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20161130Wed
 >17日目

11/30(月)晴

 ベッド!毛布!密室!大雨が降っていたけど気にせず熟睡できた。津呂へんろ小屋の管理人さんは、かなり理想型のおじいさんだった。方言ではなく、標準語を話していた。ねぼけまなこで小屋をあとにして、神社の階段でおにぎりを食べる。女子小学生がやって来てバスを待つ。もちろん怪しい目で見られるので、退散した。
 38番金剛福寺。椿とジョン万次郎が大きくフィーチャーされていた。中国人観光客でにぎわう。Sさんや、36番で会ったおじさんとすれ違う。打ち戻りルートを行く僕とは違い、Sさんはこのあと高知県を大回りする20km分長いルートを行くそうだ。もしかするとここでお別れになるかもしれないと改めて挨拶する。
 久しぶりに暖かい1日。昼食がミニクリームパン1個になってしまい(計画せず食うから……)、空腹のあまりもうろうと歩く。そんな様子を見かねてか、車に乗った人に3回くらい声をかけていただいた。なんとかローソンにたどり着きドカ食い。腹に入っていると歩くスピードが違う。
 途中、「クモモ」と「クマチ」という萌える名前のバス停があり、その子たちを含めた5人組のアイドルを妄想で結成してたら、楽しくてかなり足が進んだ。

コンビニ  1239円

7:10 津呂へんろ小屋 -(5k)- 8:45 38番 -(27k)- 17:00 ドライブイン水車


11/30(水)曇ときどき晴
 足摺岬にたどり着いた。ここから次の39番まで、地図には6種類のルートが示されている。僕が選んだのは50.8kmの道。Sさんが選んだのは72.5kmの道。Sさんになぜその道を選んだのか聞いたところ、「いっぱい歩けるし、いっぱい海が見れるから」という小学生のような理由が返ってきた。Sさんとはここでお別れになるかもしれないと、遍路での名刺役割を果たす、納札を交換した。
 5人組のアイドルの設定がメモに残っている。これほどまでにどうでもよいことを書くくらい疲れているし、書くこともないくらい歩いている。
 クモモ(緑・主人公・ドジっ娘)
 クマチ(赤・リーダー・ツンデレ・クモモのことが好き)
 小浜(青・クール・クマチのことが好き、しかしだからこそクマチとクモモが上手くいって欲しくて自分の気持ちは秘めたままにする)
 大浜(黄・天然・小浜のことが好き)
 岬(桃・年上・セクシー・名字は足摺でエロおよびオチ担当・スピンオフで活躍)
……遍路を歩こうとも、煩悩は落ちないようである。


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20161129Tue
 >16日目

11/29(日)曇のち晴

 四万十大橋手前の休憩所。野外はもう寒く、2時間おきくらいに目が覚める。8時くらいまでボーッとしていると、Sさんが通り過ぎていった。あわてて準備して出発。朝は太陽があり暖か。一日中歩くがペースそして距離が落ちている。途中で38番からの打ち戻りのご夫婦とすれ違う。以布利港で道を教えてくれた漁師のおじいさん(64歳)は、ハルクホーガンにしか見えなかった。めっちゃ健脚。
 18時頃、真っ暗な中、津呂のへんろ小屋に到着。Sさんに呼ばれなかったら気づかなかった……。久しぶりに室内で寝られる。布団つき!設備がすごく充実している。
 夜、強い雨が降り始めた。
 左足人差し指に大きなマメ。いつの間にか唇の腫れがなくなった。

コンビニ  872円

8:30 四万十大橋休憩所 -(30k)- 18:00 津呂へんろ小屋


11/29(火)晴ときどき曇
 まもなく足摺岬というところまで来た。ずっと海沿いで景色も良いのだけれど、体力が底をついていてそれどころではない。高知は正直道が良くないので、かなり体力が減っていく。高知を歩いている9割くらいはヘロヘロだった。
 津呂のへんろ小屋は、山小屋という感じで、洗濯機もあるし、たしかシャワー(水だけだったかな?)もあって、かなり設備が整っていた。たまに長期滞在していく人もいるらしい。なんかそれも分かる気がする。





20161128Mon
 >15日目

11/28(土)

 また一気に寒くなった。土佐温泉のへんろ小屋、ふるえながら眠れず。

 海の王迎駅。

 好きな人や物をやがて嫌いになってしまう。気持ちが続かない。

コンビニ  426円
コンビニ  612円

8:30 佐賀温泉小屋 -(32k)- 四万十大橋休憩所


11/28(月)曇のち晴
 37番から38番までは80.4k歩く。遍路道中最長。2日強ただ歩く。体力も底をついている上に、風をしのいで寝られる場所がなく、この前後数日、日記が一言二言しか書けていない。なので一緒に書いてあったメモとポエムみたいな文も載せてみた。海の王迎駅、は日本の中でかなり上位の格好良い駅名だと思ってメモしたようだ。精神的に余裕があるのかないのかよく分からない。たぶんもうオカシくなってたんだと思う。かの有名な四万十川を目の前にして何の感慨も沸かなかった。広っ、くらいだろうか感想は。野宿リストに載っていた四万十川手前の休憩所は、どこの河川敷にもあるような屋根と腰くらいまでの壁とベンチという、本当にただの休憩所で、ここでこそ凍死するだろうな、と思った。





20161127Sun
 >14日目

11/27(金)雨のち曇・強風

 雪!!寒い!!カーディガンが脱げない。
 温泉に入れた奇跡。44kmくらい歩いた?
 温泉でおじさんと話した。趣味は3つ持てと言われた。

コンビニ  321円
コンビニ  418円

6:30 道の駅かわうその里すさき -(33k)- 15:20 37番岩本寺 -(11k)- 19:00佐賀温泉小屋


11/27(日)雨
 1週間ぶりに風呂に入りたいという気力だけで歩いた。9℃。山道ではどうも雪がちらついたらしい。いつもは歩いているうちお昼くらいには体が暖まり、カーディガンは脱いで、白衣・シャツ・Tシャツ2枚・長袖極暖ヒートテックという格好で歩いていたのだけれど、さすがに寒くて1日カーディガンを着ていたようだ。メモには5回も寒いと書いてある。寒くて死ぬそうだ。そんな気温ではない。しかし寒すぎてまともに日記が書けていない。
 僕の師匠である横浜へそまがりのへそさんの地元、久礼を通り過ぎた。僕は地元の人に挨拶しつつ通り過ぎるだけで精一杯だったが、Sさんは港の方まで行って美味しい物を食べ、お接待として色々とトッピングしてもらったらしい。すごい体力だ。久礼からルートが分かれるのだけれど、そえみみず遍路道にある、酔芙蓉という小屋がとても良かった。気候が良ければ野宿するのも良さそうだ。
 国道55号~56号は車が本当に少ない。しかし、人より車の通行量が多く、それよりもトンビが飛んでる数の方が多い。野犬が現れ始める。






20161126Sat
 >13日目

11/26(木)晴・強風

 バス停、強風が吹き込み、寒くてよく眠れなかった。天井・床・壁のあるところで、布団に横になって一人でゆっくり寝たい。こんな感じがあと30日くらい続くのかと軽く絶望してたときに、車で通り過ぎたおじいさんがわざわざ車を停めてポッキーをくださった。去り際に窓を開けて手まで振ってくれた。泣きそうになった。その後、ちょっと元気になって、会う人たちに挨拶して歩いていると、某宗教の人に遭遇。30分くらい法華経について話される。けど時間はスケジュール通り。良かった。
 今日は他にも逆打ちのお遍路さんに、先にある休憩所やトンネル内の坂について教えてもらった。「トンネルを出てすぐに休憩所がある」とのことだけど、実際は3kmくらいあった。お遍路の距離感……。
 フジというスーパーの中で久しぶりに書店を見つける。春樹の紀行文集が出ていた。
 夜は必殺のジョイフル。とり天定食。美味!安い!ドリンクバーで粘る。このあと道の駅で寝る予定なのだけれど、正直、店を出たくない。昨晩から急にまた寒くなった気がする。もうすぐ凍死するぞ、雲辺寺あたりで(笑)。


