20160227 Sat
まねごと『わたしたちは、息をしている』を観ました


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まねごと『わたしたちは、息をしている』という舞台を観てきました。
http://manegoto.tumblr.com/
僕が行ったのは27(土)の回です。
10年以上ぶりに三重県文化会館へ行きました。
たぶん、高2の定期演奏会のとき以来だと思う。

ミエ・ユース演劇ラボという、高校生以上25歳以下の若者が対象の、
三重での演劇を活性化するための企画らしいです。これで3年目?っぽい。
(僕が実家を出てから演劇に力を入れはじめた、←重要)
三重県文化会館が主催していて、文化庁からの助成も出てるみたいです。
『わが星』で有名な、ままごとの柴幸男さんがまとめ役。
もしも僕が学生の頃にこういうイベントがあったら行ってたのかなぁ。
けど、だいたいの田舎の学生がそうだと思うけど、
放課後は部活と塾でいっぱいいっぱいだったからなぁ。


会場の小ホールは“小”といいつつ、公共施設のしっかりとしたハコでした。
席数は100弱くらい? 9割くらい埋まってました。
客入れの曲が、曲調こそ若々しい感じなんだけど、
選び方が「三重」のU25っぽくなくて、
特にくるりが、そこ抜く!?(『魂のゆくえ』)って感じだったのが良かったです。
フラテリスも久しぶりに聴いた。

公演のメンバーは14人。17~22歳の方々です。
皆さん、なにかしらのスタッフ業も兼任されているのですが、
全員が役者として出演されているわけではありません。
特に中村桃子さんは舞台監督で、ずっと裏方でした。お疲れさまでした。
これから舞台にどのように関わっていかれるのか分かりませんし、
そもそも舞台に関わっていくのかどうかは分かりませんが、
舞台監督の経験は幅広く応用がきくと思います。
僕がお世話になった舞台監督さんはスゴイ人ばかりでしたよ。
開演前には、そんな舞台監督、中村さんからの諸注意のアナウンスがありました。
若干の噛んだり飛んだりは許容範囲です(笑)。初々しくて良かったです。


開演して、メンバー14人が横一列に並んでのオープニング。
名前+ポーズの自己紹介、
今企画の簡単な経緯などがセリフで説明されたあと、
「踊ります」と言ってダンスが始まるっていう、演出だったんですが、
そのダンスが三重っぽい! ダサい!! 良い!!! と思いました。
三重にクラブ(踊れるハコ)なんてねえし!
学校終わったら部活か塾しかやることねえし!!
っていうか、22時には車通らなくなるし!!!
けど一晩中資材運搬のトラックが通るから全然静かじゃねえし!!!!
という彼ら彼女らの心の叫びをたしかに受け取りました。俺だけ?


その後は息を切らせたまま再び整列して、
「わたしたちは、息をしている」のタイトルコール。
柴さん、上手し。
あとは次々と小品が上演されていくんですが、
それぞれ上演前に作者自身による紹介がありました。
発表会テイストというか。

全部で7本上演されたなかで、
クオリティが高いなと思ったのが、
1『小学生は金曜日に上履きを持って帰って洗うみたいな話』
☆7『お兄ちゃん』
でした。

1『小学生は金曜日に上履きを持って帰って洗うみたいな話』
登場人物が多くて、賑やか華やかで良かったなーと。
オムニバス形式で多人数を舞台に上がらせるのは難しいと思うのですが、
そういったところから、なんとなく作者の中村さんの優しさを感じました。
ストーリーはいたって単純なのですが、
そのぶんオチも分かりやすくて、オープニング向きでした。
ご本人にも絶対に自覚ありと見受けられましたが、
中村さんはかなり上手なコメディエンヌだと思います。

☆7『お兄ちゃん』
作・演出・主演が、小関加奈さん。
愛知三重で演劇をされている方です。
もう、小関さんは充分に上手いですよね。
7本の中では出色の出来だと思いました。
多くの人を感動させることが出来るタイプです。
シーン割りも飽きさせることなく、小道具の使い方もとても上手かったです。
津のあけぼの座で次回出演が決まってるとのことなので、また観に行こうと思います。
よろしくお願いします。
他に、兄役の石倉さん(東京出身在住)の三重弁には感動しました。
彼は役者向きだと思います。囲い込みましょう。


なお、クオリティの尺度とは別で、
繰り返し観たいぞっていうくらい好きだったのは、
☆4『没きんちゃん物語』
6『ポリ酢酸ビニル』
の2本です。

6『ポリ酢酸ビニル』(上演時間5分)
個人的にはこれが一番好きでした。
作者の高校時代の話が元になっていて、
いつも机の上に置いていたボトルガムを、
野球部のやつが勝手に食べたことに対して、
なんの関係もない隣の席の友人を相手にキレるという話。それだけ。
要は、馬鹿な男子の話です。しょうもない話です。
ああいう感じのを20本くらいぶっ続けで上演すれば、
僕の大好きな、鉄割アルバトロスケットという劇団の公演になります(笑)。
作者の稲垣さんが、キレたら本当にヤバそうな感じがするのもポイント高いですね。
ぜひともあの方向性でやっていって頂きたい。
もっと汗と唾液が飛び散れば、コアなファンが付くと思いました。
少なくとも僕は断固支持します。


☆4『没きんちゃん物語』
上の『ポリ酢酸ビニル』もそうなんですけど、
上演前に、脚本作者による作品紹介・解説があるという、
今回の形式によくハマってたと思います。
ほかの作品では、上演前の説明が、
作者や作品に対する興味づけのためにされていたんですが、
この作品だけは、作品自体が説明を必要としている、
言ってしまえば説明オチありきの作品なんですが、
そのオチと説明の仕方が温度差無く見事にハマっていたという、奇跡の一本でした。

家にきた金魚を一番可愛がっていたお母さんが、
その金魚が死んだときに一番あっさりしていた、
というだけの話です。
いまあらすじを書いてて、小学生の絵日記かと思いました。
で、もうすべてがバッチリその温度なんですね。完璧。

配役もとても良いと思いました。
特に、お母さんのセリフがもうそれしかないっていう出し方で、最高。
ほかにも、すべての箇所で、無理をしていない、というか、
地に足の着いた、とてもよい作品だと思いました。

いま・ここ、でしか、おそらくもう観られないだろうと、一発で大好きになりました。
もう二度とこのちょうど良さで観ることは出来ないだろう、
という意味で☆マークを付けさせてもらいました。
作者の高木さんが、以降、同じような本が書けたとしたら、それは天才です。
他に何と言われたっていいので、作者解説つきでバンバンやりましょう。



アフタートークで柴さんが、参加者が好感を持たれるような構成にした、
というようなことを質疑応答のなかで認めていらっしゃいましたが、
7本の並べ方は内容的にシンメトリーでもありますね。
そういった意味でも、没きんちゃん物語は特別なんだよ!!
(対称の真ん中にあたる4本目ですし)と改めて主張をさせて頂きます。

エンディングはいかにも卒業式を思い起こさせる、
一人が言って、全員で復唱、みたいな感じで簡単な挨拶があって、
柴さんはセンチメンタル構成上手し、と思いました。



三重に戻ってきて、やっぱ、こういう企画が観られるっていうのは嬉しいですね。
今回のメンバー全員がこれからも演劇を続けていくとは思いませんし、
ましてや三重の中でずっとやっていくとはさらに思いません。
やっぱ色々なところへ行って、色々なことをするって、勉強になると思うし。
けど、東京みたいにヒリヒリしてる最先端のものは無いかもしれませんが、
こっちにはこっちで、作れるものがあると思うのです。


