでした
・ソントンは歌うのかと思ってた
 →そもそもステージに立つことがもうないと思ってました
・ソントンさんって何歳なんですか?えっ、さんじゅ……あ、えっ、すみませんでした
 →どうか謝らないで下さい
以上です。お客様からの要求のハードルが低くて助かりました。

今回は、毒きのこちゃんの鳥皮さんにお声をかけて頂き、出演となりました。
何もしてなさすぎて腐ってるのを通り越し生きるゴミのようになっている僕を見るに見かねて登用して下さったそうです。
この度はお誘い頂きありがとうございました。突然アドリブでブレイクダンスを始めてしまい本当にすみません。
お芝居するのは本当に久しぶりだったので、脱臼とか捻挫とか心配だったのですが、
100回懸垂したのちステージからムーンサルトプレスをするというシーンでも、
なんとか怪我することなく終わり、とりあえずホッとしているところです。

私の次の予定は、5月の文フリに向けて原稿を書くのが最優先です。
締め切りは3月末です。そうです、今回もブッちぎりました。テヘペロリーヌ☆
今日は新宿のいつもの小汚い(←誉め言葉)居酒屋で、文フリ会議がありました。
一人で鬱々と原稿を書いているよりは、やはりメンバーと会ったほうが刺激になるな、と思いました。
編集長が帰り道に、ふと、「息を吐くように嘘を吐く」、というようなことを言って、
そいつぁ大変お洒落で良いなと思いました。



銀杏BOYZ - 光





20150401Wed
 >汚れた僕の鏡で映せるたった一つの偽物じゃない光

 明日、っていうか今日、4/2(木)、本番です。3年ぶりにお芝居します。小芝居します。
 舞台やバンドをちょこちょことやっていたころに比べて、衰えたこと・出来なくなったことばかりですが、いまだから分かったこともあります。単純なことでした。年をとると出来なくなることが沢山ありますけど、歳をとらないと分からないことだってあります。もしかするとそれって諦めみたいなことなのかもしれないけど、歳をとることはそう悪いことじゃない、と思ってます。
 明日の本番が終われば多分また何年間か、何十年間か、ひょっとするともう死ぬまで芝居することはないかもしれないので、良かったら観に来てください。

 今日の稽古は、世田谷区の下馬地区会館、という場所で行なわれた。窓口の人の話では、2ヶ月前に新設された会館とのことだった。そりゃそうだ。僕が住んでいた頃には、こんな建物なかった。
 僕が上京した10年前に転がり込んだバイト先の先輩の部屋は、今日の稽古場から100mと離れていない場所だった。
 見覚えのあるYショップ、遅刻ギリギリのときに乗ったバス、クリーニング屋のダサい壁画。なにより、あの、ローソン。寮住まいのボーイ・スカウト・女の子は、皆まとめてあのローソンで下ろされていた。普通の飲み屋は女の子しか送ってもらえないのだけれど、僕が働いていたお店はボーイも送ってもらえるという好待遇で。僕は先輩と週6は一緒に帰ってきていた。働いた日はローソンで一緒に買い物して帰ったし、始発まで呑んだ日はもちろん送りが無いので、贅沢にも駅からワンメーターでタクシーに乗って帰った。
 一度だけ、指名数ナンバーワンの女の子と送りの車で一緒になったことがあった。「全盛期は本物の妖精みたいだった」という評判のその女性は、垢抜けていない小僧から見たらその時点でも充分妖精で。そんな妖精が普通にローソンで買い物しているとか、ちょっと信じられない光景だった。店員さんも目を疑っていた。妖精は岩清水しか飲まないものだと思っていたけど、コントレックスとか買ってた。
 ローソンで僕は『ぴあ』と『ダ・ヴィンチ』を毎号買っていた。『ぴあ』は確か木曜発売で、金土曜でよくよく内容を吟味し、仕事が休みの日曜には、よく舞台や映画を観に行っていた。1日2本観ることもあったし、半分寝ぼけながら3本行ったこともあった。『ぴあ』で調べて、勇気を出してスズナリ、東京で初めて観た演劇は、ザ・シャンプーハットの『事件』だった。シベリア少女鉄道毛皮族には衝撃を受けた。知り合いもいないし、チケットの予約の方法なんて知らなかったので、全部当日券だった。
 あの頃僕は台所で寝てて。先輩の部屋のテレビから『めざにゅ~』の始まりの「これからお休みになる方も、そしてお目覚めの方も~」というあいさつに、お休みの方ですと答えるのが日課だった。ヤカンが無いので無謀にもスチール缶で湯を沸かそうとした先輩がこぼした熱湯で寝入りばなに目を覚まさせられてブチ切れたりしていた。戦国無双のレベル上げを頼まれて必要以上に1キャラだけ育てに育てて逆に怒られたりした。僕の貯金箱から盗った金をパチンコでスッタ先輩に説教食らわすこともあった。
 どうしようもないなりに、あれは青春だった、ような気もする。

 10年前の下馬のバカへ。
 うすうす気付いてるとは思いますが、残念ながら10年後もそんなに僕は変わってません。何も成功してませんし、そもそも仕事もしてません。っていうか収入は君の半分もありません。歳をとったぶん情況は着実に悪化してます。学生時代に学んだことが抜けて、さらにバカになりました。良いことなんて片手ほどもありません。
 けどまあ、仲良くしてくれる奇特な人もいるし、自分ひとり食ってけるバイトもあるし。人が言う幸せってやつには一生手が届かないと思いますが、すぐに死ぬほど不幸なわけではありません。ただただぬるい地獄です。だけど所詮それも死ぬまでです。
 そんな、誰にも羨ましがられない・憧れられないような生き方ですが、10年前の君が思ってた、いつか芝居をやりたいという夢は叶えられたので、それだけは自慢しておきます。
 ではまた、思い出すことがあったら会いましょう。あなたが笑ってくれるようなやり方で、これからも、やっていきます。



the Pillows 「ONE LIFE」




  

カテゴリ
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このブログのタイトルは OFZK です
ソントン という人間が書いています
だいたい本を読んでいます





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