コンビニ  500円
スーパー  667円
ジョイフル  789円

6:00 福島バス停跡 -(4k)- 7:40 36番 -(25.6k)- 道の駅かわうその里すさき


11/26(土)晴
 寝た旧バス停は湾沿いのコンクリート打ちっ放しの建物。電気はなく、ローソクを明かりに過ごした。中のことはよく覚えてないけど、何かの台にダンボールが敷いてあって、そこに寝たような覚えがある。
 お遍路はもちろん宗教関係なく回っていいのだけれど、一応は空海を祖とする真言宗の寺なので、まあこういう宗教関係の絡まれ方はいつかするだろうなと思ってはいた。そこまで面倒なことにならなくて良かった。
 日記中にある雲辺寺というのは、愛媛と香川の県境にある山越えの寺で、標高は88カ所中最高の910m、この時点で寒くなってきたので冬の山越えにだいぶビビっている。
 宿泊するために行った道の駅で、たしかSさんと再会した。はじめはいつもどおり端っこのベンチに寝ていたのだけれど、風が強いなか雨まで降りだし、ぜんぜん寝られなかったので、それぞれ良かれと思う場所へ移動した。僕は本当は入っちゃダメだけど、裏の方にあった物置に入ってダンボールにくるまって寝た。“クソ寒い いよいよ死ぬ”とメモに書いてあるけど、こんなもんじゃない寒さをしばらくあとに体験するので、まだ甘い。






20161125Fri
 >12日目

11/25(水)雨

 高知に入ってから道を間違えることが多い気がする。歩き遍路の道にはシールや看板など小さな目印がたくさんあるのだけれど、高知に入ってから現れた黄色の矢印は嘘をついている気がする。
 33番雪蹊寺に渡るフェリーの時間に間に合わず、40分ほど待った。待合室に50代ご夫婦の歩き遍路さんが入ってきた。レインコートもそうだし全体的にオシャレで、雰囲気も華やかだった。僕は絶対にああはなれない。何が違うのか。1日雨だった。防寒用にレインコートを着ていても変な顔をされないから助かる。
 今日はなんだかたくさん食べた気がする。特にアルフォート。高知の乳酸菌飲料「リープル」美味しい。
 宿泊予定だった塚地トンネルの休憩所が、噂通り立ち入り禁止になっていた。気を取り直し、36番青龍寺の打ち戻りルートにある福島バス停跡になんとかたどり着く。その手前のコンビニで体力も無くなりかけ魂が抜けかけていたときに、車に乗ったお兄さんが声をかけてくれて嬉しかった。レジに並んでても順番をゆずってもらったり、車・原チャから声をかけてもらったり、今日はたくさんの人と声を交わした気がする。
 今日はゆっくり休みたい。左ひざは良くなってきたけど、代わりに色んなところが痛い。洗濯もせず、5日風呂にも入らず。ただただ臭い。


コンビニ  128円
コンビニ  719円
コンビニ  438円


6:30 石土神社 -(0.5k)- 7:00 32番 -(7.5k)- 10:30 33番 -(6.3k)- 12:15 34番 -(9.8k)- 15:30 35番 -(12k)- 20:30 福島バス停跡



11/25(金)晴
 予定していた場所に泊まれないことなんて、宿に泊まっていてさえあるので、野宿遍路にとってはしょっちゅうである。テントを持っていればまた別かもしれないけど。というわけで、夜になってもなお歩くことはよくある。昼間の10倍は危ないし怖い。なので大変疲れる。日が暮れたら宿に入ってゆっくり休むようにと、たいていのガイド本には書いてあるが、そうもいかない。
 日記中に書いてある“打ち戻り”というのは、来た道と同じ道を通って次の寺へ向かうルートのこと。遍路には分岐や色んな通り道がある。正解はないので、好きなように回れば良い。88も順番通りに回るきまりはない。別格20番も一緒に回れるルートで行くというこだわりの人も多かった。僕が会ったなかで、あるおじいさんが、毎回空海ゆかりの地にまで行っていて今回も冬の石鎚山に上ると言っていたけど、普通の人はそこまでしなくて良いと思う。僕は出来るだけ距離の短いルートを優先で、泊まれる場所に行き着ける道を選んで歩いた。ちなみに88カ所よりも別格の寺のほうが、参拝客が減るぶん綺麗だし、寺の人も純粋に親切にしてくれて、僕は好きだった。88カ所は完全に観光地になっている寺がたくさんあった。それが悪いとも言えないんだけど。金儲けが表に出ている寺は、四国に限らず、あまり好きではない。
 間食用にアルフォートを切らさないようにしていたのだけど、この日は2箱買っている。よっぽどキツかったらしい。リープルは給食に出てきそうな味で美味しい。ほかに食べているものは菓子パンかラーメンか水か牛乳かコーヒーである。食べ物に貪欲でなくて良かったと思う。






20161124Thu
 >11日目

11/24(火)晴・強風

 5:00起床。道の駅やすにはなぜかゴキブリがたくさんいたが、被害は受けずにゆっくり寝られた。朝方、おじさんが風を避けて寝られる場所の鍵を開けてくれたが、もう出発する時間だった。
 赤岡町という町を通過する。弁天座という劇場や、道というカフェ。いい雰囲気の町だった。瓦に生えている苔や草。石は有機物なのだろうか、無機物なのだろうか。
 大日寺の饅頭とか、竹林寺の地蔵やヨーカンや、お土産を買う気になれない。まあ、買って帰ったところでぶっ飛ばされる気がしないでもないが。
28番大日寺の門前売店で菅笠を買う。さえぎる物がない田んぼ道を歩いているとさっそく強風で吹き飛ばされる。あわてて追いかける。道に迷った先でお接待を頂く。みかんとオロナミンC。ありがとうございます。
 竹林寺はかなり綺麗な場所だった。牧野植物園もまたちゃんと行ってみたい。竹林寺に至る階段は工事中で、痛い膝を我慢してかなり無理に通らねばならず死ぬかと思った。晴れてて本当に良かった。
 高知のフリーペーパーに喫茶店の特集が載っていた。週プレのヌードグラビアから元気をもらう。
 原チャで河原を走っていたおばちゃんに教えてもらったスーパーで夕食を買う。めっちゃ安い。ローソクも補充できた。おばちゃんにはそのスーパーで買ったというバナナを頂いた。本当にありがとうございます。
 どこかの花壇にささっていた札に書いてあった言葉、
 「いろんなところへいってらっしゃい」


コンビニ  407円
菅笠  2000円
コンビニ  318円
スーパー  799円

6:00 道の駅田野 -(8.5k)- 8:15 28番 -(9.2k)- 11:15 29番 -(6.9k)- 13:55 30番 -(6.6k)- 16:05 31番 -(5k)- 石土神社



11/24(木)雨のち晴
 だだっ広い高知の中で、このへんの寺は割と集まっているので歩いていて張り合いがあった。
 ここまで普通のワークキャップをかぶっていたのだけれど、ようやく菅笠を売っている場所を見つけたので買った。早速この日やられたように、菅笠は風が弱点なのだけれど、それ以外は普通の帽子より断然すばらしいのでぜひ買うべき。頭に直接あたる部分が少ないので蒸れない、雨でも結構防いでくれて視界が保たれる、修行用の格好なので寺の山門内でも菅笠は脱がなくていいとされているので手間がかからない(普通の帽子はいちいち脱いでしまわなければいけない)、そして何より、遠くからでも一発でお遍路だと分かってもらえる。これが大きい。普通の帽子だと観光やハイキングと間違われる。菅笠だったら地元の方も安心して声をかけてくれる。車も注意して走ってくれる。非常に助かることしかない。車の起こす風で吹っ飛ばされることも多いけど……。
 31番竹林寺は、ものすごく立派な庭園があるらしいのだけれど、有料なので入らなかった。そもそもそれ以外の寺を見るだけで十分に立派なので満足できる。デートに来ているカップルも何組かいた。観光の方に、階段の下で「紅葉はまだだった?」と聞かれたりした。あれが全部紅く染まったらさぞかしきれいだろう。31番に入るために歩きの遍路は、隣の牧野植物園の一部を横断していく。歩き遍路限定でなぜか無料で入れる箇所があるのだ。あの通路は僕以外みんな植物園に来ているわけで、なんか悪くない不思議な空気を味わった。見回りの職員さんに挨拶したり。
 野宿リストに“石土神社軒先”と書いてあったので、本当に神社本堂のわずかな軒先で小さく丸まって寝たのだけれど、どうやら入り口のところにあった別の広い軒先だったらしく、翌朝見てみたらプロ遍路っぽい人がテントを張って高鼾で寝ていた。どうも地べたっぽかったので、僕の装備では無理だったのだけれど。プロ遍路、についてはまた書くかもしれない。






