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20161209Fri
 >26日目

12/9(水)晴

 風もなく、そこまで寒くもなく、ただ、背中に感じるベンチの固さと、暴走族の練習走行の爆音によりほぼ1時間おきに目を覚ます。そのまま眠れず4:30に出発。昨日のスラックラインを練習していた人に声をかければ良かったと後悔。コンビニでトイレ&着替え&アイシールド立ち読み。
 54番延命寺にはたぶん一番乗り。納経所のおじさんがのれん(?)を上げるのをお手伝いする。
 55番南光坊のご住職(?)ただのおじさん(?)すごくファンキーだった。話し始めると止まらない感じ。僕の納経帳用に、盗難防止ということで筆ペンで名前を書いてみてくれた。若干失敗してた。
 56番泰山寺、いちど通り過ぎてしまう。危ない危ない。
 57番栄福寺、ミシマ社から本を出してる白川密成ってここのお寺の住職なのか! 本についての切り抜き、ボブ・ディラン『風に吹かれて』の歌詞を紹介する文章などが掲示してある。山内の建物など新しくて綺麗。納経所のおじさんもとても丁寧に対応してくれた。
 お昼はまた暑くなってきた。58番仙遊寺へは、途中の山道よりも寺の山門をくぐってかたのほうがキツイ。下りの階段もキツイ。今日回ったお寺は改装工事中の箇所が多かった。ここも弘法大師像を直している。足場が組まれてたり、シートに覆われてたりするのはやっぱり見た目的にがっかりする。納経所の女性が、書くときにわざわざ指輪を外していたところに心遣いを感じた。
 コンビニでがっつり休憩。車のおじさんにミカンを頂く。横浜に行ったことがあるらしい。
 59番国分寺の納経はかつてないアッサリ感。他の国分寺と、かいてもらった文字は変わらないはずなんだけど、なんか妙にササッと書かれた感じを受ける。
 16:20に宿泊予定の光明寺・通夜堂へ到着。ここは番外でもなんでもないただのお寺。だけど通夜堂には泊まらせてもらえるし、たまに住職とお話もできるという、歩き遍路にとっては天国のような場所。2段ベッド、コタツ、卓上電気スタンド。壁にはご住職が作っているお寺の通信がたくさん貼ってある。泊まらせてもらうお礼に本堂にお参りしる、夜でも入って良いみたいだ。本がたくさん置いてあって、自由に読んでも良いのがありがたい。向かいの日切大師にもお参りする。この日は残念ながら住職にはお会いできなかった。代わりに通夜堂に置いてあるノートを読んで、ほかの人が住職に聞いた話を又聞きすることに。
 近くの銭湯(めっちゃボロくて良かった)スーパー(激安)へ行ってから、明日の計画を立てる。今日は調子よくスイスイ歩けたけど、明日はあまり多く回れないことに気付く。

コンビニ 855円
コンビニ 932円
スーパー 482円

4:00 星野浦海浜公園 -(6k)- 6:30 54番 -(3.4k)- 8:00 55番 -(3k)- 9:20 56番 -(3.1k)- 10:10 57番 -(2.4k)- 11:20 58番 -(6.1k)- 12:50 59番 -(9.8k)- 16:20光明寺


 室内に泊まれた日は一日の記録がしっかり取ってあって、あとからよく思い出せる。光明寺は本当に良い場所だった。住職が薦めていた山本周五郎『日本婦道記』は旅が終わってからすぐに読んだ。
 おそらくは光明寺の住職の文章から抜き書きしたのだろう、僕のメモにこんなことが走り書きしてあった。
「人の短を言わない 己の長を説かない」
 どこかで見た喫茶店の可愛い看板がスケッチもしてある。全然眠れなったわりに、この日は体力に余裕があったようだ。

