20130702 Tue
あったことなかったこと


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夏のはじまり、高円寺路地裏、
惰眠の隙に呼び出され、営団地下鉄丸の内線の外は炎天下、
暑さにやられた足取りで、住宅街をフラフラさまよい、
たどり着いたのは一軒の喫茶店。

遠い国の海辺の町に建つ家のように、白く塗られたオシャレな外壁に、
間違って取り付けられたとしか思えない和風の一枚板。
テレビアニメで、会社社長の広大な家の門にかかってるようなやつね。
そこに、ごっつい筆文字で書かれた店名は、

“喫茶室 親が死んでも食休み”

いつ見ても最悪のネーミングセンスだ。
いや、一周回ってこういうのが若い子にはウケるのかもしれない。
「親が死んでも食休み、だってぇー」
「やだ、超オッシャーじゃね? マジウケて良いッスかぁ?」
うむ、ありえん。渋谷109が宇宙開発用のロケットだったってくらいありえん。

ドアを引くとクーラーで心地よく冷やされた空気と、
レコードのザラザラとしたエディット・ピアフの歌声が流れ出てきた。
「いらっしゃいませ」
カウンターに立つ女性に声をかけられる。
彼女はこの喫茶店のマスター、古井新(ふるい しん)さんである。
直接聞いたわけではないが、年齢は30を少し過ぎた頃。女性にしては背が高い。
帆布のエプロン、ボーダー柄の七部袖、キャスケット帽。
飲食店店員として申し分ない清潔な身なりだ。
ただ1つ指摘するなら、帽子の横に付いた、
まがまがしい妖気を放つやたらデカイ花飾り。15cmくらいあるぞ。

「あのー。帽子にくっついてるのは、」
「ラフレシアです」
「……そういうの、どこで買うんですか」
「ソフトレジンで自作しました」
「技術すげーな!」
「フィキキュ~ ズキュキュキュキュ! ダキュチッ!」
「スクラッチもすげーな!」

エディット・ピアフもまさか21世紀の高円寺の昼下がりに喫茶店で
自分のレコードがスピンされるなんて考えもしなかっただろう。
ってかなんで10席規模の喫茶店に、がっつりDJセットが置いてあんだよ。もっと他に置くべき物があるだろ。
そんな狭い店内のやや奥まったテーブル、入り口側を向くいつもの席。
待ち合わせの女は、真昼間から淡い青のイブニングドレスを着込み、
室内にもかかわらず、ツバが半径1mはあろうかという日除け帽子をかぶっていた。
ニコリと上品に笑う口元だけが帽子の下から見えた。
住宅街の喫茶店にだけは居てはいけない格好をした彼女に、無沙汰を詫びる挨拶を、

「やはり貴女にはトルコブルーが良く似合う。 と、2秒後にあなたは言います」

しようとしたが、先を越された。ぜってー言わねえ。
彼女の名は、夜野小雨(よるの こさめ)。
“喫茶室 親が死んでも食休み”のオーナーであり、俺のスポンサーでもある。

「トルコブルー、貴女の名にこれ以上相応しい色があるだろうか。いや無い」
「言わねーって」
「小雨さん、貴女の名を呼ぶたびに僕は、
 冬の夜に暖房を点けてて窓ガラスに引っ付いた水滴の一粒一粒を思い出すのです」
「あんたそれでいいのか!」

冗談冗談マイケルジョーダン、という頭が狂っているとしか思えないセリフを吐きながら、彼女は日除け帽子を取った。
長く切り揃えられたストレートの黒髪。前髪も眉の高さで揃えられている。
ドレス姿も相まって、完璧なお嬢様といった格好だ。
ただ、喋るとただのバカの子だ。勿体無い。神はケアレスミスを犯した。
手に持つ日除け帽を、一度、二度振り、三度目に大きく振り下げ、
そのまま肩の高さまで上げると、帽子は白い鳩になっていた。なんでだよ。
ドヤ顔で俺を見る小雨さんと鳩。

「お久しぶりですね、山下氏、かまいたち」
「人の名で韻を踏むな」
「私、高円寺の韻踏み番長ですから」
「初耳だ!」
「俺は東京生まれヒップホップ育ち、悪そうなやつは全員死ね」
「踏めよ、韻!」

ブーブークッションが置いてあって、気付かず座った俺のリアクションを動画で撮影、
マンボNo.5をBGMにつけて面白おかしく編集、YouTubeにアップして10万回も再生されたという、
前回の悪夢が脳裏に蘇り、警戒を払いながら席に着いた。今回は無事だ。ってか見んなよ、そんな動画。
ビクビクと席につく俺の様子を生暖かく見届けると、小雨さんが、いつものものを、と注文してくれた。
水、そして山盛りの食パンの耳が出てきた。

「ほら食え貧乏人」
「え、何、このイジメ」
「パンがなければ、頑張って小麦から作ればいいじゃない!」
「うるせえ!」
「えっ、お前パンツ食ったことあんのー? うわ、きもちわりぃー!」
「前フリも無くオチだけ言うのやめてもらえません!?」

手を叩いてピースというパンツサインをくり返す新さんのことはガン無視して、アイスコーヒーを注文した。
パンは鳩が食べてくれた。俺の味方はこいつだけのようだ。
遅ればせながら。山下地上(やました ちじょう)というのが俺の名である。
普段は監督撮影音響編集などなどを1人で兼任して、ドキュメンタリー映像を制作している。
宝くじとそれに夢を託す人々の一喜一憂を追った『I have a dream JUMBO』という作品を、
なぜだか気に入ってそのままスポンサーになってくれたのが小雨さん、というわけだ。