20161123Wed
 >10日目

11/23(月)雨

 5:20起床。途中で起きずに寝られた。今日は2回雨が降る。27番神峯寺までの山は、登りは小雨、下りは結構降った。足下が危ないので山道ではなく迂回して車道で下りることにした。女性のお遍路さんに飴を頂く。連休があるときにきて回っているそう。
 あとは55号線をひたすら歩いた。安芸のヘルストン温泉に入りたかったが、時間が遅くなりそうだったので断念。代わりに、晴れ間ののぞいたなか、海辺のベンチで40分くらいボーッと過ごした。歩き・自転車用の堤防道が工事中で通れず。車道は危ないので、できれば歩道を歩きたかった。ここらへんの道は暗くなると危険な気がする。周りに何も無さすぎる。考えたくないが、誰かに襲われたら助けも呼べない。
 目標の香我美休憩所にはたどり着けず、2kほど手前の道の駅やすにて22時就寝。
 そういえば、安芸の町で、かつての職場の友人に似た女の子がチャリを漕いでいた。風呂に入りたい。右足のカカトのひび割れがヒドくなってきて血がにじんできた。
 今日はよくお腹が減ってたくさん食べた。ウォシュレット付きのトイレは神。


コンビニ  872円
コンビニ  527円

道の駅田野 -(9k)- 27番 -(29k)- 道の駅やす



11/23(水)晴
 27番の神峯寺へは同じ道を山のふもとから3.4k往復するのだけど、Sさんはふもとの分かりにくい場所にリュックを隠し、参拝に必要なものだけの軽装で山を登っていた。旅慣れすぎだ。寺は標高430m。
 安芸の町は、大きくはない町なのだけれど、周りがあまりに何も無いので、都会のように感じた。たしか銀行の脇で腰をおろして休憩した覚えがある。
 メモに、朝に通った町に劇場と、三重から伝わった方式で作られた建物があった、と書かれているのだけれど、ぜんぜん覚えていない。はたして僕は本当に歩いたのかどうか。




20161122Tue
 >9日目

11/22(日)曇ときどき雨

5:30
 起床。ずいぶんゆっくりと寝られた。左ひざも良くなった。やわらかいところで寝ないとダメだ。
6:25
 出発。今日は雲が厚く日の出は見られず。
9:00
 24番最御崎寺着。やっと着いた、室戸岬。灯台。ふもとの御蔵洞は話には聞いていたけど土砂崩れの影響で中まで入れず。ここも一応野宿スポット(かつて空海もこの中で夜を明かしたらしいし)だけど……。
11:45
 25番津照寺着。階段がキツイ。なんだか人が多かった。さすが連休。
13:20
 26番金剛頂寺着。山道!また階段!!
19:30
 道の駅田野着。55号線は18:30くらいからほとんど車が走っていない。
 左足、外反母趾のせいで薬指の爪で切れた中指から出血。左肩、痛い。30分歩くとキツくなってくる。左ひざ、昨日よりマシだけど段差の上下に力が入らない。牛乳をたくさん飲んでみた。左ひざ、左肩に湿布。ボールペンをなくした。Sさんと合流。21:00に電気が落ちて真っ暗になった。
 そういえばいつの間にかボジョレーが解禁になっている。年賀はがきやクリスマスケーキのポスターも見かける。季節感が全くない。汗だく。体を痛めながら歩く。


コンビニ  835円
コンビニ  320円
自販機  110円

旅の宿椎名 -(11k)- 24番 -(6.5k)- 25番 -(3.8k)- 26番 -(19k)- 道の駅田野



11/22(火)曇のち晴
 ようやく高知はじめの寺に着いた日。けど、あまりにしんどかったためか、あまりよく覚えていない。ボールペンが変わったのもあるけど、日記の文字がヘロヘロ。Sさんと合流できたこともあまり覚えていない。
 日記には牛乳をたくさん飲んだ、とあるが、200mlの紙パックを2個。高知のひまわり牛乳は安くて美味しい。
 ここまでは夜に翌日の計画を立てていたのだけど、夜に落ち着いた時間がとれるかどうか分からないので、高知に入ってからは2日後の計画まで立てている。というか、そうでもしないと、目標がなくてツラいのだった。“修行の道場”と言われる高知の道。100回は帰りたいと思った。一旦ここまでにしておいてまた来ようと1000回くらい思った。それくらい高知は本当にキツイ。




20161121Mon
 >8日目

11/21(土)快晴

6:00
 起床。昨日は道の駅で男子が2人スケートボードの練習をしていた。気持ちよく挨拶をしてくれて良い子たちだった。
6:30
 出発したところでおばあちゃん2人組と話しながら歩くことに。日の出を一緒に見た。真っ赤な線香花火がゆっくり上がっていくよう。東京オリンピックのサーフィン競技は宍喰で行われるかもしれないらしい。
 あとは左手に延々海を眺めながら歩いた。11:00の休憩で少し昼寝。太陽が暑い。多分20℃くらいあった。汗臭い。道路しかないなか、お昼にモンマートというコンビニみたいな店に寄る。途中で左ひざが限界。予定では三津漁港までいくはずが、4kほど手前の椎名止まり。
17:00
 旅の宿椎名という小屋を見つける。野宿スポット一覧には書かれていなかったけど、近所の人に聞くと泊まって大丈夫らしい。トイレがないのはツライが、布団があるのが本当にありがたい。早めに眠ることにする。ゆっくり休んでヒザが良くなるといいのだけど。近くの家から高校生っぽい男子が抜け出てきて海へタバコを吸いに来ていた。


コンビニ  735円

道の駅宍喰 -(32k)- 旅の宿椎名


11/21(月) 曇のち雨
 ただただ歩いた日。日差しが強く、11月なのに半袖で汗だく。体力が奪われるようだった。歩行距離が短いのは休憩所でしっかり昼寝したのと、ヒザが痛くて早めに休んだため。世間は3連休である。寺にいっても混雑しているので、歩きだけでちょうど良かったのかもしれない。いつもの野宿ではペラペラのアルミシートと寸足らずの毛布しかないので、小屋にあった布団のおかげで久しぶりに柔らかいところで眠ることが出来た。
 朝に見た水平線からの日の出は、本当にきれいだった。さえぎるものは何もなかった。





20161120Sun
 >7日目

11/20(金)曇→晴

5:30
 起床。1時間おきに目が覚めたけどよく寝られた方。
6:30
 23番薬王寺。おなかの調子が悪くトイレへ。無駄に本堂~お手洗いの階段を往復した。肺大使というお堂があり、お寺の方に訪ねると、寺の温泉にちなんでラジウム=肺に良い、ということでこのお堂があるらしい。
7:30
 出発。薬王寺で徳島のお寺は終わり。いよいよ高知へ向かう。国道55号を延々と歩く。1日でお寺に辿り着けないのは初めて。昨日と違って食料に余裕があるので心強い。調子に乗って歩きながら歌っていたら舌を噛んだ。雲、飛行機、青空。他の歩きの人に2人抜かれる。
12:00
 15kほど歩いたコンビニで休憩。新聞の週間天気予報をチラ見させてもらう。月曜は雨。お昼時で回りに土方のトラックが出入りしていた。
16:00
 ホームセンターでズボン・ネックウォーマー・厚い靴下を買う。近くで高校生くらいのスケートボーダーとすれ違う。マップに載っていたホームセンターが無くなっている。左ひざが痛い。それをかばって変な歩き方になっているので右足も痛くなって泣きそうになるが、ある瞬間に楽で速く歩くコツが少しわかる。
17:40
 道の駅宍喰着。温泉併設。今日もお風呂に入れた。道の駅のベンチで野宿。


コンビニ  451円
コンビニ  551円
ホームセンター  2112円
コンビニ  754円
温泉  600円

道の駅日和佐 -(0.5k)- 23番 -(33k)- 道の駅宍喰


11/20(日) 晴ときどき雨
 いよいよ徳島のお寺が終わり、海沿いの国道を歩いて高知へ向かう。左側にはずっと海がある。野宿した宍喰は徳島最後の町。23番から24番の距離は75.4k。速くて丸2日歩き続けてようやくたどり着く。Sさんとも、泊まるところを計画して歩かなければなりませんね、と前日の夜に話した。とにかく、道しかない。