では最後に1曲お聴きください。
Flathead - The Fratellis [SummerSonic 07]




20160226 Fri
へそすこしまがり


横浜の喫茶へそまがりにて、
へそまがり店主・へそさんと、古書雲雀洞店主・ひばりさんによる、
仁義無き戦いが行われているみたいです。
3冊ずつ本を選んで、多く手に取ってもらった方が勝ち、のようです。
我が師匠へそさんからの依頼で、僕の本も1冊並んでるので、
良かったら見に行ってみてください。


へそさんが、いつか故郷の高知へ、
へそまがりごと移住する、という計画を教えてくれて、
そのときに「文化で飯を食う」ということを語ってくれました。
デカダンで無産階級気取りだった僕は、
文化で飯が食えるのか、と衝撃を受け、へそさんの弟子となったわけです。
入会金として要求された10万円はまだ納めてませんけれど。


そういえば、ブログのテンプレートを変えました。
更新のために使っているパソコンの、レイアウトが幾分妙なので、
皆様のお目にどのように映っているかは分かりません。
使いにくかったら教えてください。
僕のパソコンからはこれが割と見やすく思えるのです。

僕がホームページを作り始めたときは、
フォントが死ぬほど小さかったり、
そのわりに行間がめっちゃ空いてたり、
マウスカーソルが変な十字型になったり、
背景に雪みたいなのが降ってきたり、
フレーム分けされたページの右側だけに検索でたどり着いたり、
小説の主人公の名前を自分で入力できたり、
あなたは  人目の訪問者です!だったり、
掲示板にキリ番報告をしなければならなかったり、
拒否すると「踏み逃げ」と断罪されたり、
そもそも魔法のiランドだったり、
無駄に[ENTER]だけのページがあったり、
さらに無駄に隠しページがあったり、
でも「隠しページ」で検索したら簡単に見つかったり、
そういう頃の人間ですので、ご指導よろしくお願いします。

できることなら、ブログを使うよりは、
htmlだけでホームページを作っていたいです。
蛇足をやりたいです。


では久しぶりに、最後に1曲お聴きください。
Animal Collective - Golden Gal




20160225 Thu
少女まんが館TAKI1735へ行きました


三重県多気町にある、「少女まんが館TAKI1735」へ、弟と行ってきました。
https://ja-jp.facebook.com/jomakantaki1735/
僕は行ったことがありませんが、東京・武蔵野にある少女まんが館の姉妹館とのことです。

“1735”っていうのは住所の番地です。
マップアプリで少女漫画館を検索しても出てこない場合があります(主に我々)。
住所を入力しても変なところに連れていかれるので、
丹生大師」を検索するのがオススメです。
寺の前に立派な山門があるのですが、向かいの参道を行くと、
左側に「少女まんが館TAKI1735」はあります。駐車場は、少し過ぎて右にあります。
どちらも看板はあるので分かりやすいです。
周辺、ちょっと狭い道になってるので、小さめの車で行くのが良いと思います。


僕の家から30分くらい車で走れば着くはずだったのですが、
いつものように西野カナ(別名:三重の星)を熱唱しながら、
周辺の地名である「丹生(にゅう)」の看板が見えてきたとき、
「にゅうwww」
「にぃゆうぅぅwww」
「に゛ぎぃ゛ぃ゛びじゅ゛ゆ゛う゛ぅ゛ぅ゛www」
などと意味もなく騒いで道に迷ってしまい、
結局、倍以上の時間がかかって、ホーホーノテーというやつでたどり着きました。
駐車場が結構広くて、余裕で車を停められるのが良かったです。


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水曜のみ開館、冬季の営業時間は10:00~17:00。
入場は無料ですが、小学生以下のこどもは入れません。
民家の1階部分を開放されています。
家の前には、コーヒーなどを販売している車が停まっていたのですが、
我々が入るときには店員さんらしき方もおらず、
館内に持ち込んで良いのかどうか分からなかったので、
今回はパスしました。外で飲み食いするには寒かったし……。


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玄関で靴を脱いで上がります。
オーナーと思われる女性が、簡単に配架の案内をしてくれました。
押しつけがましくない説明で良かったです。

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雑誌は誌名ごとにまとまっていて、単行本は作者名順。
蔵書は約6000冊ということでしたが、スペースが広いため、
物量感・圧迫感はありませんでした。

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天井が高く、室内でも結構冷えるのですが、
ひざかけ毛布もたくさんあるし、だるまストーブが2台も置いてあって、
側に座っていればばっちり暖かかったです。

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畳コーナーもあります。夏は気持ち良いだろうな。
オーナーさんは説明のあとですぐに出て行かれて、
僕らがいる間は、ずっと僕ら2人の貸し切りだったので、
無駄に気をつかうことなく本を選ぶことが出来ました。
僕は黙々と榛野なな恵『Papa told me』を読みました。
途中の巻が抜けてたんですけど、本屋みたいに、
言えば裏から在庫が出てくるシステムだったりするのでしょうか……。
前から大好きな作品で、読むたびに、
ヒロインである知世ちゃんみたいな娘が欲しいと思って、
それ以前に僕が的場先生(クソかっこいい)にならなくてはならないと気づき、
毎度、ウロボロスの環にはまったような苦悩に陥ります。
とにかく、女性との恋愛に際しての心がけは、
大体この本を読んでいれば分かるとは思うのですが、
その心がけを守れるかどうか、それはまた別の話(by森本レオ)。

結局、閉館の少し前まで居座って、5冊くらいは読んだのかな。
気にならない音量で、気にならない洋楽が流れてて、それも良かったです。



文化果つる地・三重で、よくぞこんな偉業を始めてくれたと、
まずはお礼を言いたいです。ありがとうございます。
これは三重、特にこの店に行けるような周辺在住のマンガ好きなら、
全員思っているはず、いや、思うべきことじゃないでしょうか。
もしもこの場所が無くなったら、それは俺たちボンクラのせいだ、
くらいの気概を持って、守っていかねばならない場所だと思います。

以下は僕の感想です。
僕は少女マンガに明るくないので、詳しい方から見るとどうかは分かりませんが、
蔵書の方向がよく見えないという印象を受けました。
これら蔵書が集まった経緯をよく知らないのですが、
(おそらくは東京のまんが館からの寄贈+オーナーさんの蔵書だとは思う)
巻数が歯ぬけになっているものが目立ち、わりと著名な作家の本が無かったりします
(いくえみ綾が少ない、谷川史子が1冊しかない……)。
逆に何冊も同じ本もあったりで(『イグアナの娘』が各巻3冊ずつぐらいあった)。
まあそれが、図書館らしいといえば図書館らしい並びなんですけど。

営業が週一で平日の昼、入場できるのが中学生以上という点や、
Facebookのページしかないところを見ると、
おそらく客層を絞ろうとされているのだろうとは思います。
しかし、そのターゲットが主にどこなのか分かりづらかったです。
ちゃお・りぼんが無いのは分かるのですが、
そのわりに『小林が可愛いすぎてツライっ』はあったり。
岡崎京子や魚喃キリコが無いのはまあ分からんでもないけど、榎本ナリコ+野火ノビタはあったり。
『BANANAFISH』があって『海街diary』がなかったり。
『セーラームーン』はあっても良さそうなものなのに、とか。