小雨さんは複数の飲食店のオーナー。さらに持ちビルの家賃収入で充分暮らしていけるという、
絶滅したと思われていた種族“高等遊民”なのだ。羨ましすぎるぞ。
お金だけ出してくれて、普段は俺のやりたいようにやらせてくれる、最高のスポンサーだ。
なぜ口出しをしないのかと聞いたことがあるが、答えは単純明快、
自分の知らないものを見て驚きたいから、という理由だった。
期待に応えられるように俺も頑張っているつもりだ。
とはいえ、さすがに口出しがゼロではないわけで、今日のように呼び出されては、
どう考えても小雨さんの暇つぶし、もしくは趣味としか思えない映像を依頼されることがある。

「で、今日の用件は何なんです?」
「……ホホジロザメに襲われる動画が、見ったーい!!」
「バラエティ番組のコーナータイトルみたいに言われても」
「ケージに 入れられ ホホジロザメ!!」
「それ、文字だけじゃ『ビシバシチャンピオン』風だって伝わらないですからね」
「説明っ!」
「新、黙れ」
「これを見て、山下君」

と言って小雨さんがテーブル下から引きずり出したのはホホジロザメの口の骨だった。
2mはあろうかという大きさだ。
そんなものがテーブルの下から出てきたことも、
片手で軽々と俺の頭に被せて、はーいパックンチョーとか言ってる小雨さんにも、
もう一々は突っ込んでいられない。
骨とは言え、歯がビッシリと生えたサメの口に、自分の頭が飲み込まれたときに感じたものは、
純粋すぎる恐怖だった。骨が巻きついた首を中心に、嫌な汗がじっとりと吹き出る。

「……えーっと、小雨さん、これは流石に無理なんじゃないかなー、なーんて」
「これはね、ホホジロザメの子」
「この大きさで子どもなの!?」
「私の父、夜野日光は、趣味だったダイビングの途中で、
 ううっ、ホホジロザメに、ぐすんっ、噛まれて、ひっく、死にました、えーん」
「あんた前に、親の敵はカバだって言ってたじゃないか! ってか、泣きまね下手すぎるだろ!」
「山下君にホホジロザメを間近で撮影して頂き、父を弔いたいのです。ずびびっ」

もちろん、父親の敵というのは大嘘である。夜野日光氏はバリバリ健在だ。
前回はこの流れで「アフリカでカバの汗を2リットルペットボトル満杯に集めてくる」という無茶振りをされ、
縄張りを守るために威嚇してきた雄カバに激突されそうになり、
現地警察と自然保護局に密猟者として捕まりそうになったのをなんとか逃げ出したのだ。
あとから知ったことだが、アフリカの野生動物の中ではカバが一番多く人を殺しているらしい。
命からがら帰国し、小雨さんになんで教えてくれなかったんですかと詰め寄ると、
渡したレジュメに書いておいたわよ、と顕微鏡でしか読めないような注意書きを見せてくれた。
ソフトバン●が前にこんなことしてたなぁと懐かしく思い出したりした。

「大丈夫大丈夫。サメの体当たりにもきっと耐えられるはずのケージに入ってれば」
「“きっと”とか“はず”とか言うな」
「もしケージがブッ壊れても、サメをこう、ガッとしてガッガッガッ、グッ! とすれば、ね?」
「ひとつも具体的じゃねえ!」
「むしろケージなんか無い方が良い画が撮れるんじゃなーい?」
「世界はそれをエサと呼ぶんだよ!」
「きゃー。山下さんかっこいいー」
「新さん、無表情で言うのやめてもらえます?」
「ヤマシタサンカッコイイー」
「ラフレシア喋った!?」
「夏も始まったしさぁ、『JAWS』の新作が見たいなーって」
「あのシリーズはサメが吠えた瞬間に終わったんだよ!」

小雨さん曰く、ホホジロザメをケージに入って観察するというツアーが、
南アフリカで行なわれており、すでにチケットと現地ガイドは手配済みだと言う。
恐ろしい手際の良さだ。味方だと頼もしいが敵に回すと恐い。
そして現状、味方なのか敵なのか分からないのが恐い。

「ネコザメってのもいるくらいだから、頭撫でたりしたら案外なつくかもよ」
「腕持っていかれるわ!」
「腕の1本や2本、夏の思い出に比べればさぁ」
「2本しかねえんだよ! そんな思い出いらねえよ!!」
「ぎゃあぎゃあ言ってないで、まぁ行ってきなさいな」

とりあえず考えてみますと答え、首にぶら下がったサメの骨を返した。重い。小雨さん、とんでもねえ腕力だ。
アイスコーヒーをすすった。これでコーヒーが不味かったら来ない理由に出来そうなものだけど。

「ありがとうございましたー」

それからしばらく無駄話や次回作の構想を話したあと、
新さんの声に送られ“喫茶室 親が死んでも食休み”を出た。
小雨さんと一緒に居るとツッコミに忙しくて、全否定しているようになってしまうのだが、
何も俺だって嫌々小雨さんの相手をしているわけではない。
俺だって、楽しいのだ。自分じゃ思いつかなかった映像を撮るということが。
とりあえず帰って荷物まとめとこうかと、営団地下鉄の駅に向かって夕日の中を歩き出した。



曽我部恵一 feat. PSG「サマー・シンフォニー Ver.2」


“いくつも重なった紫外線が やがて地球の物すべて焼き尽くして
 そんでビーチサンダルだけが残っても それはそれで楽しい”



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