20161119Sat
 >6日目

6日目

11/19(水)曇→晴

 数日夜に落ち着くヒマがなく日記が書けなかった。
 昨日は廃校にSさんと野宿。雨は夜半に止んだようだが、とにかく風が強く、干していたものが途中で飛ばされてしまった。
5:30頃
 Sさんの起きる音で起床
6:00
 出発
8:10
 21番太龍寺着。山道は乾いていたが既に左ヒザが痛く、山を登るのに難儀した。寺の内が広く、見て回るのに時間がかかった。
9:05
 出発。山道下り、めちゃキツイ。
12:45
 22番平等寺着。寺の手前あたりで歩きの男性に声をかけられる。寺の中でも湧き水に関して女性に聞かれるがうまく答えられず。ご夫婦での参拝客、読経が二人ともたどたどしく、旦那さんが照れ隠しで何度もせき払いするの良かった。あわばんちゃ、というお茶を飲んだ。酸味があって美味。マップを購入。
13:10
 山をひとつ越えて、あとは舗装された山道を20キロとにかく歩く。朝からロクに食べておらず、夕方バテる。1時間おきに休憩したが左ひざが悲鳴を。
19:00
 ローソンを見つけたときは嬉しくて泣きそうになった。めっちゃ食べた。駐車場で休んでいると、ギターを持って歩くファンキーな外国人男性お遍路2人組に声をかけられる。1人は日本語、もう片方は英語のみ。この近所で有名なバスの善根宿に行きたいらしい。場所が分からないので困っていたら、駐車場にいた近所の工務店らしきお兄さんたちが話が聞こえたのか「知っている」と言う。外国人男性たちは上手く交渉して、工務店のトラックで乗せていってもらうことになっていた。あのアグレッシブさ、欲しい。
20:00
 23番薬王寺には間に合わなかったが、隣にある温泉はまだ開いていた。湯煙のむこうからSさんが現れる。「21番からの山道はほとんど使われておらず荒れていて危ないと聞いたので迂回したんですが、どうされました?」と聞かれる。どうりで道無き道が続くと思った……。Sさんは山道ではなく迂回して車道を歩き、さらにルート分岐で距離の長い海側の道を歩き景色を楽しんだと言う。超人だ。
 Sさんはしばらく前に23番付近に着いたので、バスの善根宿まで行ってみたところ、なんと無くなっていたらしい。廃バスを利用した無料の宿で、管理人さんのご厚意で食事まで出来るというあるき遍路にとっては天国のような場所だったらしいが……。
 そのままSさんと一緒に道の駅で野宿。車の出入りが多く、気温もずいぶん低い。寝られるだろうか? 道の駅では車で回っているという女性に声をかけられた。


コンビニ  774円
温泉  500円

廃校 -(4.2k)- 21番 -(11.6k)- 22番 -(19.7k)- 道の駅


11/19(土)曇
 マップを買ったのはこの日だったらしい。徳島にいるうちに買っておいて本当に良かったと思う。マップにはコンビニの場所も載っているので、食料の買いだめの計画が立てられる。この日は買いだめに失敗した例。朝から昨日の残りで少しずつ食いつなぎ、フラフラになりながらたどり着いたローソン(暗かったのもあるけどローソンから後光が見えた)で、パン・おにぎり・ラーメン・コーヒーと一気食いした。他にも買いだめしたのでこの値段。
 焼山寺のときから調子の悪かった左ヒザの痛みが、ついに爆発した。鴨島で買ったリュックのほかに、普段使うような普通のショルダーバッグを持っていたのだけれど、ストラップの長さが調節できないもので、特に山道では暴れてしまい、歩いているうちに何度もヒザにぶつかっていたのが原因か。この日以降は、できるだけ鞄の部分をを下から手で持って歩くようにした。
 僕に積極性があればギターの外国人たちと一緒に車に乗せてもらうことも出来たかもしれないが、バスの善根宿は無くなっており、結果として無駄足を踏まずにすんだことになった。こういう小さい幸運が、歩いているとたまにある。あと、車に乗らなかったのは、最後まで完全に歩きでいこうと決めていたから、というのもある。
 この日はカワセミと雪のような虫を見たとメモに書いてあるが、このあと何度も見たので特筆しない。




20161118Fri
 >5日目

11/18(水)雨

(日記は空白)

コンビニ  440円

神社 -(?k)- 18番 -(4k)- 19番 -(13.1k)- 20番 -(2.4k)- 廃校



11/18(金)曇

 連続で日記が無い。走り書きのメモだけ。

5:00 神社を出発
6:00 18番恩山寺 7:10発
8:50 19番立江寺 9:15発 休憩所 まんじゅう
景色楽しむ余裕なし
13:40 20番鶴林寺 14:05発
16:30 廃校着

 連日の雨と特に強い風で寒く、体力もずいぶん奪われた。途中のことは全然覚えていない。19番手前に鮒の里という宿があるのだが、歩き始めたときから宣伝のステッカーをよく見たお店だったので、ここがその店だったのかという妙な感慨があった。
 19番からはまた山を登り、20番が山(500m)の頂上、一度降りて再び登り、翌日21番も山の途中(520m)というコース。21番にはふもとの道の駅からロープウェイが出ているような山である。書き忘れていたが、3日目に登った難所、12番焼山寺の標高は700m。
 そんな山と山の間にある、廃校で野宿した。野宿リストにも掲載されている。もちろん校舎内には入れないので、昇降口の軒先で寝る。トイレは外にあるものを使わせてもらえる。雰囲気はまるで放課後の怪談。山はすぐに日が暮れて危ないので、早めに夜の準備をしていると、また昨日までの男性と一緒になった。ようやく聞いた男性の名は。登山用品店で働いていたこともある、ガチのスナフキンである。ここでキャンプを張るのは賢明だと言われた。ただ、山と山の間で、近くに川もあり、ちょっと風や霜が心配だと言う。雨も止んだので、二人それぞれの荷物を昇降口の石の手すりに干して眠る。夜半、強風で吹き飛ばされた二人それぞれの荷物を校庭で追いかける。なんとか追いついて良かった。








20161117Thu
 >4日目

11/17(火)雨


(日記は空白)


コンビニ  736円
コーヒー  250円
100均  216円
ドラッグストア  615円
ホームセンター  950円
コンビニ  308円
地図  2500円


おやすみなし邸 -(1.4k)- 13番 -(2.3k)- 14番 -(0.8k)- 15番 -(1.8k)- 16番 -(2.8k)- 17番 -(?k)- 神社



11/17(木)晴
 歩きながら書いたメモを元に、夜休むときに日記を書いていたのだけれど、この日は遅くまでなかなか落ち着けなかったために日記を書く余裕が無かった。3日目に手に入れた野宿スポットの一覧にはこの周囲で野宿する場所がなく、行き当たりばったりに歩けるところまで歩いて探すことにしていた。結局、雨の暗い中をさまよい歩き、18番の近く、山の上にあった神社の軒先で寝た。レジュメに書いてある場所以外で寝るのはめちゃくちゃ緊張する。いつ注意されるか分からないからだ。山の下には石造りの休憩所もあったのだけれど、先客がいた。小雨降る山の中、かなり虫がいたのだけれど、前日に買っておいた虫除けスプレーが早速役に立った。風と雨はがまんするしかない。
 この日か昨日のうちに歩き用の地図を購入したらしく、メモにはすこし詳しい内容が残っている。メモを元に記録だけ書いておく。

6:15 出発 コンビニに寄って4食分+水 賽銭用に紙幣をくずす
6:55 13番大日寺 ハミガキ 7:30発 国道
8:05 14番常楽寺 孤児院が併設 小雨が降り始める 8:25発
8:45 15番国分寺 雨… 9:00発
9:30 16番観音寺 おばあさんがゆっくり納経帳を書いてくれた 天気の話 9:55発
10:50 17番井戸寺 ゆずのお菓子を頂く 天気の話 11:15発