かと言って、蔵書主の顔が浮かぶような選書でもなく
(たとえば、
 いとこの姉ちゃんの本棚によく知らないマンガがいっぱい並んでるのを見たときとか、
 彼女の家に初めて遊びに行ったときに本棚の端っこにちょっとだけならんでた姫ちゃんのりぼんとか、
 あの気持ちが浮かばない……、
 のは、僕の目線が男だからってのもあるのでしょうね……)。
ただ、矢沢あいが置いてなかったのは何かの意思表示だと受け取りました。
そして、『シニカル・ヒステリー・アワー』が全巻あるのも何かの意思表示だと受け取りました。
棚前で俺はなぜこんなに考え込んでいるんだろうと我に返りはしました。
こういうのを余計なお世話といいます。

三重という田舎で、このような住み開き営業だと、
(2階はおそらく住居として使われている)
現状の営業形態でいっぱいいっぱいなんでしょう。
かつ、まだオープンされたばかりということもあり、
どういう方向で営業されていくのかがよく分かりませんでした。
目的がボランティアだとすれば、現状で充分立派だと思います。
そもそも漫画喫茶では無いのであれこれ望むべきではないのは分かります。

しかし、上の方に書いたように、三重で貴重な場所を守っていきたいので、
維持費の回収、さらに出来るならば蔵書の拡充をどうするかが問題だと感じました。
無償の営業ですが、イベントなどを行い収益を得るのも手ではないでしょうか。
現状は貸し切り利用の受付(おそらく有料)をなさっていますが、
館が主催でイベントを催しても良いのではと思います。
(オープニングイベントは行われたようです)
とにかく、都会だとどうにでもなりますけど、
三重においてはすごく大変なことをされてるのは間違いないので、
これからも応援していこうと思います。ニートなりに。



僕がバイトしてたのは在庫がたくさんある都内の大書店だったし、
しばらく前まで某漫画喫茶に住んでいましたが、
そこの棚づくりも、選んだ人の顔がバッチリ見えるようなものだったので、
(ってか、漫画喫茶としては異常にトガってた)
あの環境に慣れてしまったのかもしれません……。
三重には三重のやり方がある、はず。






20160224 Wed
ははは


およそ10年ぶりに歯医者へ行った。
特に痛みなどはなかったのだけれど、時間があったので行ってきた。
中学のときだったか、虫歯が出来てて、1カ所銀歯がかぶせてあるだけ。
それ以外は、親知らずすら抜いていない。

10年前に行ったときは、たしか車の免許合宿のあとだった。
合宿で、車に乗る時間以外があまりに暇だったので、
近くにあるブックオフで本を買って読む(10冊くらい読んだ)か、
歯を磨くかしかすることがなかった。
起床後・各食事後・就寝前、の5回、15分ずつくらい磨いていたら、
東幹久くらい歯が真っ白になってしまって、
まだ存命だった祖母に、
「白すぎるのもあかんらしいから、歯医者行っておいで」
と言われたのだった。
その時は1カ所をちょっと削っただけで終わった。

さて、昨日の結果である。
実はつい数ヶ月前、またホームレスみたいなことをしていたので、
2~3日歯を磨かない、なんてことはざらにあった。
痛い場所はないけど、ちょっとヤバいんじゃないかな、と思っていたら、
案の定、1カ所虫歯が見つかった。
結局、似たような場所の上下が虫歯になったので、
たぶん磨き方のくせがあるのだろう。
けど、ほかの場所は大丈夫なので、今まで通りの磨きかたで良いらしい。
親知らずは、下の2本が出てきてないので、抜くのもありだと言われた。
この際なので歯並びの矯正も相談しようと考えている。

先生には「まだ若いから、ゆっくり治してけばすぐ良くなる」と言われた。
今回は歯石を取っただけで終わった。
いよいよ来週から虫歯治療である。すこし楽しみである。






20160223 Tue
きっとそういうことなんだろう


町の図書館で、中学のときの友人に会った。

こちとらニートで、平日の朝から図書館へ行っている。
月曜の朝から、割と早く埋まっていく雑誌閲覧席で、
お年寄りたちをかき分けて、日曜の新聞の書評欄を読んだ。
最近話題のセーラー服歌人さんが、三重県の施設で育ったことを知る。
戸川純、後藤まりこからイモトアヤコに至るまで、
成人女性がセーラー服を着るという行為のもつ象徴性について、
眉根を寄せて考える振りをしながら、岩波文庫の棚前をうろうろしているところで、
中学のときの友人Mに会ったのだ。

板尾創路に輪をかけてシュールな芸風のMとは、もうひとりの友人Yとともに、
深夜の中学校庭をギターをかき鳴らす(主に俺が)など、
ちょいちょいフザケたことを一緒にする仲だった。
卒業式の日も、皆が教室で寄せ書きなどを書いているなか、
3人だけさっさと駐輪場へ行き、
「ほなまた」と、
いつもどおりの挨拶を交わした。
Yとはしばらく僕の帰省ごとに会っていたが、Mとはそれっきりだった。
ちなみに僕は成人式へ参加したけど、あとの2人は出席するようなタマじゃない。

僕もそうだけど、Mもあのころからほとんど見た目が変わっていない。
お互い恐る恐るながら、近づいて再会を果たした。
「いつからいますん?」
「年末に帰ってきてん」
「いや、家やなくて、図書館に」
「そっちかい。朝からおるで」
「なんかオススメあります? 乙一の別名義で」
「中田永一か山白朝子しかないやん」
Mは相変わらずMだった。
山白朝子が無かったので、とりあえず『くちびるに歌を』を借りていた。

二人ともちょうど携帯を持っていなかったので、
メモ帳に番号とアドレスを書いて渡した。
連絡先の分からなくなってたYにも、Mから連絡をしておいてくれるらしい。
「あ、Yの家には西尾維新揃ってますよ」
「なんか意外やわ。『Wild Half』しかないと思てた」
「ところで前から気になってたことがあるんやけど」
「なに?」
「村上隆ってなんであんなウケてますん?」
「俺に聞くなや」
「次までに考えといてください。ほなまた」

15年ぶりにオフビートな日々が始まる、かもしれない。






20160222 Mon
お前(の目)はもう死んでいる


ほんの最近、どこかで、司馬遼太郎さんのことが書かれた記事を読んだ。
とある地方の青年団に招かれての公演後、
青年団代表の人が「見たい場所はありますか?」と聞くと、
司馬さんは
「物見遊山はもういい。面白い人に会いたい」
と答えたという。
で、たしか地域の陶芸家だかの人に会いに行って、すごく話が盛り上がって、
司馬さんのその後の作品にも活かされた、みたいな話だった。

本を読むことと、人に会うことは、似ているところもあるけど、
やっぱり本物の人に会ったときの方が、毒気にあてられると思う。
本は自分の読める物を選んでしまいがちだけど、
人に会うときはそうも言ってられない。
もちろん、これは良くも悪くも。
そして僕は、昔よりは、人に会って、その人と話すことが、
そこまで苦痛ではなくなってきた。
どっちに転んでも、あとでこのブログに書ける、
と思えるようになったことが大きいとは思う。