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20161208Thu
 >25日目

12/8(火)晴+風

 全然寝られなかった。ベンチだけ。寒さのせいか、夜中にお腹が痛くなって起きる。公園にトイレもない、周りにも何もない。1kほど歩いて太山寺まで行ってみるが、トイレに鍵がかかっていて入れない。戻ってきてベンチに座り込んで苦しむ。もうダメだと思いきや、なぜかオナラだけが出続けて、九死に一生を得る。何が原因の腹痛だったのか分からない。やはり道後で遊んだ罰だと思う。朝には辺り一帯に霜が下りている状態で目覚める。もちろん僕も全身に霜が下りていた。寝られないまま5時前には目が覚めてしまう。全身が勝手に震えている。ヒザが笑う。めちゃめちゃ辛いのに笑ってしまい、さらに辛くなる。尿意をもよおすが、まだ寺は開いてない時間なので、もちろんトイレも開いていないだろう。申し訳ないがその辺りで済ませようとしたが、早朝から歩いているオバさんに見つかりそうになり、逃げる。追いかけられる、逃げる。しばらくそのやりとりを繰り返したのち、追いつかれる。手袋を落としていたことを教えてもらう。なんじゃそりゃ。6時半には夜が明け、しぶしぶ行動開始。寺の自販機には冷たい飲み物しかなかった。なんでやねん。52番太山寺・53番円明寺と参って日が昇り、ご飯も食べたところでようやく体が温まった。
 53番を出たあとの道が思いのほか長く、どこまで行くんだと地図とにらめっこした。しまなみ街道に出ると、隣はずっと海。天気も良く眺めは最高だった。途中で瓦が名物の町があった。松山は俳句が有名らしい。今日野宿する本田はタオルと運船の町らしい。色々あるんだ。太山寺住職によると、金曜から天気が崩れるらしい。いまのまま行くと、その日は山道だ。死ぬんじゃんかろうか。今日寝る公園でも、目の前が国道で車がジャンジャン通ってるし、寒いのとで眠れそうにない。けど、屋根があるし、昨日よりは全然マシか。何よりトイレがある!
 国道を歩いているときに、マラソンしている人と話した。コンビニの店員さんとも話した。ここから野宿ポイントが少なくなるのが心配。財布の残金が2万を切った。どこかでまたお金を下ろすことになるかもしれない。

コンビニ 566円
コンビニ 235円
コンビニ 718円

6:30 52番一ノ門 -(1k)- 6:50 52番 -(2.5k)- 8:05 53番 -(28k)- 16:55 星の浦海浜公園


12/8(木)晴
 寒すぎて震えが大きくなると、体って勝手に動くんだ、ということが身をもって分かった。野宿で歩いていると当然、ほぼ毎日、野グソの危機にみまわられる(いちいち書いてないけど、日記には「野グソピンチ」と「ウンコセーフ」という単語が何度も出てきます)のだけど、この日が一番、もうダメだと思った。ズボンをガッと下ろしたところで、近くにオバサンの気配を感じたときは、死を覚悟しました。通報されなくて良かった。
 眠れてないため、この日は意識が朦朧としており、そのおかげで海が余計にきれいだったように思う。野宿する公園には明るいうちに着いた。何日か暗くなってからも歩かなければならなかったので、明るいうちに寝る準備ができたのは良かった。ヤンキー単車が爆音を立てて往復するのを聞きながら、スラックラインの練習をするお兄さんを眺めていた。




20161207Wed
 >24日目

12/7(月)晴!

