20120717 Tue
長い夜だから、私、一人ぼっちよ


「長い夜だから、私、一人ぼっちよ」

tumblr_m6l0tyuX8r1ql3djko1_500.jpg

仕事から帰り、部屋に入ると、彼女が居なかった。
出かける予定があるとは聞いていない。
時刻は23時。もうすぐ終電も無くなるというのに、一体どこへ。

宵の口から降りだした雨ももうすぐ止みそうだ。夏の雨は激しいが短い。
濡れたYシャツを脱ぎ、洗濯機に放り込む。
安物を買っておいて良かったと、こういうときだけは思う。
誰も居なかった部屋は蒸し暑さで一杯だ。とりいそぎクーラーをつけた。

冷蔵庫からウィルキンソンのジンジャーエールを取り出す。
覚えているストックの本数よりずいぶん減っている気がする。彼女が飲んだのだろうか。
しかし、仕事後の1杯はこれに限る。アルコールを受け付けない体質なのだ。
男は大人になれば全員がビールで喉を鳴らすものだと、昔は思っていたが。

クーラーがようやく効きはじめた頃、洗濯機の中でなにか震える音がした。
携帯が鳴っていた。
どうやらYシャツの胸ポケットに入れたまま、洗濯機に放り込んでしまったらしい。
疲れているとはいえ、気づけ、俺。
画面に表示されているのは彼女の名前だ。通話開始。

「もしもし。お疲れさま」

外からかけているのだろうか、風のような雑音に乗った彼女の声。

「お疲れー、いまどこ?」
「ちょっとね、散歩中」
「散歩中ってお前、こんな時間に?」
「何時だろうと散歩は散歩でしょうがよ」

返された言葉に微妙に乗っけられた、彼女の若干の不機嫌さを、敏感に感じ取る。
これはあまり突っ込まず、素直に話を聞くのが正解だろう。
 “男は仕事から帰ったあと、家にまだ一仕事が残っていると思え。
   恋人の話を話を聞くという仕事が”
これはかの有名な詩人ワーズワースの言葉ではなく、今デッチあげた。

「何、どうしたの」
「今日のバイトでね。あ、バイトって私、テレオペやってるじゃん」
「知ってるよ、何を今さら」
「まぁあれですよ、四文字熟語で言うなら、苦情処理係ですよ」
「五文字になっちゃってるけど」

つい突っ込んでしまったが、彼女は気にしなかったようだ。

「今日ね、仕事あがる直前に電話に出たのよ。そしたら、何て言われたと思う?」
「ラーメンと餃子、とか?」
「バカね、それなら作って持っていくわよ」

持っていくんだ。テレオペって大変な仕事なんだな。

「じゃ、何て言われたのさ?」
「吉幾三の誕生日はいつですか、って」
「え、マジで?」
「わたしゃ、林家ペーか!」
「そりゃ違うよねぇ」
「女なんだから、せめてパー子だろ!」

姫は大変ご乱心のようだ。
通話ノイズも彼女の不機嫌さに反応して大きくなった。

「聞いてる? ペーってひどくない? ねぇ聞いてる?」
「聞いてるけど、雑音がひどくって。どこからかけてるの」
「なんかもうバカらしくなっちゃって。月に行く途中よ」
「……は?」
「気分転換に、ちょっと月にね」
「ああ、はいはい、あれか。もしかして、酔っ払ってる?」
「呑めないのに酔っ払うわけないでしょう!」

怒られた。そうなのだ、彼女は俺に輪をかけてアルコールに弱い。
2人ともジンジャーエールが好物。彼女はドライ、俺はノーマルと棲み分けは出来ている。
しかし月とは一体。呑み屋の名前だろうか。

「ごめんごめん。で、どこをほっつき歩いてるの」
「だから月に行く途中だって。あんたの分も持ってきたからね」
「何を?」
「ジンジャーエールよ、ジンジャーエール」

どうりで冷蔵庫からゴッソリ減っていたわけだ。

「ビンと栓抜きだけで両手一杯になっちゃったから、コップと氷持ってきて」
「どんだけ持ってったんだよ」
「とにかく私、月への道で一人ぼっちよ。ラッパ飲みしながら」
「豪快だね」
「ドライがなくなったら、あんたの分もらうからね。早く来てよ」
「人質とは卑怯な」
「どうせ明日遅番でしょ。たまにはゆっくり話でもしましょうよ。じゃ、待ってるから」

そこで電話は切れた。いやはや困った。

カーテンを開ける。雨はもう止んでいた。
裸足のままベランダに出て、夜空を見上げる。
さっきまでの曇天をかき分け、細い月が光っていた。
たしかに、下界の些事を眺めながら飲むジンジャーエールは美味いだろうな。

さて、着替えてどこかでフラフラしている彼女を迎えに行こう。
部屋に戻ろうとしたとき、最後の雨粒がおでこにポツリと当たった。
指ですくって、なめてみる。
ジンジャーエールの味がした。




では最後に、月までの道で聴きたい1曲。
お聴きください。

「musette - coucou anne」




コメント


コメントフォーム

 管理者にだけ公開する

 
OFZK

The Jon Spencer Blues Explosion「Bellbottoms」


booklog (→all)


 日記 (645)
 つくり話 (25)
 右上の音楽ログ (1)

 2017/09 (4)
 2017/08 (23)
 2016/12 (9)
 2016/11 (18)
 2016/10 (1)
 2016/09 (7)
 2016/08 (4)
 2016/07 (9)
 2016/05 (3)
 2016/03 (12)
 2016/02 (19)
 2016/01 (16)
 2015/09 (1)
 2015/08 (9)
 2015/07 (1)
 2015/06 (14)
 2015/05 (11)
 2015/04 (9)
 2015/03 (14)
 2015/02 (14)
 2015/01 (12)
 2014/12 (10)
 2014/11 (8)
 2014/10 (10)
 2014/09 (30)
 2014/08 (15)
 2014/07 (13)
 2014/06 (22)
 2014/05 (23)
 2014/04 (25)
 2014/03 (23)
 2014/02 (17)
 2014/01 (17)
 2013/12 (18)
 2013/11 (15)
 2013/10 (21)
 2013/09 (8)
 2013/08 (19)
 2013/07 (18)
 2013/06 (19)
 2013/05 (25)
 2013/04 (28)
 2013/03 (24)
 2013/02 (6)
 2013/01 (4)
 2012/12 (6)
 2012/11 (5)
 2012/10 (7)
 2012/09 (2)
 2012/08 (11)
 2012/07 (12)

OFZKed by sonton



adimin