数日前に四日市で立ち寄ったレコード屋で、
店長のおじさんと、話の切れ目が見えぬまま、小一時間話し込んだ。
段ボールにギュギュウ詰めになったレコードが、
所狭しと並べられた、そもそもが狭い店内。
姿は見えない。おじさんの声だけが、
段ボールの山の向こう、薄暗い店の奥から聞こえる、
まるで教会の懺悔室のようだと思った。
主にバードとマイルズとコルトレーンとジャコパスについて、
おじさんが数多く聞いてきた印象を伺った。
最終的に僕が買ったのはミンガスのレコードだったんだけど、
「ミンガスはどうなんですか?」
「ミンガスはやっぱブルースやろな、ジャズ以前に。
 まあこの話はホントに長くなるから、またおいで」
という、次回はそもそも論を交わすという約束で店を出た。
そもそもの目的だった舞台の開演には、走ってなんとか間に合った。

昨日は松阪のエスカルゴ牧場へ行った。
事前にネットやら書籍やらを見て、
社長がとてつもないキャラらしいぞ、というのは知っていたのだけれど、
もう本物の毒気にあてられた。
文字通りの、口角泡飛ばす、というのを久々に見た。
肝心のエスカルゴよりも、おじさんの印象しか残っていない。
なんというか、人生のスケール感が違いすぎて笑うしかなかった。
僕らのあとに来るはずの、英国からの取材陣が遅れているらしく、
その時間まで話し込むことになるかもしれない、と、
覚悟を決めかけていたところ、同行メンバー一人の体調が悪くなってきたため、
なんとか牧場をあとにすることができた。

エスカルゴ牧場については、やや消化不足なところがあるので、
また伺おうとは思っています。
昨日のぶんだけでも、また気が向きたら書きます。
(↑これで、OFZKの常連さんには、
 もう書かれることがないとお察し頂ける便利な言葉)
あれは社長に気に入られたら、もっと面白い話が聞ける予感がします。
社長には、隠し球が絶対にまだまだまだまだある。
かつての彦龍(日本一不味いラーメン屋)と同じかそれ以上の、
魅力=毒気がありました。
エスカルゴ牧場、行きたい人は言ってください。
ウチは数泊なら大丈夫です、たぶん。

そしてその体調を崩したメンバーに従って、
近くの建物のエレベーターに乗りまくるという、
なかなかちょっと、言葉じゃ説明しづらい体験をしてきた。
彼は彼で、言葉少なではあるけれど、もう筋が通りまくっているので、
本当に面白い奴だと思う。小さい身体で毒気を熟成中である。



茨木のり子さんの詩を思い出す。

 一人でいるのは賑やかだ
 誓って負けおしみなんかじゃない
 (略)
 恋人よ
 まだどこにいるのかもわからない 君
 一人でいるとき 一番賑やかなヤツで
 あってくれ

(茨木のりこ「一人は賑やか」より)



ちょっと前まで、ずいぶんと小さいところへ自分を押し込んで、
気づかないうちに、目が死んでいたような気がして。
エスカルゴ牧場の社長に、闘魂注入してもらったおかげで、
ちょっとだけ、生き返った気がしました。
俺の目は、まだ死んでいない。

あ、エスカルゴは本当に美味しかったです。
サイゼリアのは偽物らしいので、本物を味わいに、ぜひ松阪へ。







20160221 Sun
飽きるのか


本を読むことがたぶん何より好きなのだけれど、
かといって四六時中、本をずっと読み続けていられるかというと、そうでもない。
昔なら出来たかもしれないけど、今はちょっと体力も気力もついていかない。
(一番最近ではラノベの『狼と香辛料』を読んでたときがそれに近かった)
飽きたら、音楽を聴いたり、こうやってブログを書いたりしている。
あとは思い出したように寝てもいる。

最近読んだのは、
 阿古真理『小林カツ代と栗原はるみ 料理研究家とその時代』(新潮選書)
 堀江敏幸『その姿の消し方』(新潮社)
いま読んでるのが、
 ミランダ・ジュライ『あなたを選んでくれるもの』(新潮クレストブックス)
新潮社の回し者であるかのようなチョイス。
どれも面白い。

久しぶりに堀江さんの本を読んだ気がする。
相変わらず、読んでる人を高尚な気分にさせるのが上手い。
パッリィのキャッフェエのテッラスゥでアッンニュウィイになっているように錯覚。
思わずアメリのサントラなんぞを流してしまったよ。
なんだかバカにしているような書き方になってしまったけど、
堀江さんは僕の大好きな作家さんの一人です。誤解なさらぬよう。
誤解しか与えない書き方をしておいて言うのもあれだな。

実家の人々が週刊文春を買ってきた。
少年Aに興味があるような家柄ではないので、何の記事が目的なのかは知らない。
僕は書籍紹介のコーナーをはじめに読む。
歌人である山田航さんのインタビューが載っていた。
仕事を辞めて実家に戻ったときに、
何か自分で決められるゴールのあることをしなければいけない、と思って、
図書館の短歌の本を作者名順にすべて読んだらしい。
そういえば、コラムニストの神足裕司さんも、
仕事を辞めてすごく時間があったときに、
図書館の本を片っ端から手に取った、というようなことを、
どこかで書かれていたなあと、すごく曖昧に思い出した。
僕も何か決めて片っ端から読んでみようかしら。

山田さんのインタビュー冒頭は、
「商業出版される小説の9割は、自費出版されたどの歌集よりもつまらない」
といったようなコメントで始まっている。
僕はこういったプロレス的なことを言うのが苦手なので、
素直に、羨ましいと感じる。





20160216 Tue
Biosolar


コーヒー豆が切れたので、弟の運転で買いに行った。
普段よく行くお店の定休日だったため、
もう1店、気になっていた豆売りのお店へと。

カーナビが付いていない車で、住所を頼りに、
西野カナ(別名:三重の星)のCDの合わせて適当に歌いながら、
通ったことの無いような細い道をガンガン迷いながら、
なんとかかんとかたどり着いた。

自宅の農業倉庫を改造したとおぼわしき、小さなお店で、
お兄さんが一人でやっていらっしゃった。
中煎りのブレンドと、
スマトラで採れるビオソラという名前の豆。
スーパーティピカとかいう聞いたことない品種を買ってきた。
やや浅煎りで出されていた。
珍しい豆らしく、お値段も張ったのだけれど、
弟が、お兄さんの説明に興味津々になって飲んでみたくなったらしい。
僕は横で立ちながら寝ていたので、その説明を覚えていません。

帰宅後、さっそく弟がスマトラを淹れてくれた。
今までに飲んだことのあるマンデリンとは違い、
すごくあっさりとしていて、酸味もあった。
ローストが違うので単純に比較は出来ないけれど、
確かに美味しいと思う。

ちょっと前に買ってきたコスタリカが、家の人々には大不評だったんですけど、
あれも、ややハイローストならば美味しかったはず。
家の人々は、わりとアメリカンな感じが好みです。