 ずいぶんゆっくり寝られた。昨日の方(おそらく住職?)に挨拶をしたかったが、あいにく別の人しかいなかった。とりあえずお礼を述べる。いったん道を戻って46番浄瑠璃寺。お寺のお母さんが良い方で「朝ご飯に」とおにぎりとお茶を頂いた。47番八坂寺で会ったお父さん、この日なぜか何度も会うことになる。80代には見えない若々しさ。カメラをしまった場所が分からなくなって慌ててるの萌えた。
 49番浄土寺に向かっていると、またHさんが車でやってきた。僕が来るのを待っててくれたらしい。柿・みかん・ドーナツ・お茶を頂いた。めちゃめちゃお世話になっている……。ここからしばらく一緒に歩く。50番繁多寺、山内には見るものがそんなにないけど、景色がすごく良かった。松山が一望できる。というわけで、愛媛の観光地、道後に突入。51番石手寺は、とても広く、観光地みたいになっている。ただ、きれい、というわけではなく、なんか張り紙などでお寺の意見をやたら主張している、毒々禍々しいパワーに満ちあふれた寺だった。タイのテーマパークみたいだ、行ったこと無いけど。人が多く疲れる。Hさんと座ってしばらく話し、ここで別れる。今日一緒に行った4寺で88カ所を回ったことにする、と言っていた(笑。
 山頭火の一草庵へ。とても静かな良い場所。訪問者ノートを一通り読んだあと、ボーッとして夕方まで過ごす。徳島から歩き始めたときに行くと決めていたので道後温泉へ入る。10年以上前に来たときは到着が遅れてしまい入れなかった覚えがあるのだけれど、なぜか内部に見覚えがあった……。月曜なのにたくさん団体客がいて大変にぎわっていた。ちなみにお遍路は僕だけだった。街のなかで道に迷ってしまい、風俗街に出てしまう。この格好では一番似つかわしくない場所である。案の定、客引きに「お兄さん、こっちの修行はどう!?」とからかわれ、歩いてる嬢に「ウザ」と言われる。
 暗い中歩いて、52番太山寺の一ノ門まで来た。……あれ?野宿リストには児童公園と書いてあるが、……何もない……。いや、公園はあるのだけれど、……ベンチしかない。ついに、ガチ野宿である。どうか朝まで晴れていてくれ。右足のカカトがずいぶん割れてきてしまった。


コンビニ 404円
道後温泉 ?円
すき屋 490円

7:20 47番通夜堂 -(0.9k)- 7:50 46番 -(0.9k)- 8:20 47番 -(4.5k)- 10:10 48番 -(3.2k)- 11:20 49番 -(1.7k)- 12:30 50番 -(2.8k)- 13:50 51番 -(10.1k)- 52番一ノ門


12/7(水)晴
 大学生だったころ、高校の吹奏楽部の同期が計画してくれた旅行で一度四国へは来たことがあったのだけど、僕だけ皆との合流が遅れてしまったので、道後温泉へは行ってない、はずだったんだけど、どうも記憶違いらしい。ちなみのこのとき、温泉が蜷川美香とのコラボイベント中で、すべてのふすまに蜷川さんの写真が印刷されていた。観光で来た人には良いかもしれないけど、修行の風情ではなかった。その風情でないまま、風俗街に突っ込んでいってしまった。いかにも温泉街。空気を読まずにすみません。
 山頭火は一時期ちくま文庫の句集を読むなど好きでいたのだけれど、そのヤンキー的なものとの親和性の高さにやや食傷気味になってしまい、しばらく離れていた。あらためて終の住処である一草庵を訪ねた。気候も良かったこともあり、たいへんのんびりとした時間を過ごせた。山頭火も遍路を歩いているのだけれど、当時はもっと大変だったのだろう。山頭火はどうしてあのような生き方になったのか。
 さて、寝床が、曇った夜空の下、オープンエアのベンチとなった。全日程中、この日が一番死ぬかと思った。僕は山頭火にはなれない。修行の身というのに、道後で遊んだ罰かもしれない。




