20130717 Wed
二番煎じ(夏らしく)


SUI24-bl11.jpg

(前回→ http://ken55555.blog94.fc2.com/blog-entry-166.html


太陽笑い猛暑、通り越して酷暑の毎日。
地獄かと見間違うほどの陽炎立ち昇る高円寺の住宅街。
コンクリート塀がかろうじて作る飛び石の影を踏み渡り。
電信柱が影を落とすT字路。突き当たりを右に逸れて3軒目。

たどり着いたのは真っ白な喫茶店。外壁は涼しげな漆喰塗り。
この季節、洋風の窓にはノウゼンカズラのカーテンがかかっている。
すでにたくさんの花が咲いており、白と緑と赤のコントラストが目をひく。
そんなお洒落な外見から、明らかに浮いた和風の杉の木一枚板。
渾身の筆文字で書かれた店名は、

“喫茶室 親が死んでも食休み”

この看板を見るのも通算何度目か分からないが、やはり最悪のネーミングセンスだ。
噂では、アド街ック天国の取材陣が看板を見て引き返したらしいと聞く。
ある意味、魔よけだ。喫茶店は静かなほうが良い。
重量感のあるドアを引くと、クーラーの冷気と、
さらに涼やかなジョアン・ジルベルトの歌声が流れ出てきた。

「いらっしゃいませ」

カウンターから爽やかな声がかかる。
この喫茶店のマスターであり唯一のスタッフ、古井新(ふるい しん)さん。
夏だからだろうか、髪をさらに短くした新さんはまるで宝塚の男役のようだ。
いつもの帆布エプロン。小ぶりのボーラーハット。
白地に薄く青のピンストライプが入ったボタンダウンシャツ。
そこらのイケメンよりもよっぽど格好良い。

ただ残念なのは、青いボーラーハットの頭頂部あたりがギザギザと白く塗られていて、
登山服の人々の小さなフィギュアが、たくさん付けられている点だ。
コントに使われる物にしか見えない。

「新さん、その帽子は……」
「富士山です」
「世界遺産登録おめでとう!」
「製作過程はニコ動に上げてあります」
「物好きしか見ねえよ!」
「フッジッサーン!」
「えっ、電気グルーヴ!?」

もしやと思いDJ卓を見ると、AKAIのサンプラーが加わっていた。
この店は喫茶店としての役割をもう一度考え直した方が良いと思う。
俺の思いも空しく、新さんの綺麗な指がボタンをタイミング良く連打する。

「ノボルゾノボルゾノボルゾノボルゾノボルゾノボルゾノボルゾノボルゾ」

いまや店内のBGMはノボルゾ・ジルベルトとなった。まったく涼しくない。
新さんは暑さに頭をやられたに違いない。治療法は、シカトだ。
店の奥まったところに置かれたテーブルに目をやる。
入り口を向いた椅子に、いつものように彼女は静かに座っていた。
気温なんて関係がないかのような、トルコブルーの重厚なドレス。
土星の輪よりも大きいツバが付いた日除け帽。
こちらから唯一見える口元が少し微笑むのが分かった。
暑さで体調を崩してはいないだろうか、なんて考えながら挨拶を、

「貴女を見た途端、暑さも忘れてしまいましたよ。 と、2秒後にあなたは言います」

言わねえよ。口が裂けても言うわけがねえよ。
あと、いつも突っ込むタイミングを忘れてしまうんだけど、なんで真夏にドレスなんだよ。
時・場所・場合を考えろよ。普通の住宅街だぞ、ここ。

「クーラーが付いていない公立の学校にあなたを置けば、熱中症で倒れる生徒が激減するでしょう」
「逆に増えるわ」
「嗚呼、小雨さん。貴女の名を呼ぶたびに僕は、
 久しぶりに開けた冷凍庫にビッシリついていた霜のことを思い出すのです!」
「掃除はこまめにな!」

巨大な日除け帽を取る彼女。眉の高さで切りそろえられた黒髪。
クーラーがかかっているとはいえ、髪も肌も、まるで人形のようにサラリとしている。
この人の周りに漂う、浮世離れした空気は何だろうか。
喫茶店オーナー、夜野小雨(よるの こさめ)は涼やかに微笑みを浮かべたまま続けた。

「ごきげんよう、山下氏」

フリスビーを構えるように帽子を持ち、その場で回転させるように手を離した。
すると帽子はUFOのようにふわふわと重力に逆らい、回りながらゆっくりと上昇していく。
天井につくか、というところでいきなり「パシュッ!」という音と激しい閃光を放ちながら爆発した。
あまりのまぶしさに思わず目を閉じ手をかざす。しばらくののち改めて小雨さんを見ると、
衣装がアオザイに変わっていた。色はドレスと同じトルコブルー。