20160215 Mon
一方的にジャズの話です


エリック・ドルフィーが好きである、
と、言ってしまっていいのかどうか迷うのである。

以前、よく通っていた図書館には、
やたらとジョン・コルトレーンのCDが揃ってたので、
一般の人よりはコルトレーンを聴いたことがあると思うのですが、
(けど、日本人ってコルトレーン大好きだから、
 もしかしたら皆の方が(回数とか深さ的な意味でも)、
 よく聴いてるかもしれないッスね)
(ってか、高校生の頃に、おそらく1番有名なアルバムであろう、
 『バラード』を聴いたんだけど、もう全然よく分からなくって、
 そのままコルトレーンは放っぽらかしになってしまってたんだけど、
 もしもあのときに、もう1枚の有名アルバム、
 『至上の愛』を聴いてたら、僕はきっとテナーサックスを買いに走ったと思うんだ)
“宇宙”に行っちゃってからのコルトレーンはあまり聴いたことがなく、
それでも生前最後の録音である『オラトゥンジ・コンサート』のCDが、
かなりフェイバリットだったりするので、
“宇宙”コルトレーンも、聴いてみれば結構ハマる、きっと、
と思ってるところに、ガツンと来たのが、
菊地成孔さんのラジオ「粋な夜電波」シーズン2のオープニングで使われていた、
ジョージ・ラッセル『リディオット』で、
火星に届くアルトサックスソロを吹き鳴らしていた、

孤高で空腹、糖尿病のヤギ髭男、叫びいななく哲学者、
エリック・ドルフィーである。

もうね、パッと聞きで宇宙だった。
宇宙行って帰ってきてまた宇宙行っちゃったくらい宇宙だった。
一発でドッカーンと持っていかれた。
ビャッハー! なんじゃこりゃー!と。
わたしの蝸牛管に宇宙がぶち込まれておりますぞー!と。
(↑ポンキッキのムックの声でお読みください)
ラブコメで、ヒロインに一目惚れする主人公並み。
赤松健のハーレムものじゃなしに、『BOYS BE...』のあの感じ。

それまで、コルトレーンの他にも、
バードや、オーネット・コールマンや、ウェイン・ショーターや、
ほかにも色々聴き散らかしてきた僕だけど、
聴いて一発でここまで痺れたことはなかった。

ドルフィーのサックスは「馬のいななきにしか聞こえない」とか言われて、
当時はあんまり評価されてなかったらしいんだけど、
ガピッ!とかバホヘャーッ!とかいうあの汚ったねえ音に、
ハマってしまったらもう後戻りはできないのである。
あなたが今日もラーメン二郎に足繁く通うのと同じである。
いわゆる沼である。ドルフィー沼である。

あと、ドルフィーが最高なのは、
頭が狂ってるとしか思えない曲を書くところ。
「(たぶん一番有名な)「G.W.」のテーマってどんなんだっけ?」
って言われても、ちょっとすぐに正確には歌えない。
もちろん、僕の聞き込みが甘いってのもあるけど。
他の曲も、聞くたびに音の使い方がめっちゃカッコいいって思うんだけど、
なんつーか、クソ覚えにくい曲ばっかだと思う。
なんで曲を作ろうっつってあんな風になってしまうのか、全くよく分からない。

さらに、頭おかしいエピソードとしては、ジャズで、
ガッツリとバスクラリネット使っちゃったところなんかマジ沙汰of狂気。
あとドルフィーは、フルートもめっちゃ上手い。
「You don't know what love is」という曲では、
歴史に残ると言われるフルートのソロを残している。
マジ、何なんだ、この人。


ほんとミンガスありがとう!みたいな。
(ドルフィーは、ベース奏者のチャールズ・ミンガス親分の世話になってたのです)
録音残してくれてた人たちありがとう!みたいな。
俺は歴史上の人々にこれほど感謝したことは無かったですね。
(なんでスコット・ラファロが死ぬまでに、
 ビル・エヴァンストリオでのアルバムが4枚しかねえんだよ!
 俺を今すぐあの日のヴィレッジヴァンガードにタイムスリップさせろ! と、
 歴史上の人々を呪ったことはあります。すみません。)

ドルフィーのラストアルバム『ラスト・デイト』の、
いちばん最後に肉声で吹き込まれたメッセージ、

「When you hear music, after it`s over, it's gone in the air.
 You can never capture it again.」
(音楽は、聴き終わると、宙に消える。二度と捉えることはできない。)

を、辞世の句(パクリ)として残せるように練習しているほど好きなのである。



で、そんなに思い入れたっぷりなんだけど、いまさら、

「えっ、でも、あいつだって、今、大変な時期なんだし、
 あたしなんかに好きって言われても、迷惑になるだけだと思うし」
「そんなことないよ、ケンジ君もぜったいケーコのこと好きだって」
「いやでも、っつーかそもそも、あたし、
 べつにケンジとそんな感じになりたいわけじゃないっつーか」
「……いまさら何いってんのよケーコ!(パシッ!)」
「痛っ! ちょっと! なにすん……、ミユキ? なんで、泣いてんの?」
「……ケーコはいいよ! カワイイし、
 小さいときからずっとケンジ君と一緒だもん! 私、私だって……!
 けど、私なんかが今さらケンジ君のこと……ごめん、なんでもない!」
「!? ミユキ……。ごめん、あたし……、
 自分のことばっかで、ミユキのこと、全然考えてなかった」
「……ごめんね、叩いたりしちゃって。最低だね、私」
「そんなことないよ。あたしがハッキリしないから、
 ケーコのこと傷つけちゃったんだよ……ごめん」
「ううん。私さ……、ケーコのこと、大好きだから!」
「ミユキ……」
「だからさ、ケーコ、ね?」
「……ありがと、ミユキ。あたし言うね、アイツに。好きだ! って!」
「あっ、でも、私、ケンジ君にケーコをとられるって方がイヤかも……」
「あははっ! なによそれー☆」

なんて青春全開の女子高生のように、
(コントが長くてすみません。楽しくなってしまいました)
ドルフィーを好きって言っていいものかどうか悩んでいるのにはわけがある。

今日も今日とて、寝る前にドルフィーのいななきを聞こうと、
YouTubeを検索していたところ、
Ken McIntyre & Eric Dolphy - Looking Ahead
というアルバムを発見した。



ドルフィーと、ケン・マッキンタイアのフロント2管、
ピアノトリオがバッキングという、5人編成だ。
聴いていただければ分かると思うのだけれど、
ドルフィーとマッキンタイア、
二人ともアルトサックスとフルートの持ち替えで録音している。

要するに僕は、アルトサックスのソロを交互に聴いて、
どっちのサックスがドルフィーなのか、はっきり言って分かんなかったのだ。

もうこんなんだったら、
あたしじゃなくてミユキの方がケンジのこと幸せにできるんだよっ!である。
いや違った、ドルフィーのことを好きと言っていいかどうか、
果たして己にその資格があるのか完全に怪しくなってしまったのである。

そもそも僕は耳の音感がほとんどない。
ベースなんてほとんど聞き分けできていない。
エディ・ゴメスと、スコット・ラファロの違いなんて、絶対に分からない。
ジャコ・パストリアスだって分からないかもしれない。
ノーモアブラインドレビューである。
神よ、光よりもライナーノーツを!である。
このバンド良い!とか思うときは、音感ではなく、
センスとか経験を判断基準に使っている気がする。
ようするに、なんとなく、というやつだ。

なんとなくで俺は、ドルフィーのことを好きだったのか……。
果たしてそれって、好きって言えるんだろうか……。

と、31歳のオッサンは、今日もどうでもいいことで悩んでいる。





20160214 Sun
冗談はさておき


せっかく汗水たらしてニートをやっているのだから、
なくしてしまっていた数年分の睡眠時間を取り戻そうと、
最近はもっぱら寝てばかりいる。
生きてきたなかで、今が一番一生懸命に寝ているとはっきり豪語できる。
おそらくいまの日本男子睡眠レベルだったら五指に入るのではなかろうか。
己の良さや才能がどこにあるのか分からず、ずいぶん遠回りしてきたけれど、
まさかこんなところで開花するとは思ってもみなかった。
人間、なんでもやってみるものだなあ。
今年のリオには間に合わなかったが、4年後の、そう、東京!
きっと皆様に、僕の勇姿をご覧頂けるのではないだろうか!!