20161206Tue
 >23日目

12/6(日)曇

 寒さに加えて、バス停の目の前を通っていくトラックが多く、爆音と揺れでよく眠れず。朝コンビニへ行くと、『BLUE GIANT』の7巻を発見。少しだけ立ち読みする。玉田のドラムが誉められるシーンで泣きそうになり、めっちゃテンションがあがった。今日一日はこのテンションで乗り切った(笑)。
 44番大寶寺へは暗いうちに1番乗り。境内はまさに山頭火の句碑どおり。
「朝まゐりはわたくし一人の銀杏ちりしく」
 45番岩屋寺まで8kのわりにすさまじい山道。さすが修験の寺。44番から45番までの道は往復で同じ道を通るので、しばらく前にSさんが見せてくれた必殺技、行きのどこかで大きい荷物は置いておき、帰りに回収する、をやってみた。おかげで身軽に登れた。境内もすごく山まっただなか。脚に不安があるので、石山に登るのや、ハシゴで上の方に行くのは遠慮して、洞窟みたいなところへだけ入った。ここまでも洞窟を見るととりあえず入っていた。僕は洞窟が好きなのかもしれない。
 三坂峠へ急いで向かうが、日が暮れはじめてしまった。夜に山道を歩くのは絶対にやってはいけないこと。しかし道はだんだん見えなくなっていく。不安にかられるが、慌ててはいけない。昔のお遍路が修行道を歩きながら唱えていたというお経をあげ、「夜になる前になんとか、車道か街灯か民家のあるところまで出してください」と念じると、前の方で、自分の杖以外の鈴の音が聞こえた、気がした。「安心して行きなさい」という声が聞こえた、気がした。頑張って進むと、完全に暗くなる前になんとか山道を抜けることができた! そのあと、真っ暗(といっても、街灯はポツポツとあるし、車はぜんぜん通らないので、昨日の車道よりマシ)ななか、47番八坂寺にたどり着く。当然、納経時間は終わっているので、寺も真っ暗。山門の下のベンチで休憩、あわよくばこのまま野宿させてもらおうと考えていると、車で寺の方が帰ってきた。おそらく僕がいることを伝えてくださったのだろう、住職が出てきてくださって、通夜堂に泊めて頂けることになった! 自転車も使わせて頂き、ちかくの銭湯の場所も教えてくださった。頑張って歩いて良かった。ありがとうございます。


コンビニ 606円
コンビニ 357円
コンビニ 843円

5:30 バス停 -(2k)- 6:40 44番 -(8.4k)- 10:35 45番 -(29.6k)- 47番


12/6(火)晴
 何度も言っているけど、暗くなってから山道には絶対に入ってはいけない。手元のライトだけではほとんど何も見えなくなる。三坂峠の山道に入るときにはもう薄暗くなりはじめていた。本当だったら引き返さなければいけないんだけど、かと言って引き返しても昨日と同じ標高で野宿である。なので突っ込んだ。かなり気も焦りながらだったので、上に書いたような超常現象も体験してしまった。まあ今となっては自分でも信じていないんだけど、このときの僕にとってはマジだったし、たしかに聞こえたんだからしょうがない。
 八坂寺は本当に良い寺だった。これも前に書いているけど、88カ所の寺は、観光地化してたり、金儲け臭がすごい寺が、残念ながら多い。おそらくそういう寺では、夜遅くに薄汚い歩き遍路が来たところで門前払いである。このあと会ったお遍路の人からは、八坂寺は良かったと何度も聞いた。たしかここは宿坊もあったはずだと思うけど、無料で泊める場所もきちんと整えてくださっている、その気持ちよ。




20161205Mon
 >22日目

12/5(土)曇 ひさしぶりに無風

 すごくゆっくり寝られた。なぜならストーブがあったから!ありがとう十夜ヶ橋。ついでに空海に思いを馳せながら橋の下に寝転んでみた。お寺が開いているときにお願いすれば、野宿用にむしろを貸してもらえるらしい。さすがの空海も冬だったら死んでたんじゃないかと思う。
 土曜なので、他のお遍路さんもよく見かけた。僕の寝巻きと同じような格好でキャリーケースを引き、ゆっくりと歩いていたおじさんがいた。
 内子という町で餅つきのイベントに来ていたチビッ子にトイレの場所を聞かれて、資料館のようなところに連れて行ってあげた。ついでに自分もトイレを借りた。内子、良いところ。すこし昼寝をした。
 昨日携帯を貸してくれたHさんが車で追いかけてきて、しばらく一緒に歩いた。正直、人と一緒に歩くと疲れる。柿やみかんをたくさん頂く。ありがたい。18時までには帰宅ということで、本格的な峠に入る前に引き返していった。2つルートがあるうちの、2k分短い方を行こうとすると、真ん中辺りが土砂崩れで通行止め。引き返してもう一つの峠に行こうとするも、すでに暗くて山道が危なくて無理。大回りに車道を歩いていく。33号線。真っ暗。街灯なし、民家なし、そして歩道なし。路側帯が少しあるだけの道を車が猛スピードで走っていく。夜に山道に入ってしまったときより、危険を感じた。気が疲れてヘロヘロになりながら歩いていると、やがてサークルKを発見!すごく嬉しかった。温かいものを食べる。ログハウス風のバス停で寝させてもらうことにする。寒い。