 17番から18番へは、山を越える昔ながらの遍路道と、徳島駅周辺を通る今の道の、2つのルートがある。昨日も夜に一緒になった男性・Sさんは旧道を行った。僕は装備を整えるために、少しでも街の方を歩くことにした。寝袋とマットともう少しグレードの良いリュックを探していたのだけれど、見つからず。しかし、初日に野宿したポッポ街まで戻ってきて、風景も見覚えのあるものになり気持ちも少しだけ落ち着いた。
 100均で用意した雨カッパが使いづらくもうボロボロになったので、ホームセンターでポンチョ型のレインコートを購入。旅の終わりまで愛用することが出来た。ドラッグストアでは140枚入りの湿布を買った。結果、旅の終わりまでには使い尽くすことになる。
 18番へ向かう道にはネットカフェなどもあったので、そこに入ることも考えたのだけれど、88番を回りきるまでは宿泊費を使わないことをなぜか決意してしまった。もちろんそのあとすぐ夜の神社でガタガタ震えながら、早くも決意は揺らぐことになるのだけれど。
 17~18番は17kほどの距離なので、上の時間に出ていれば閉山(寺は17時に閉まる)までに間に合ったはずなのだけれど、前日の山で疲れていたのもあり、コーヒーを飲みながら優雅に休憩していたため、17番までとなったように覚えている。
 こっちがマイペースに歩いているので、足の速いSさんはとっくに先に行っているだろうと思っていたが、向こうは余裕のある分、洗濯や入浴や充電や観光など楽しみながら歩いているので、このあとほとんど一緒のペースで、ずいぶんと励ましてもらった。
 ちなみに僕は回り終わるまではヒゲは剃らないでおこうとなぜか決意してしまったのでほとんど風呂にも入らず、替えの服も持っていないので洗濯は通算1回しかしなかった。こういうのを、汚い、という。すみません。






20161116Wed
 >3日目

11/16(月)晴

4:00
 起床。寒さで目が覚める。
5:00
 同室の男性を起こさぬよう静かに準備し、出発。星がきれい。
5:50
 11番藤井寺の山門着。懐中電灯を頼りに登山開始。6時に寺の鐘の音を聞く。6時半には夜が明けてきた。木々の隙間から海が見えた。海なんかあったっけ? よく見ると雲海だった。夜明けの青い光で雲が輝き、とてもきれいだった。やがて日も昇り、光を浴びると体が元気になった。いよいよ光合成が出来る体になったかと思ったが、先ほどの休憩でパンを食べたおかげだった。とにかく山道、杉の木が続く。
8:05
 柳水庵という小屋に着く。湧き水を頂くが、口に合わずチビチビとしか飲めない。庵から少し進んだところに泊まることのできる小屋があった。ここで泊まるのは相当楽しいだろう。辺りは真っ暗で、星がよく見えるに違いない。
9:00
 杉庵という小屋があったが、ゼイゼイでよく覚えていない。
10:50
 12番焼山寺着。周りに何もない。山の上に寺だけがある。静か。お寺の人に、7時に出発してきたとなぜか間違った時間を言ってしまい、ものすごく足が速いと言われる。それはそうだ。
11:15
 出発。何度か休憩を挟みながら歩く。本当に山道で、店が全くない。鴨島で買い貯めしてきて良かった。途中でカブに乗ったおじいさんに、お茶・バナナ・みかん・ドーナツを頂く。少し立ち話。今年の11月は春のような陽気らしい。高知では海辺をたくさん歩くが、風が吹いたら天気が崩れるから気をつけるように教えてもらう。そのあと道中で2人くらいとお話をした。来年はうるう年のため、88番から逆向きに歩く“逆打ち”をしにくる人が増えるらしい。うるう年の逆打ちは御利益が大きい(ということになっている)らしい。一度道に迷って気持ちが折れ、左脚も折れかかる。下りは登りに比べるとゆるいが、途中から延々とアスファルトで、一気に脚にきた。延々と山と川。
18:00
 おやすみなし邸という小屋に着く。本来は夜は開いておらず宿泊禁止の小屋なのだが、夜半から雨が降るという予報があったらしく、小屋を閉めにいらした管理者さんが、ご厚意で泊めてくださった。しばらくして、昨日鴨の湯で一緒だった男性も到着。特別に泊まれることを伝え、二人で喜ぶ。

0円?

鴨の湯 -(15k)- 12番 -(19.4k)- おやすみなし邸


11/16(水)晴
 どうやら参拝以外は1円も使わなかった日らしい。道中は完全に山道で店が無く、使おうと思っても使えないのだけれど。途中で食料をお接待頂けたのは本当にありがたかった。
 たしかに昼間は春のように暖かく歩きやすいかった。ただ、さすがに年末に向けて寒くなるので、時間がかかっても年内には歩き終えるようにというアドバイスをどの人からも頂いた。1月に入ってからの冬の歩きはかなりキツイし、雪で山道が通れずにすべて回れないこともあるらしい。
 焼山寺までは距離だけ見ると大したことないけれど、山道なので、ふつうの道の2~3倍時間がかかる。『るるぶ』によると、今の遍路道は焼山寺越えが一番の難所らしい。通称・遍路転がし。前日までの天気で足下は悪かったが、当日は晴れて本当に良かった。ご住職にもそう言われる。雨だった多分転がり落ちて死んでいたと思う。
 道のり的には一番の難所とはいえ、まだ3日目で体力もあるので、頑張ればなんとかなる感じ。のちのちの難所の方がキツく感じる。






20161115Tue
 >2日目

11/15(日)晴

 7:20に起床。寒さと雨でよく眠れず。体もあちこち痛い。ストレッチをして頑張る。
 道をさかのぼり、8:20には9番法輪寺へ着いた。寺の前でおばあちゃんにアメを頂く。しかもたくさん。
 8:45に9番を出る。途中で親切なおじさんと出会い、一緒に10番切幡寺まで歩く。お寺の縁起や、11番までの川越えの道、難関である12番の山道のことなどを教えて頂く。地元の方で、年間に300日は10番にお参りしているらしい。もしかすると、僕みたいに一人歩きの人に話しかけては、色々と説明しているのかもしれない。説明慣れしている感じがした。やはり、途中で出会った僕以外の歩きの人にも、僕にしてくれたのと同じ説明をしている。
 10番には10:05に着いた。小さい山の上にあり、階段も多いため、「先に行ってくれ」とおじさんに言われる。山上でおじさんに教えてもらった色々を見てウロウロしていたら、結局帰りもおじさんと一緒になった。境内に犬や猫の糞が多いことを、あらかじめおじさんに教えてもらっていたので踏まずに済んだ。ここまでトートバッグとビニール袋という貧弱な装備で来ていたが、12番の山道は手が空いてないとキツイからリュックを買った方が良いと言われる。吉野川を越えて鴨島に入れば、街だから店も多くしリュックも買えるだろうと教えてもらう。おじさんの自宅の前で別れる。
 11番までは結構な距離を歩く。川も2回渡る。車一台分の細いコンクリートの橋。川には釣り人たちと、舟にのんびりと乗っているおじさんがいた。いつか舟に住みたいと突然思う。渡りきった休憩所に大きいハチが飛んでいた。今朝頂いたアメをなめる。おばあちゃんらしい味がした。
 13:40、11番藤井寺に着。さすがに足も痛く、疲れている。山のふもとの静かな場所。日曜とあって団体さんが次々と来ていた。寺の奥にある弁財天がカッコいい岩場に建っている。
 道を少し戻って、鴨の湯という市営の銭湯へ。驚くことに、地元の人でごった返している。東京で風呂なしの部屋に住んでいた半年ほど、銭湯にお世話になっていたけど、こんなに賑わっている銭湯は初めてみた。すごい。昭和に戻ったみたいだ。驚くことに、お遍路料金が別に設定されていて、かなり安く利用することができる。
 お風呂を出て周りをうろうろしていると、銭湯の横に掘っ建て小屋があることに気づいた。何だろうと近づくと、なんと、善根宿という、歩きの遍路が使える無料の宿泊スペースらしい。男女共用と、女性専用と2つの小屋がある。番台で申し出て、ノートに住所などを記入すれば小屋に案内してもらえる。トイレもある、洗濯機もある、そして無料で自転車まで貸してもらえる。ありがたすぎる。早速鴨島駅の方まで行き、リュックを売っていそうな店を探す。かと言って、本格的なものは買えない。ショッピングセンターをウロウロしていると、学生服屋さんが入っていた。もしかしてと思い入ってみると、学校指定の小さいリュックが売っていた!1000円!!もちろんすぐに買った。これで山道でも手を使える。ほかにも少し大きめの毛布や、厚めの上着などを買う。マックでコーヒーも飲んだ。なんて贅沢だ。