冗談はさておき、

やったことがある人は分かると思うけど、
起きて、時計の短針が一周しているのを確認した瞬間の、背徳感は相当にヤバい。
家庭教師の生徒とやっちゃった程度の背徳感は軽く越える。
けど、家庭教師の生徒が小学生だったら、さすがの僕もひれ伏そう。
この背徳感は、低気圧と合わさるとほんとに死にたくなるので、
12時間以上寝る前には天気図をしっかり確認することをおすすめする。
あとは刃物や、縄とかロープとかそういうものを片づけておき、
ガス会社に連絡してガスは止めておき、出来れば平屋で実践するのがよろし。



冗談はさておき、

おそらく、寝るのを止めるのは、僕が寝るのに飽きたとき、
ということになるのだろうが、
この、寝るのというやつ、存外に--怪物である。
深さは底なし。専門家の間でも、
「おそらくファイナルファンタジータクティクスよりも深いのでは」
程度のことしか分かっていないという。
かつてファイナルファンタジータクティクスの深さにはまり、
試験期間中に決死の覚悟でディープダンジョンに挑んだ挙げ句、
見事生還を果たした後に数学のテストで2点を叩き出した身としては、
その説を聞くだけで、寒気に身震いしてしまう。

寝るの界では著名な両親のもとに生まれ、
父が残した熱い思い、母がくれたあのまなざしを継ぎ、
いまでは寝るののホープと言われる僕でさえ、
何度も潜っては失敗し、苦渋をなめさせらている。


いま再び僕は、寝るのの淵に立った。
太陽の光さえほんの数メートルを照らすことしかできない。
かつて誰も到達したことのない、その、底。
なま暖かい風が頬にあたり、寒くもないのに鳥肌が立つ。

--深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ

ニーチェの言葉が頭をよぎった。
だめだ! 飲み込まれようとしている!
カメラに下がるよう指示を出した。
先ほどまで陽気だった現地のガイドの顔からも笑顔が消えている。

一旦深呼吸して、気持ちを落ち着かせようとした。
寝るのに挑むのはもう両手で数えられない回数になった。
しかし、何度目であろうと、この緊張に慣れることはない。
太陽の光が届かない、その闇を見ているうち、
脳裏に、初めてこの地に立ったときの記憶がフラッシュバックした。


まだ若かった僕は、体力も気力も十分にあったし、
トレーニングも十分に積んだ気でいた。
当時の日本で、いや世界でも、
“寝るのの底に最も近い男”と言われていた、清水直鷹さん。
当時無名だった僕は、なんと彼のダイブパートナーとして抜擢されたのだ。
「俺たちなら、行ける!」
そう言って顔を輝かせた直鷹さんは、本当に格好良かった。
握手を交わし、僕は寝るのへと初めて挑戦したのだ。

繰り返す。僕はまだ若かった。
そう、経験のなさが招いた、慢心。
過去最高の深度を超えた瞬間だった。
油断して手を滑らせた僕を庇い、直鷹さんは、寝るのの闇に飲まれ、
もう……帰ってこなかった。

日本に帰ってすぐ、直鷹さんのご家族に挨拶に伺った。
僕はあの日を一生忘れることがないだろう。

頭を下げた僕の肩を、長男の直樹くんは強く揺さぶった。
「父を……親父を返してくださいよ!」
長女の由里香さんは悲痛な声をあげて泣き崩れた。
しかし、奥様の景子さんは気丈な人だった。
きっと、直鷹さんと一緒になったときにはもう、
こういう日がくるのを覚悟していたのかもしれない。

「あなたは、

その声に頭を上げると、一見すると、困ったような顔があった。
溢れてしまいそうな感情を必死に抑えるように、眉間に寄ったシワ。
上がればいいのか、下がればいいのか、分からないまま震える唇の端。
景子さんは、真っ赤な目で僕を見据えると、聞いた。

 ……寝るのをやめられる?」

なんと言えばいいのか分からなかった。
歯を食いしばり、拳を強く握りしめる。
下を向き、答えを探し求める。

そんな中、末っ子の浩鷹くんはまだ幼く、状況を理解していなかった。
僕を見上げて、聞いた。

「お父さんは?」

限界だった。僕は泣いた。
その瞬間、誓ったのだ。
直鷹さんに代わって、必ず、寝るのの底を見る、と。


「らしくないッスよ」

かけられた声で、我に戻った。
一瞬、若き日の直鷹さんがいるのかと目を疑ったが、もちろん違う。
今、僕の隣にいるのは、すっかり青年になった浩鷹だ。
あれから直鷹さんの遺志を継ぎ、トレーニングを重ねた浩鷹は、
今日初めて、寝るのの淵に立っている。
浩鷹の澄んだ目は本当に直鷹さんにそっくりだ。
初挑戦だというのに、まったく物怖じする様子もない。
いまだに緊張している自分が少し恥ずかしくなって、
ごまかすために咳払いをした。

「お前は怖くないのか?」
「下で……、親父が、待ってますから」
「……そうだな」

闇に飲まれた直鷹さんの目。
僕の覚悟を問うた景子さんの目。
そして、いま僕を見る浩鷹の目。

「直鷹さんに、挨拶しにいかなきゃな」
「はい! 腹くくれたところで」
浩鷹はそう言うと、ヒョイと体をこちらに向け、
「いつもの、やりましょうよ」
微笑みを浮かべたまま、拳を突き出してきた。
つられて笑顔で、応えた。
「俺たちなら、行ける!」
そう言って、拳をぶつけ合う。

そう。俺たちなら、行ける。


かつて教わったように、まず少しだけ空気を吸う。

--見ててください、直鷹さん

そして、ゆっくりと、肺の中の空気を吐ききる。

--俺と浩鷹で、あなたが見ることの出来なかった景色、

最後に深く息を吸うと、僕は目を閉じた。

ーー見てきます!



冗談はさておき、

おやすみなさい。





20160209 Tue
What a lovely day !!


ようやっと念願の『マッド・マックス 怒りのデスロード』を観ることができました。
いっそこのまま観ないでいてやろうか、とも思ってたけれども、
やっぱり観たいもんは観たいのです。
上映してたときには、観に行く暇がなかったのですが、
そんな当時の自分には、
「あとがどうなってもいいから、とりあえず観に行け」
と言いたい。
アクション映画に求めてたものが全部ギュウギュウに詰まってて、
かつ、みんなが一番見たがっているであろう、
“いままでに見たことがないもの”という欲望を、
万全に満たしてくれる内容。
いわゆる、5億点。イモータン!!
これに関しては、映画館のスクリーンですら、せせこましく感じるので、
DVDで観たらなお、物足りなく感じたに違いない。
再上映の企画に感謝を。V8!!