すき屋  490円
コンビニ 524円
コンビニ 341円

6:30 十夜ヶ橋 -(43k)- 20:40 久万町のバス停


12/5(月) 晴
 峠が途中で土砂崩れだったというショックと、そのあとの車道がめっちゃ怖かったということしかほとんど覚えていない。日記を見て、そういえばチビッコと会って遊んだわーとか、Hさんの政治批判聞きながら歩いてたわーとか思い出した。このすこし前から、峠が土砂崩れであるという情報は寺のノートなどで見ていたはずなのに、頭から抜け落ちていた。距離が短い道を優先しすぎた。結局大回りで2kぶんくらい余計に歩いたと思う。まあ冷静に考えている余裕もないほど疲れていたのだろう。ちなみにこのころにはもう、Hさんが心配するほど髭がボウボウに生えている。内子の町を出ると峠と山道の連続で、久万町はふもとにあるくせに標高400m。なので寒い。






20161204Sun
 >21日目

12/4(金)曇ときどき雨+強風

 道の駅、案の定、雨と風でベンチではおちおち寝てられず。途中で場所を変える。裏にあるベニヤでできた売店ボックスに忍び込み、板が風でガタンガタン揺れるなか、頑張って寝た。4:30起き。準備して、納経時間前に41番龍光寺へ。先に来ていたおじさんと少し話す。ほかに朝から順打ちツアーの老人の団体あり。納経所のおばさんが気さくな人で、話してて楽しかった。次に向かう歩きのルートも教えてくれた。
 42番仏木寺、山道でSさんに追いつかれる。「川のあるところは良いですねー」と良いながらすごいスピードでさくさくと歩いていった。鳥坂トンネルは1k以上あって、大型車もバンバン通るのに、歩道が狭くてものすごく怖い。トンネルエコーが気持ちよくて大声で歌っていたら、自転車が追い抜いていって恥ずかしかった。あとは延々
と歩く。道引大師という場所へ寄る。とても小さい箱があるだけだけど、ここで野宿をする人もいるらしい。
 43番明石寺。山道のあとの上り道はきつい。さらに風が強いのでフラフラしてしまう。お参りしていると再びSさんに遭遇。近くの道の駅で洗濯しつつ、じゃこ天を食べてきたらしい。うらやましい!僕も10年くらい前に愛媛でじゃこ天おばちゃんの店へ行ったことを思い出した。ここで徳島で会った、青森から来ている住職と再会する。本職の人と一緒にお経をあげさせてもらった。いつか青森へ行くことがあったらお寺へ寄ってみたい。
 宇和の町は歴史的建造物が多く、保護されているところが多かった。伊勢のおかげ横町が静かになったような感じ。ずっと天気が微妙だったけど、大洲に入るあたりでパラついた。ヒョウも降った。変な天気。とつぜん、ユニクロ・ブックオフ・明屋書店と、次々と街っぽい建物があらわれ、先ほど山から下りてきた者としては驚く。街は美容室が多いなと思う。車から声をかけられ、のど飴を頂いた。歩きだそうとしたときに、ショルダーバッグがヒザの嫌な場所に当たってしまい、足が動かなくなる。その場で座り込んで休憩。バイクで回っているというお遍路さんに、僕の今日の宿を聞かれる。いつもは24時間営業のネカフェに泊まっているらしいが、この周辺には24時間営業の泊まれそうな場所がないらしい。道の駅のベンチとかで野宿です、と答えると驚かれた。にわか雨。
 足を引きずりながら、十夜ヶ橋永徳寺の通夜堂へたどりつく。許可がないと泊まれないのだけど、お寺はすでに閉まっていて暗かった。電話番号は書いてあるのだけど、iPhoneは初日に充電が切れて以来ただの重い板になってしまっているので、どうしようかと困っていると、通りがかりの男性が携帯を貸してくれた。この方がとても良い人で、僕が通夜堂で休んでいると、コーヒーとパンとバナナを買ってきてくださった。一緒に十夜ヶ橋の下も見に行く。
 近くのオズの湯というスーパー銭湯に入り、横にあった宮脇書店で久々に本を見る。やっぱ本だよ!夜ご飯はほか弁。通夜堂の辺りは店が固まってて便利です。明日からはガチの山道に突入。頑張る。ユニクロで買ったパンツの調子が悪い。