 小屋に戻って一人で寝る準備をして、置いてあるノートに書かれた言葉を読んで情報収集につとめる。銭湯が閉まるくらいの時間に、ほかの男性が入ってきた。色々とお話をする。今朝から歩き始めて、1日で一気にここまで来たらしい。かなり速いペース。旅に慣れているらしい。リュックも立派なものだし、装備がすごくしっかりしている。小さく収納できるやわらかいマットと、寝袋。生地は薄く見えるが5度までは大丈夫とのこと。逆に、僕の貧弱な装備を見せると驚かれた。かなり行き当たりばったりであることを改めて実感する。そう、寝袋。なぜ僕は今まで寝袋という便利な物の存在を忘れていたのだろう。バカだ。
 とにかく、しばらくぶりに屋根と壁のある場所で眠れる。上着と毛布2枚を着込むが寒い。それがどうした。


コンビニ  330円
自販機  120円
ショッピングセンター  3,818円
ドラッグストア  410円
コンビニ  336円
コピー  200円
ごはん  250円
マック  100円

休憩所 -(4k)- 9番 -(3.8k)- 10番 -(9.3k)- 11番 -(2k)- 鴨の湯


11/15(火)曇りときどき晴れ

 初めてお接待をして頂いた。地元の方は、遍路をしている者に親切にする(これを“接待”という)ことで、遍路をするのと同じような功徳を得られるらしい。地元のお年寄りは特に親切にしてくださるし、子供たちや学生さんは元気に挨拶してくれたりする。かつての遍路道はもちろん今のように整備などされておらず、命を落とすことも多かったらしい。遍路で着る白衣は死者の衣、ついている杖は倒れた場所で墓標になった。その伝統もあり、今でもお遍路はこの世とあの世の間を歩いている人というような、特別扱いを受けることが多い。鴨の湯の小屋もしかり、普通だったら素性の分からない余所者を敷地内に泊めることなど絶対にしないはず。特に歩きで回るとそれを強く感じる。
 鴨の湯の善根宿は、セルフビルドの小屋である。断熱材もなにもない、ほとんど板一枚の小屋だ。室内の壁には納札がベタベタと貼ってあり、初めて見ると異様に思えるが、歩いていると似たようなものをしょっちゅう見るのですぐに慣れる。ノートには主に鴨の湯への感謝の言葉が書かれている。良い情報も悪い情報も、日本語も外国語も様々に書かれており、さながらワールドワイドな2chのような雰囲気になっている。たしかここで、格安宿・野宿スポットに関するレジュメを2種類手に入れた。自転車に乗ってコンビニへコピーしに行った覚えがある。このレジュメが無いと貧乏人の歩き遍路は絶対に不可能。僕が緊張のせいでガッチガチになっていた、1番の霊山寺にも置いてあるらしいので、早めに手に入れるべき。
 なお、善根宿は、本当に善意だけで置かれているので、いつまでもあるわけではない。たとえば、管理されている方の高齢化・体調不良や、そして多くが遍路のマナー違反を原因として、だんだんと減っているのが現状。無料で泊めてもらう、というのではなく、使わせて頂いたら何かしらのお礼をするのが礼儀。出る前に掃除するのが基本。汚すのは言語道断である。歩き疲れているとなかなか気が回らないが。






20161114Mon
 >1日目

11/14(土)

 駅の近くにある、ポッポ街という短いアーケードにあったベンチで野宿した。合わせて1時間も眠れていない。強風と豪雨、寒さ。人通りもあった。2時くらいまで朦朧としながら歌を歌っていた。起きると下唇がの左側がパンパンにはれていた。

 そのまま板東駅へ向かう。ちょうど店が開いたタイミングの、1番・霊山寺の売店で必要な物を揃えた。緊張していたためか、はじめのほうのことは全然覚えていない。とりあえず納経帳を書く人の手際がものすごいことにまず驚く。
 2番・極楽寺からぎこちなく経をあげるようになった。3番・金泉寺を出るタイミングでパンを食べておいて良かった。3~4番の歩きは、初めての旧道。オフロードを歩くことになる。空腹では無理だ。

 8番・熊谷寺まで、途中で団体さんにぶつかりながらも、スムーズに回る。土曜日で観光の参拝客が多いが、道を歩いていると、農業や畜産の家は休みなく仕事をしていることに気づく。通りすがりの中学生男子が挨拶してくれた。嬉しかった。

 8番を参り終わったところで17時になる。寝床を探さねばならない。しかし、頼りにしていた温泉・御所の郷が全面改装中で休館。暗くなる、寒くなる、慌てる、自販機で暖かいお茶を買って自分を落ち着かせてみる。懐中電灯で地図を見ると、9番10番を越えたところに宿泊可能な無料休憩所があることを発見した。
 向かう途中のコンビニで5万円おろした。買う飲み物はミネラルウォーターにする。味のついたものはつい飲み過ぎてしまうからだ。

 休憩所は民家の近く、2階建てで、各階上半分に壁のない、公園遊具のようなログハウスだった。昨日の雨が吹き込んでいて、用意されている毛布がすべてずぶ濡れ。床も壁もぜんぜん乾いていない。おまけにまた降ってきた。風のせいで雨が吹き込んでくるものの、屋根があるだけマシだ。1階で寝るのは怖いので、2階の湿ったベンチに、100均で買った膝掛けサイズの毛布をかぶって寝る。寒い。明日は風呂に入りたい。


コンビニ  684円
霊山寺売店  10,170円
コンビニ  298円
自販機  120円

1番―(1.4k)―2番―(2.6k)―3番―(5k)―4番―(2k)―5番―(5.3k)―6番―(1.2k)―7番―(4.2k)―8番―(8k)―休憩所



11/14(月)
 自分の歩くスピードは時速4kmだということをこの日体感した。1日に進める距離はだいたい40km。
 1つのお寺を参るのにだいたい30分程度かかることも分かった。作法は→こんな感じ。鐘を突く人はあまり居ないような気がする。僕も突いていない。
 読経は人によって全然違うので、自分のやり方を決めておくと良い。僕は、般若心経→ご本尊真言3回→光明真言3回→御宝号3回→回向文、というやり方にした。『るるぶ』に最低限のやり方として紹介されていたため。
 歩き用の地図をまだ手に入れておらず(無くても大丈夫とかいうナメたことを考えていた)、道のりの距離感がまったくつかめていない。あとから見ると8番から温泉までは2kmほどしか離れていないのに、夜道がものすごく不安だったのを覚えている。頼りはぶつ切れの地図しか掲載されていない『るるぶ』のみだった。当然ながら『るるぶ』は観光向けで、ガチの歩き用には書かれていない。気楽な旅のように見えるがそんな訳はなかった。
 荷物は最低限にしようと霊山寺売店では、白衣・杖・数珠・経本・納経帳・お札、を買った。菅笠の必要性をまだ分かっていない。
 納経帳に御朱印をもらうのは1ヶ所300円。お賽銭については、額は関係ないらしいと聞いたので、貧乏人がどうしたかは……。
 ちなみにiPhoneの電池は前日のうちに無くなっている。なので、この後はただの重い板を持ち運んでいた。






20161113Sun
 >映画『溺れるナイフ』を観た感想、または、重岡大毅最高かよ話

『溺れるナイフ』を観てきました @四日市109シネマズ。
三重に越してきて、全体的な公開数が少なくなった中でですが、
今年一番ヤバイ映画だった気がします。
ヤバイっていうか、すっげえ変。
全体としてはガッタガタなんだけど、たいへん魅力的な映画でした。
監督の毒にあてられました。

今年の話題作でおわせられるところの、
庵野の『シン・ゴジラ』も新海の『君の名は。』も観ましたけど、
あれらはもう出来上がってるじゃないですか。
安心してブヒブヒ観に行ける映画じゃないですか。
『溺れるナイフ』は違いましたね。
庵野の『エヴァ』、新海の『ほしのこえ』、感がありましたよ。
完成型には遠いんだけど、観た者に、何がしかとてつもない印象を残していく作品でした。
大林さんの『この空の花』を見終わったあとみたいな巨大な虚脱感、
=なんかわかんねーけどとんでもないものを観たのは確かだ、感がありました。