あらためてタマフルのマッド・マックス回を聞き直すと、リスナーからのメールで、
最寄りの映画館まで片道2時間かかるという方がいらっしゃった。
三重は田舎だとか、甘えたことぬかしてちゃいけないと、身の引き締まる思いがした。

1月に伊勢の新富座で観た『ヴィヴィアン・マイヤーを探して』では、
平日の昼なのに8割方客席が埋まってて驚いた。
さらに、この前名古屋のシネマテークでは、
『ヤクザと憲法』で、立ち見まで出て、場内が完全に満席になっていた。
東京じゃないからこそ、映画を求めている人はきっと多いだろうし、
ドキュメンタリーにだって人は入るのだ。

本と映画と音楽と舞台については、
もっと言ってもいいのじゃないかと、思いました。
これだけ『マッド・マックス』が騒がれてても、
もちろん観に行ってない人はいるだろうし、
ドキュメンタリー映画だったらなおさらだ。

僕ごときが言っても多勢に影響は無いだろうし、じゃあ、もう言っていこうと。
残したいものを残せる力が、言葉にはあるはずだと。

とりあえず、『バットマンvsスーパーマン』が超楽しみです。






20160208 Mon
週刊誌よ


図書館で新聞を読んでいたら、カウンターからおじさんの声が聞こえた。
「姉ちゃん姉ちゃん!週刊文春てある!?
 あのほらあれ、センテンススプリング!!」

ちょっと前まで週刊誌って、完全に落ち目だった印象があるんですけど、
1月からの文春は乗ってきてますね。
テレビが週刊誌の後追いをするって、まだ出版はいけるぞ、と思わせてくれます。
これからもギリギリのラインを突いて頑張って頂きたいです。

そういえば『噂の真相』って結局読んだことなかったんですけど、
今だとああいう感じの雑誌って、やっぱ難しいんでしょうね。






20160207 Sun
夜は良いよな


朝型・夜型というのは、いつ、どうやって決まるのだろうか。

小説家なんてのは、一般的に夜型のイメージがあるけど、
実は朝型の人が多いと、何かの本で読んだ。
村上春樹なんかは、経営していたジャズ喫茶をたたんで、
自分を朝型に持って行って、息の長い長編を書くようになり、
どこかでタバコもやめて、代わりにジョギングを始めて、
超健康的な生活になったのは有名だ。
僕の好きな開高健は夜型のような気がするけど、
海外に行って釣りをするときなんか、夜型じゃあどうにもならないだろうし、
どこかで切り替えてたんだろうなと思う。

ちなみに僕は小学校の時分からの、筋金入りの夜型である。
いつも夜中の3時くらいまでなら起きてるし、
本を読んだりネットをしたり、なにかやっていると、
いつの間にか朝になっているなんてざらだ。

というようなことを、むかし一緒にバンドをやっていた、
キーボードのユキコロンドンに話したら驚かれた。
「私は、なにがあっても1時には寝るし、
 出来れば23時には寝るようにしてるよ」
周りのバンドマンには夜型が多かったので、
僕の方こそそれを聞いて驚いた。

ここ数日、相変わらず夜中までダラダラ起きていたんだけど、
布団の中でいわゆる「夜は自己嫌悪でいそがしい」状態になってしまって、
なかなか眠れずにいた。
とりあえず寝る前に頭を使うことを止めようと、
いつまで夜に書いていたブログの下書きを朝に回して、
回りくどい言い方ばかりで読んでて眠くなる本を持って、
布団に入ると無事に1時には寝られて、早起きも出来た。
いまのところ調子も良いので、出来れば続けようと思う。

実は数ヶ月前には、夜9時には寝て、朝は5時に起きるという、
健康な年寄りのような生活をしばらく送っていたんだけど、
その話は、またいつか。





20160206 Sat
23号フィーバー


三重県はもちろん田舎なんだけど、
僕の家の近辺は、ぎりぎり車なしでもやっていける。
ここより不便な場所に住んでいる祖母が、
チャリだけで生活しているのだから、なんとかはなるはずなのだ。

車の練習をせねばと、弟に同乗してもらって、
祖母の家と銀行と書店とブックオフを回ってきた。
いつか、山の中の方に行ってみたい場所があるので、
そろそろ車に慣れておこうと、重い腰をあげたというわけだ。

出版社で働いていた頃は、仕事で週2くらいは車に乗っていた。
いちばん小回りの効かなかったときのステップワゴン。
けれどもそれも数年前のことだし、ルートだって決まっていた。

母の買い物用だという軽自動車は、
ブレーキが効きすぎるし、そのわりには惰性が全然無いし、
なにより小回りがすごくできてしまうため、感覚がまだついて行かない。

車に慣れてきたとして、今度は道路だ。
僕の住む三重県松阪市は、ここ数年、
交通事故死者数全国ワーストの王座を譲っていない。
ベストジーニストだったらとっくの昔に殿堂入りしているレベルだ。
信じてもらえないかもしれないけど、
かつて自動車学校で、「車線変更のときにはウインカーを出す」
ということを知ったとき、相当の衝撃を受けた。
今日走ってみて、再確認できた。
ほとんどの車がウインカーを出さずに割り込んでくるし、
そもそも、制限速度が意味をなしていない。
東京砂漠はよっぽど安全地帯だったらしい。

明日から津のイオンシネマで、
『マッドマックス 怒りのデスロード』が再上映されるらしいけど、
周りの道の方がよっぽどマッドマックスである。
右折、命がけ。
どうりで弟が遠回りになっても、左折側に店が来るように道を選ぶわけだ。

いまは高速道路がつながったおかげで、
僕の家から1時間も走れば京都までだって行けてしまう。
僕の流浪の血が、定住の地になるのが先か、
車という武器を手に入れてしまうのが先か。

好奇心は死なない。
ときめきたいったらありゃしねえ。
ドキドキしていたい、最後まで。


今日の文章は、
ブックオフから車道に出るときに、中央に寄りすぎてたら、
キャラバン(大きいワゴン車)で入りにくかったらしく、
ウインドウを開けて鬼の形相で怒鳴ってこられた、
蛸入道のようなおじさんに捧げます。



ギターウルフ - 環七フィーバー




20160205 Fri
半径85センチ


住んでいるところは、できれば好きになった方が良いと思う。
苦手なままでもいいだろうけど、それではつまらない。

自分の地図を作ろうと思う。
10年前とは変わっていることがたくさんあるのだ。
土地も、自分も。

いまでも東京は好きだ。
一人でいられる。どこにだって行ける。
あんな楽しいところ、嫌いになるはずがない。

さて、僕がまたこんなお寒い文章を書くことがないよう、
祈って、そして出来れば手助け、してもらえると嬉しい。



巡音ルカ ダブルラリアット






20160204 Thu
ヒゲがない


昨日は寒かったですね。風邪ひいてませんか?
僕の方は2ヶ月ぶりにヒゲを剃りました。
首もとが涼しくて、今すぐにでも風邪をひいてしまいそうです。
近所の床屋へ行ったのですが、僕の見た目があまりにも怪しかったので、
(黒のワークキャップ、ぼさぼさのヒゲ、黒のウインドブレイカー)
はじめ押し売りか何かだと思われて警戒されてしまいました。

30分くらいかかったのですが、その間に色々と根ほり葉ほり聞かれました。
近所で、そこまで大規模な嘘をつくことができないので、
適当にのらりくらりとかわしておきました。こういうの嫌いじゃないです。
僕は求職中です、といっておきましたが実際はニートです。
細かい嘘は、まあいいじゃないですか。
顔剃りだけで2000円でした。結構かかりますね。
けど、これで少しはまともななりになったのではないでしょうか。
押し売りに間違われることも少なくなると良いな。