コンビニ 476円
コンビニ 206円
ユニクロ ?円
ほか弁  330円

5:30 道の駅みま -(1k)- 41番 -(2.6k)- 42番 -(10.6k)- 43番 -(23.6k)- 十夜ヶ橋


12/4(日)曇のち雨
 十夜ヶ橋、というのは、真言宗の開祖・空海が、遍路道を開いているときにこの辺りの家で宿泊を断られ、橋の下で寝たという伝説がある場所。横の永徳寺は遍路別格20番所の8番目の札所になっている。ちなみに、遍路道の橋の下には、いまでも空海が眠っているとされ、起こしてはダメなので橋の上を通るときは、杖をついてはいけないというルールがある。慣れるまでは破りまくるルールである。ちなみに、空海はいまでも高野山の奥の院にいる、とされている。偏在する概念のような存在である。いわば、まどマギのまどかみたいなものだろうか。十夜ヶ橋の周りは高速が走ってたり、そのインターがあったりと、わりと賑やかな場所です。
 バイクの男性は、88カ所と別格20カ所をまとめて回っていて、数日後のウナギ稚魚の漁までに帰らなければいけないと、かなり急いでいる様子だった。前にも書いたかもしれないけど、88カ所は現代においては納経帳スタンプラリーみたいな面もあって、さらに別格20カ所はお金を払うと数珠の玉が1つずつもらえて、全部集めてさらにお金を払うと、それらをつないでもらうことができるらしい。その話を聞いて、この辺から納経帳書いてもらうのに300円払っているのがなんだかアホらしくなってきたというのが正直なところ。観光の面もなければお寺が成り立っていかないのも分かるのだけれど、金儲けをことさらに押し出されるともちろん冷める。
 日記だけ読むとSさんとデッドヒートを繰り広げているように見えるが、向こうの方が段違いに速い。ただ向こうはあちこち寄って、健康的に旅をしている分時間がかかっているだけである。
 そしてもう一人、この旅で何度か会う人物と、この日出会った。携帯を貸してくれた男性である。愛媛在住という彼は、歩き遍路にあこがれているものの、家の事情でなかなかまとまった旅が出来ないらしく、僕に旅の様子をあれこれと聞いてきた。とりあえず歩きはガチでしんどいことだけは伝えておいたので、あれから車ではもう回ったかもしれない。このあと、僕が居そうなところに車で駆けつけては、差し入れをくれたり一緒にお参りしてくれたりした。






20161203Sat
 >20日目

12/3(木)曇+強風

 昨晩はすごいことが起きた。お風呂で時間を潰してバス停へ移動したら、車から女性に声をかけられ、なんと、その方のお宅に泊めさせて頂くことになった。旦那様が歯科医をやっておられるとのことで、本宅とは違うもう一軒の別宅(!)に連れて行ってもらった。すごく大きい家で、僕が泊めさせてもらう部屋にはダブルサイズのベッドが2つ。奥様がとても丁寧に各部屋の使い方を説明してくださった。洗濯機と乾燥機も使わせて頂いた。この旅始まって以来の洗濯である。歯科医の会合(飲み会)から戻られた旦那さんのお相手でビールを1本頂く。プレミア焼酎の甕雫・極が普通に出てきてビックリした。リビングには、大きくて深くまで沈むソファ、グランドピアノ、毛皮っぽいカーペット、シャンデリアみたいな照明、キャンバスに乗った絵など、おそらく僕は一生で今回しか見ることのないであろう雰囲気だった。めちゃくちゃ大きいテレビも勝手に見ていいと言ってもらうなど、あまりの好待遇に終始ただただ固くなっていた。
 朝にはご飯まで頂き、再びゆらり内海まで車で送って頂く。以降はこのお家の幸福を祈願することを固く心に誓う。その後、体力も完全回復したし、結構頑張って歩いたつもりだったんだけど、夜までに41番にたどり着けず、手前の道の駅で寝ることに。ベンチに座って休んでいると、なんと、20kの差を一気に詰めてSさんが追いついてきた!なんという健脚……。再会を喜び、早速、本日の昼に風で吹き飛ばされた野宿リストをちゃっかりとコピーさせてもらう。お礼にキットカットを渡す。
 今日もたくさんの人に声をかけてもらった。おばちゃんからはアイスをもらった(すみません、寒くて食べられませんでした……)。たまたま馬目木大使をお参りしてたら、近くにいた工務店の頭領さんっぽい人にペットボトルのお茶を頂いた。ありがたい。宇和島市街はオシャレなカフェなど店も多く、道もかなり整備されていて都会な印象。いつかまた闘牛を見に来たい。
 今夜も風が強く、さっき通り雨が降った。昨日の暖かい寝床が思い出されるが、気合いで寝てやる。