実際僕は、観てる途中で、退屈するシーンも多々ありました。
あくびもしました、背伸びもしました、早く終わらねえかなと思いました。
しかし、見終わった今となっては、
誰かとこの映画の話をしたくてたまらない気持ちでいっぱいです。
けど、良い・悪いのどちらかでは片づけることが出来ないです。無理です。
俺はとにかくお前にこの映画の話をしたいだけなんだ、
というただただ迷惑な奴になっています。
僕の力量で、賛否どちらかの結論をつけると、
この映画の異常な感じを無理に型にハメてしまうことになって、
魅力を損ねてしまうと思うので、以下はただただダラダラと感想を書きます。
役名を思い出せないので、役者さん本人の名前で書いてしまいます。
いつものごとくネタバレしつつなので、ご了承ください。
ちなみに僕は原作未読。菊地成孔宇多丸のお二人の評を読み聞きしたところです。




【メイン4人の魅力ハンパねえ】
 まず、今の、菅田・小松の、そのまんまマンガから出てきたんじゃねーかっていう美しさは言うまでもないです。ぱないの!です。あの2人が水の中でブクブクしてる画だったら一生観てられると思う。あの2人が初めてブクブクしてからのタイトルが出て小松のモノローグっていうシーン、映画観てて久々に、ちょっともうこれ以上ないだろってくらいのワクワク感がありました。100万点です。
 余談ですけど、日本映画界は、菅田を休ませろ! いまがとにかく魅力的だっていうのは分かるけど、公開数が多くない僕の地域のシネコンでさえ、『デスノート』と『何者』と『溺れるナイフ』が一緒にかかってるっていう状態。観ている途中でちょっとどの菅田か分からなくなるから。下手したらauの鬼ちゃんもダブってくるから。グラブルから。しかしとんでもなく良い役者さんですね。
 あまり登場回数は多くないんだけど、上白石もすごく印象に残りますね。っていうかさ、上白石の、目・が・!こえーんだよ!マジで!! まずは中学の教室で登場するんだけど、田舎の芋っ子感もさることながら、あのキョロキョロした目。オドオドした子なのかなー、と思わせておいてから、「なんかひさしぶりだねー」で完璧な高校デビュー(なに痩せてんの、なにボブヘアってんの)を飾ってからの、がっつりマウンティングしてくる、あの目。うわ!こわっ!!女子こわっ!!あの中学の教室での目はオドオドしてたんじゃなくて、自分の一番良いポジションを常に探してて、隙あらばスクールカーストで上へ行ってやろうっていうチャンスを探してる目だったのねー!こわっ!女子こわっ!したたかっ!!

 そしてですね、僕はこのことを言いたいがために、今日ブログを書いたようなものなんですけど。重岡大毅(ジャニーズWEST)、最高かよ、と。……え? あ、すみません、声が小さくてよく聞こえなかったですかね。じゃあもう1回言っておきますね。

重岡大毅(ジャニーズWEST)、最高かよ。

……重岡大毅(ジャニーズWEST)、最高かよ。

はい、もうこれね、今日はこれだけ覚えて帰ってください。ここテストに出るぞー、です。重岡大毅、その名前だけ覚えてもらえば大丈夫です。
 えっ、ジャニーズぅ? って思う人。僕もそうです。そう思ってました。では以下、僕と、一緒に観に行った人との、開演前の会話をお聞きください。

「あ、今から観るやつの看板あるよ」
「菅田くんは知ってるでしょ? 小松さんは?」
「小松さんは「あなたの未来がわかるって言ったら、どうする?」の人でしょ(『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』の予告編はもう100回くらい見させられました)。この右下の女の子は?」
「上白石さんは『君の名は。』で三葉の声をやってた子だよ」
「へー、いま売れてる人を集めてきたんだねー。この左下の男の子は?」
「この人は、ジャニーズWESTっていうグループの、」
「ぶほっwwwジャニーズwwwマジッスかwwwちょwww邦画はジャニーズ帝国の権力に負けっぱなしでござるなwwwあれでしょ、どうせ誰がやってもまったく変わりがないようなどうでもいい薄っぺらいチャラチャラした役で、本人目当てに来るファンを釣るためだけのキャスティングなんでしょwww大漁大漁wwwチョローwwwぷげらwww」

……はい、サーセン!! マジで!すみませんでした!!!
観る前の俺、死ねと。お前は豆腐の角にイヤというほど頭をぶつけて死ね。二回死ね。いや、足りぬ。五回死んでから出直せ。そして性懲りもなく蘇った僕は慚愧の念に歯を食いしばり血の涙を流しながらこう言おうではないか。

重岡大毅(ジャニーズWEST)、最高かよ。

もうね、重岡については、ジャニーズってだけで偏見を持ってた僕があれこれいうところではないし、言ったところでファンの皆様にしてみればお前は今さら重岡の魅力に気づいたのかとご立腹だろうし。なので、ぜひとも実際観に行って重岡にハマってください。ハマらないわけないから。ほんとにすみませんでした。いまは、重岡、尊い、という気持ちで一杯です。反省してます。重岡大毅に2億点です。


【お祭りデートにウキウキ女子はついつい帯がゆるくなる件について】
 オイ菅田よぉ……。菅田よぉ……!お前は……カッコ良すぎかよぉ!!
あとなんでそんなとこにちょうどよく回送のバスがドア開けて運転手下ろして止まってるんだと。マンガかと。あ、マンガだったわと。小松は、ゆるくなるのは帯だけにしとけと。女子かと。あ、女子だったわと。


【本年度の邦画新人助演男優賞は……重岡大毅さんの『おら東京さ行くだ』です!!または、結局俺は重岡について話したいんだ、のコーナー】
 重岡、残念だったなぁ。まぁお前だったら次の良い恋見つけられるって。……ん?どうした重岡?え、いやいや、もうさ、カラオケとか良いんだよ重岡。え、歌うの重岡!?もうやめとけって!お前はよくやったよ重岡!無茶すんなって!あーぁ曲入れちゃったよ重岡……。……重岡?まさかお前、この曲……!重岡!!いやいや重岡、お前、空気!読めって空気を!あああああ……。重岡ああああ……。……。……いやいや、まさか……。……まさか、だよな?……え、重岡、これフルコーラスやるの!?死ぬって重岡!死んじゃうよ!やめとけよ重岡!!お前はそれ以上傷を負うことはないんだよ!!衛生兵ー!衛生兵ー!!あああああ(泣)!うわあああああん(号泣)!……歌っちゃったよぅ、結局ぜんぶ歌っちゃったよぅ、えっぐえっぐ。……なに重岡、どうしてまだマイク持ってるの?……え、MC!っていうかマイクパフォーマンス!!うわ、どこぞのバンドのボーカルがライブの曲間でやる下手なMCより全然心にくるんですけど!きゅん!えっ、なにこの気持ち……。私、重岡に……恋、しちゃったみたいだよぅ……。

はい、バンッ!本年度の新人助演男優賞は、重岡大毅さんの『おら東京さ行くだ』です!!
ベストショットは、ペディキュアを塗っているときに小松が回想した、椿の花をくわえた重岡大毅さんです!!
なおベストアクトは、整えた眉毛のことを言われて照れる重岡大毅さんです!!
そして邦画史上に残る青春シーンは、女子の部屋にずかずか上がり込んで友達とか言いながら結局キスまでしちゃった重岡大毅さんです!!
(あのシーンは重岡がCDを「元気もりもりセレクション」とかトチ狂ったことを言いながら取り出したところから悶絶して過呼吸になり死にかけました。映画を見ながら、乙女のように顔に手を当てて「きゃー!」って言ってしまったのは初めてです)
(今さらですけど、重岡はもちろん本人の名前で、役名は大友なのですが、そんなの些末なことです)