ヒゲもなくなり、5歳くらい若返った見た目で、
高校のときに行っていた、津新町のレコード店へと行きました。
マザーグースレコードというお店です。
小さいお店なんですが、昔と変わらず営業していて嬉しくなりました。
おじさんの白髪が少し増えたくらいです。
これぞというレコードが無かったので、
エリック・ドルフィーの新品のCDを買いました。
『アウトワード・バウンド』。とても良い内容です。
サックス奏者、ドルフィーのリーダーデビュー盤で、
彼はこのとき34歳だったそうです。
遅れてきたルーキー、というやつですね。
ドルフィーはこのたった4年後に、貧困の中で死んでしまいます。

いま、山田風太郎の『人間臨終図鑑』を読んでいます。
父が貸してくれました。
何百人もの死に様をただただ享年順に並べた奇書です。
読んでいるのがまだ1巻で40代で死んだ人までしか出てきません。
なので、みんな天寿を全うしたとは言い難い死に方のうえ、
わりと壮絶な死に方が今のところ多いので、いちいち、うおおと唸っています。

人は生まれたときは誰しも無名ですが、死ぬときには、
この本に名前が載るようになる人もいますし、
名も残らず市井に死んでゆく人もいます。
後者が大半です。
もしも、平和な生き方、というものが存在するなら、
後者の方がそれを実現しやすいのではないでしょうか。
昔、「平和」の対義語が「戦争」であると習い、とても驚きました。
平凡な生き方が「平和」ならば、『人間臨終図鑑』1巻に出てくるような、
寿命を削るような壮絶な生き方は、たしかに「戦争」でしょう。
そのとおり、戦国時代や、2度の世界大戦中に亡くなった方の名前が、
この1巻には多く登場する気がします。

僕は、ドルフィーのトレードマークであった、
ヤギひげくらいまでは伸ばそうと思っていたのですが、
まあ田舎では不審者としてしか見られませんよね。
見た目は前と大差なくなりましたので、
たぶん、見つけてもらえるだろうと思います。

また会える日を楽しみにしています。





20160203 Wed
鬼になれ


一人暮らしのときは、年中行事など全てパスしていたが、
実家に帰ってくるとそうもいかない。
特に母が数年前まで寿司屋でパートをしていたこともあって、
本日の節分は、もちろん太巻きを食べた。
僕が居なかった頃は、寿司屋の大将が作った太巻きを、
持ち帰らせてもらって、うちの皆も食べていたらしいが、
今日は、母が作ってくれた。玄関にはヒイラギも刺してある。

ここ数年で、恵方巻きというものを、よく聞くようになったが、
僕はやった覚えがない。地域によって違うのかもしれない。
ただ、豆まきは昔からやった。
幼いころは僕も弟もノリノリで、家じゅうに豆をまいた。
母が止めるのも聞かず、トイレや寝床にもガンガンまいた。
寝ようとすると布団のすきまかた豆がポロポロと出てきた。
そういえば大学のときには、部活の先輩と一緒に、
一人暮らしの男の家を回って、豆をまきに行った覚えがある。
完全な嫌がらせを受けて、みんな、泣く泣く掃除していた。
僕の部屋はそもそも廃墟のようだったので、あまり変わらなかった。

今日は母が外と玄関に豆をまいていた。
弟(家事全般担当)の目が厳しいので、
玄関には遠慮して一粒しかまかないでいた。
弟が「自分の年齢プラス1粒、豆は食べるらしい」と言っていたので、
変なところで真面目な僕は、夕食後にも関わらず、きちんと数えて32個食べた。
父と母は「おいしい」と言いながらも10粒ずつくらいで手が止まっていた。
言い出しっぺの弟の手元を覗くと、5粒しか食べていなかった。
みんな、若い。

昼に100円ショップで文房具を探していたとき、
僕より10歳くらい上の男性が、店員さんをつかまえて、
「鬼のお面はある?」と聞いていた。
今日は日本中、優しい鬼がたくさんあらわれるのだろう。

追伸
うちの父は、一度なまはげの鬼の方をやってみたいそうです。
関係者の方、いらっしゃいましたら、よろしくお願いします。






20160202 Tue
おばあちゃんの梅酒


祖母の漬けた梅酒が倉庫に眠っていると聞いたので、
荷物を片付けがてら、探してみるとすぐに見つかった。
糖分のためか、フタががちがちに固まっていたのを、
弟が色々と工夫して開けてくれた。
僕のやわな右腕はすでに筋がおかしくなっていた。

さっそく風呂あがりにロックで一杯頂いた。
保存状態がかなり悪く、見た目も心配な色になっていたけど、
味はしっかりと甘く、濃厚なコク。
ブランデーで漬けたのかと思うほどだった。
(ホワイトリカーで漬けたらしいです)

祖母は7年ほど前に亡くなっている。
亡くなる3年前には体調を崩して、入退院が始まっていた。
なのでこの梅酒は10年以上前の物だろう。
弟も、それくらいの時期までは作るのを手伝った覚えがある、と言う。
成年する前に僕は実家を離れたからか、知らなかったのだけれど、
祖母は毎年のように梅酒を漬けていたらしい。
そしてこれが、最後の1本である。

小さい頃から祖母にはよく迷惑をかけた。
せっかく入った大学も辞めてしまって、上京してブラブラと、
舞台やバンドを始めた僕を、ずっと心配していたんじゃないかと思う。
祖母が入院してからは、年に1回か2回会うくらいになって、
結局、死に目にも立ち会えなかった。

祖母のことを思い出したところでタイミング良く、
僕の学生の頃の荷物をまとめたダンボールから、
祖母からもらった手紙が出てきた。
僕が送ったメールへの礼、正月に行くらしいカラオケのこと、
一人暮らしの僕を心配することばなどが並んでおり、
最後は
“では又逢う日まで。さようなら”
と締められている。

弟は梅酒を飲んで
「シロップみたいに甘いけど、漬けすぎたか、少し苦いな」
と言っていた。
たしかに、ほろ苦い。






20160201 Mon
ひち


滑舌が悪い。
一応、小劇場に役者として何度か出演したことはあるのに、だ。
特に、数をかぞえるとツッコまれることが多かった。
いち、に、さん、し、ご、ろく……ときて「しち」が言えないのだ。
どうしても「ひち」と言ってしまう。
笑われるだけならいいけれど、それで相手に呆れられたり、
台詞になってて迷惑をかけてしまったりすると困る。
最終的には、カウントアップのときにでも、
「なな」、と言って誤魔化す癖がついてしまった。
変だと言われて、それで言い直したところで、
また「ひち」となってしまい、笑われること請け合いだった。
「しち」は、サ行とタ行が続くから自分には言いにくいのかなぁと、
滑舌の悪さのせいだと考えていた。

先頃、実家に帰ってきて、中学の卒業式でもらった、
町の歴史の本を読んでいると、なんと方言のところに、
「ひち……七(しち)」
と書いてあって、合点がいった。
そういえば、祖母がそう数える声音を覚えている気がする。
数え方なんて幼少期に刷り込まれるようなものだし、
よっぽど意識しないと、この方言が抜けることは無いだろう。

三重を離れて12年が経って、伊勢弁も抜けたと思っていたけど、
やっぱりそんなことは無かったらしい。
これからも、机は「つる」し、道は「つむ」し、
カルピスは「とごる」し、ごーろく「ひち」、だ。


津の女 / レ・ロマネスク



 
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山瀬まみ「ゴォ!」


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