コンビニ 238円
コンビニ 326円
コンビニ 100円
コンビニ 223円

7:30 お家 -(36k)- 17:30 道の駅みま


12/3(土)晴
 40番→41番は50.2kと遠いので、一日で着けるとはハナから思っておらず、ゆらり内海で翌日の計画を立てたときも、まあゆっくり行こうと思っていたのだけれど、まさかこんなにゆっくりさせてもらうことになるとは……。歩きで回っているとたまにこんな奇跡が起きるのかもしれない。奥様も旦那様も、すばらしい方だった。奥様がよく困っているお遍路の世話をするらしく、いつものこと、といった感じだった。神を見た。ほんとうにありがとうございました。この日のことがなかったら、途中で投げ出してたかもしれない。僕は神を信じていないが、いないというわけではなくて、まあ何かそういうのはあるんだろうと思っている。この日はそういうことだったんだろう。ちなみに、全行程中、洗濯はこの日の1回だけである。異臭で周りにずいぶん迷惑をかけただろうと申し訳なく思う。
 それにしてもSさんである。Sさんが本気で歩くと、僕より5時間分速いと言うことが分かった。海岸沿いに高知を回ってきた感想は、「海が綺麗だった」と「海鮮丼が美味しかった」とのことだった。ほんとに無尽蔵の体力である。
 宇和島観光もしたかったが、歩き遍路をしていると割とそれなりの修行っぽい格好になってしまうし、そもそも僕の場合は体力に余裕がなくて挙動が完全に不審者なので、こちらから普通の場所にはあまり入っていきづらかった。宇和島城も遠くから眺めるにとどめる。






20161202Fri
 >19日目

12/2(水)晴のち雨+風

 地蔵堂、途中何回か起きてしまう。下が固いのと、寒いのが原因か。寝袋を持ってないのがいよいよ辛くなってきた。地蔵堂の中で寝たというのに、まったくもって俗な夢を見る。
 朝から松尾峠を越える。愛媛に入った途端、遍路道の看板が連発。カワウソみたいなゆるキャラから山茶花堂ってところの人が作ったらしい木製看板まで。それらの看板により、もっとも遍路っぽさを味わえる自然の残った道へと、人工的に導かれる。40番観自在寺へ途中には2kくらい川沿いを歩く道があった。このときはまだ晴れていて、今日も暑くなりそうだ、とかのんきに思っていた。女子中学生のマラソンの授業に遭遇。後ろの方は2人1組になって仲良くダラダラと走っているのを先生にドヤされていた。
 愛媛しょっぱなの町の人たちはかなり親しげに挨拶しれくれる。Amaxというスーパーの隅に座って昼ご飯を食べていたら、ミカンを頂いてしまった。しまむらでパンツ・靴下・スリッパを買って荷物が重くなったなー、と思ってたら天気が一気に崩れ、強い雨が降ってくる。これは旧遍路道の峠は足下が危なくて無理だ、と、海岸沿いの車道ルートを行く。まあ、予定通りっちゃあ予定通り。久々の大雨。風も吹き、すぐにズボンがびちゃびちゃになった。歩きにくい。予定では嵐山ポケットパークという場所まで行くつもりだったんだけど、この天気で野宿できるような場所か分からず不安なので、8kほど手前の温泉「ゆらり内海」に飛び込んだ。今夜は温泉のバス停で寝るつもりだけど、絶対に眠れないと思う(笑)。受付のお姉さんによると、あと2~3日は雨が続くらしい。湯上がりに乗った体重計は47kg。そりゃ腹も減るわな。もっと食べるようにしよう。体がもたない。温泉の閉店(22:00?)ぎりぎりまで居させてもらおうと思う。服が臭い。あと2週間強、頑張ろう!