【伊賀大介の(主に悪意が)光る職人技】
 もう衣装のクレジットでこの人の名前を見ないことはないってくらい引っ張りだこの伊賀さん。『何者』では佐藤健に、「彼は、これを着とけば馬鹿にされることはないだろう、って考えてると思う」っていう理由(別名・悪意)でフレッドペリーを着せた伊賀さん。
 今作でも伊賀さんの手腕は炸裂しまくりです。菅田の中学のときの制服はマジ神がかってる。ズボンの、あの、丈、あの、太さ。うわ、センス良さー。菅田のあの走り方にも本当によく合ってるし。
 対して、田舎っ子たちに着せた服、ですよ。上白石がお祭りのときに着てる、あの、田舎の高校生が精一杯やってる感。リアルすぎ。こっちは見覚えありすぎて死ぬわ!
 中学ではイケイケだった小松が、高校ではダッサくなるのも、制服のサイズ感一発で見事に表してて良かった(別のスタッフさんだけど、ヘアメイクももさくて良かった)。
 そしてここでも重岡ですよ。お前どんだけ重岡好きなんだよ。はい大好きですよ。で、なにその、お前の私服。なんでデートの日にショッキングピンクの変なクママークのTシャツなの? なんでもうひとつのTシャツもクマ(graniph)なの? もうクエスチョンマークしか出ないわ。大好きだわ。

 
【大地がもたらす奇跡の画】
 菅田クンと小松サンは、一生うまいこと隠れてる岩陰から飛び出て来てドキッてしてて欲しいし、一生水の中でブクブクしてて欲しいし、一生奥深い山の中でカバディしてて欲しいし、一生水路(あの配管と石畳最高すぎ)でキャッキャウフフしてて欲しいし、一生みずたまりで石を投げっこしてて欲しいし、一生漁師町の裏道みたいなとこで追いかけっこしてて欲しい。どうでもいいんですけど、菅田クンを追いかけ始めた小松サンが、何かにぶつかるゴンッて音が、観ている途中は「ちゃんと録り直せよ!」って思ってたんだけど、なんか今になると「いつくしみー!」の心しかない。


【音楽がうるさい問題】
 音楽、流れまくります。正直、うるさいです。まずインストがバラバラな印象のものが次々と流れっぱなしなのに、さらに、ジャパニーズロリータウィスパーボーカルが、しかも2~3回、そこ!?ってところで中途半端な長さで流れるのはキツい。たぶん、監督の頭の中で流れてる感じの音楽ぜんぶぶっ込んだんだと思います。あれが、全体がガッタガタに感じる原因の一つかなーと感じます。画だけで十分綺麗な場面が多い分、音楽が余計だと感じる人は多いと思う。そこを監督の作品の特徴として是とするか否とするか。たぶんあのやり方はこれからも変わらないんじゃないかと思う。


【時間感覚がよく分からない】
 オープニングで家族が乗ってる車が一昔前の感じ(カーナビも付いてなかったと思う)で、時代もそこらへんなのかなと思いきや普通にスマホやLINEが出てきます。(もしかするとお父さんが旧車趣味なのかもしれないけど)。写真家が使うのも、デジカメじゃなくてフィルムカメラ。こだわりと言えばそうなんだろうけど、先に言った車の件もあるので混乱しました。
 あと、写真集は編集や印刷のタイムラグなくすぐに出来上がったようにみえるのに、裁判は示談までめっちゃ時間かかるのな、っていう。そういうもんなのかな?


【とにかく全体的にガタガタしてる】
 観ているときはなんだか、ぶつ切りのものを繋げたっていう印象を受けました。
 特に菅田と小松が最後に抱き合って、菅田がふて寝するシーンですが、明らかな編集ミスのシーンがあって(菅田が横向きに寝てたのに、カットが変わるといきなり仰向けになってる)、観てるときはだいぶ冷めました。これだけの商業ベースに乗る映画なので、おそらく編集は丁寧にされたと思わます。なので、画のつながりが変だとしても空気のつながってる感じが良くてこのテイクを使ったのだろうとは思うんですが……。
 ほかにも観ている間は、全体が上手く繋がっていかない、断片的な印象を受けます。カメラの回す時間も、菅田側はカット多めだったり遠くからのショットで神性を帯びさせて、重岡側はそれに比べて長回しで日常色を強めてと、意図的に変えてるのもあって、観ているあいだは何か全体が噛み合ってない印象を受けます。でも見終わるとまあ強烈なシーンだけを思い出すので、そんなに変だったか? と改めて思ってしまったり。
 たぶん、監督の技量がもっとあれば、テクニックで上手く繋げてしまえたり、敢えてカットするところも出てくるんだと思います。理詰めというよりは、感性多めで撮った映画という印象です。台本もちゃんと頭から順撮りでやってそうっていう(撮影期間の短さ(たった17日間!)を考えるとそんなことはないんだろうけど)。これから監督が経験を重ねていくにつれてもちろんもっと上手くなってはいくんだろうけど、このガッタガタな今の状態も魅力ととらえる人にとってはたまらないわけで。


【ラストの賛否】
 ラスト手前でチラッと流れる激ショボクソ映画が賞を取ったっていうのは、現実の邦画映画賞に対する何らかの批判の意図が込められているのか? という深読みをしてしまいます……。予告で邦画メジャー恋愛ものがたくさん流れたあとだけに……。 まあ、少女マンガでは見られそうな手法だとは思いますけど。
 しかし、わりと人気も実力もあるはずの写真家の監督作品ということを考えると、あんなクソチープな映画を見せるよりは、もっとちゃんとした映画内映画を見せた方が良かったんじゃないでしょうか。小松がちゃんと仕事の方では身を立てたという感じを受けないし、なにより菅田が救われなさすぎる……。あれはそういう暗鬱な終わりなの? そうじゃなくて、小松が青春と向き合ってなお大人になっていくっていうラストだと思うので、ほんと、……あんなショボ映画じゃなくてさあ!
 あと、原作とはラストが違っててそれってどうなの、という意見も見ました。僕は原作を知らないのですが、かなり気恥ずかしいラストだったと感じました。あれは目を背けたくなる人もいるような気がします。けど、重岡(また出た)が「高校生の間はバカなことやってもええんちゃうのけ」みたいに言ってたとおり、あれは小松が最後にバカをやって、青春にケリをつけ大人になる、っていう意味でちゃんとした終わり方だったのではないかと思います。トンネルを抜けて菅田の顔だけはチラッと見えるんだけど、その後ろの小松の顔はもう大人のものになっているはずだ、と。



はい、以上です。思いの丈をそのまま書いたらずいぶん長くなってしまいました。
とにかく、変な映画です。観終わったあとは確実にものすごくモヤモヤします。
なんでただただ火遊びする菅田将暉をこんな長尺で見せられなあかんねん!とか、
重岡が「メシ食う気なくしたわ」って言って手ぶらで出てった直後に弁当箱持って現れるのはシーン変わって後日ってことで良いの!?とか、
後半全然ミッキーカーチス出てないやん!とか、
とりあえずカメラ手ブレさせときゃ良いって思うなよ!とか、
お面作るとか言って粘土遊びしてるだけやん!とか、
菅田将暉の家は具体的にどうやって収入を得ているの!?地主的なあれなの!?とか、
小松菜奈は気持ちが入ると台詞が聞こえにくいよ!とか、
なんであんな小さい町で真っ昼間からチンピラっぽい奴らが大立ち回りしてて騒がれへんねん!とか、
古典の授業でイザナギとイザナミって、もっとひねれや!とか、
小松菜奈は何回水に落ちんねん!とか、
台本にぜんぜんセリフなくてなんとなくでここやってるやろ!とか、
重岡が2回大事なところで噛むのは演技だったら凄すぎるし、そもそもOK出した監督英断すぎるやろ!とか、
全員セリフが思わせぶりすぎるんだよ!とか、
ツッコミどころは山ほどあります。皆そうだと思う。間違いない。

見終わった直後は、なんか失敗?したかも、って思ったんだけど、
なんかずっと引っかかってる部分があって、
見終わってから考えれば考えるほど、あれ、もしかしてあれ、良かったんじゃね? って思い始めてる自分がいます。
ほかの話題の映画と比べてずいぶん異色な出来になってます。
もう詳細な映像は忘れていってるんですけど(小松菜奈の顔さえ思い出せない)、
なんかとんでもないもの観たっていう印象は全然消えていません。
あなたもぜひ劇場で観て、そんで感想を教えて頂けると嬉しいです。






  

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