コンビニ  440円
スーパー  662円
しまむら  1160円
納め札  ?円

6:30 子安地蔵堂 -(14k)- 11:15 40番 -(18.7k)- ? 子安地蔵堂


12/2(金)晴
 ついに愛媛へ。高知で目印が無くて散々迷ったのはなんだったのかというくらい、愛媛は道しるべが多い。メモには、高知の牛乳はひまわり、愛媛の牛乳はらくれん、と牛乳愛好家らしいことが書いてある。高知の牛乳の方が少し安く、愛媛でもここらへんだとまだ買えたようだ。愛媛はじめの町は愛南町。ものすごく愛のある町だということがあとで分かる。
 凍える体を温泉で溶かし、そのあとは受付のお姉さんにお願いして休憩所で長居させてもらった。本があったので退屈しなかった。「いつき組」という人たちが作っている俳句の同人誌が面白かった。遍路旅が終わって、10年ぶりにテレビを点けたら、『プレバト』という番組に、夏井いつきという、いつき組の先生が出ているのを見て驚くことになるのだけれど、このときはそんなこと知るはずもない。





20161201Thu
 >18日目

12/1(火)晴

 前日寝過ぎたためか、そのうえ寒さと、寝返りすると点灯するセンサーライトのせいで、なかなか眠れず。岡山で買った角川ソフィア文庫『空海入門』、著者のドヤ感が鼻についてきて途中で投げ出し、ドライブイン水車に置いてきた。ついでにまたペンをどこかでなくした。
 午前中は歩いた。真念庵に寄った。88カ所は、38番の中国人観光ツアーみたいな感じで、人が多くて疲れるのだけど、真念庵のような番外の場所は静かで良い。今回は88カ所以外を回る余裕はないけれど。昨日思いついたアイドルグループのネタを延々考えながら歩く。今日は20℃はあった。朝と夕方は割とサクサク歩ける。下りは左脚がツライ。ご飯はガッツリ食べた方が良い。ここ数日はローソンの塩カップラーメン+オニギリ+高知牛乳が定番。高知牛乳、高知を出てしまうけどなくなるのだろうか……、寂しい。夕方に通過した宿毛の町並みがレトロで良かった。活気もあったし、若い人も目立った。
 野宿予定の、松尾峠前の地蔵堂までなんとかたどり着いた。周りになにもなく、驚くほど静か。どこかでヒコーキの飛ぶ音だけが聞こえる。暗くなる。照明は自分で灯したローソクだけ。明日の予定を立てたら外の闇の中に出てみよう。明日は愛媛突入。
 (夜)
 恐ろしいほどの闇と無音。甲虫がどこかに1匹いる。歩く音、足の1本1本が着く音が聞こえる。星が綺麗だった。寒い。暗い。ローソクがなくなったらどうしよう。途切れ途切れにもう10本ほど使ってしまった。
 恐怖とは結局人の心。一人でいることは、それが平気であること。


コンビニ  541円
コンビニ  108円
コンビニ  343円

7:00 ドライブイン水車 -(24k)- 13:45 39番 -(11k)- 17:00 子安地蔵堂


12/1(木)晴
 長くつらかった高知も終わり。前にも書いたが、高知を歩いている間、1万回くらい帰りたいと思ったが、果たして僕の帰る場所というのはどこなのだろうか、などという考えのドツボにはまるくらい帰りたかった。松尾峠は300mそこまで高いわけではないが、ここを越えると愛媛か、と眺めながら、その手前にある地蔵堂に泊まった。すでに夕暮れで視界が悪いなかで探し回ってなんとか見つけた。ただの小屋だがこぢんまりとして綺麗だった。毎日日記を書いていたにも関わらず、いつの間にか12月。



  

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このブログのタイトルは OFZK です
ソントン という人間が書いています
だいたい本を読んでいます





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