「って、お前は引田天功か!」
「やっぱり演出は重要じゃない、ヒロインだし」
「はじめからその服で出てこいよ!」
「決めゼリフも欲しいわ、ヒロインだし」
「なぜ2回言った! あと決めゼリフって」
「ファンデーションは使ってません」
「どこかで聞いたことある!」
「代わりに汗腺をひとつひとつ、焼いた針で潰しています」
「怖いっ!」

挨拶代わりのボケツッコミを交わし、小雨さんの向いに腰を下ろした。
途端、弾かれたように立ち上がる。

「あっっつううぅぅぅ!!」
「当たり前じゃない、座面をみてごらんなさいな」

椅子の座面だけ、ホットプレートに変わっていた。
ご丁寧に木目模様のペイントまで施されている。

「貴様ーっ! 殺す気かっ!!」
「プークスクス。やーね、この人、ホットプレートに座ったりなんかして」
「小雨さん、ちゃんと撮れてますよ」
「ナイスよ新ちゃん。今度下北のトリウッド貸切で上映会しましょう」

監督、アカデミー賞ドッキリ部門こと夜野小雨、
小道具、夢の島の錬金術師こと古井新、
悪魔が2人揃うとロクなことがない。頼むから喫茶店のことだけやっててくれ。

「新ちゃん、良いリアクション見せてくれた山下君に、いつもの」

遅れたが、俺は山下地上(やました ちじょう)という。
ツッコミ役兼いじめられ役という、最悪の役回りの男だ。
ケツの穴が溶接されていないか確かめながら、普通の椅子に座った。
白皿にこんもりと盛られた、濃厚な生クリームが出てきた。

「ほら食えよ、下賎男子」
「えーっと、……これだけ?」
「追加でパンケーキのご注文も承っております」
「逆だろ!」
「パンケーキ2枚のパンツーセットも承っております」
「あ、この人、パンツって言わせたいだけだ」

意地になってパンツとは言わなかった。誰も一言も発さないまま、しばらくの時が過ぎた。
この戦いには意味が無いと判断したのだろう、新さんがパンケーキを2枚持ってきてくれた。
パンケーキがパンツ型に見えたのは気のせいか。しかも男女物1枚ずつ。
あえて突っ込まないという態度で、機嫌の悪さを表明してみる。

「山下君、夏だね」

俺の態度を丸きり無視して小雨さんが言った。

「夏と言えば、あれだね」
「なんですか」
「猥談。じゃなくて怪談」
「わざと言っただろ」

俺は普段、ドキュメンタリー映像を作っていて、
小雨さんはスポンサーとして俺のことを支援してくれている、という関係だ。
たまに呼び出されては意味も無くイジメられ、
実用性ゼロ、完全趣味用の映像を依頼されるという日々を過ごしている。うむ、無益だ。

最近では、南アフリカまでホホジロザメに襲われる動画を取りに行かされた。
鮫から身を守ってくれるはずのケージが、なぜか細い針金で出来ていたので、
現地ガイドを問いただしたところ、
「……コサーメ……コサーメ……!!」と、震えながら上言を繰り返すだけだった。
どこかの誰かに、かなり重いトラウマを植えつけられてしまったらしい。
ホホジロザメに喰われかけながらも、なんとか無事に撮影を終え、
ビーチでバカンスしていた小雨さんと新さんに本気で蹴りを入れたのは言うまでも無い。

さて、今日はこの調子で行くと「ガチの心霊映像を撮ってきてー」なんて言われて、
いきなりワゴンに詰め込まれたと思ったら、青木ヶ原樹海に蹴り落とされるんだろうな、
新さんの帽子はそのフリだったんだろうな、なんて思っていたら、

「……あのね、これは、私が実際に体験したことなんだけどね、」

小雨さんが少し身を乗り出し、ゆっくりと、話し始める。
気付けば店内のBGMがいつの間にか、怪しい雰囲気の現代音楽に変わっていた。
どこからか、カナカナカナとヒグラシの鳴く声が聴こえた。
心なしか照明も薄暗くなっている。DJ新、良い仕事しやがる。

「私がまだ普通の仕事をしてたころの話なんだけど、
 ほとんど毎日残業で、家から会社も遠かったし、
 日付が変わってからようやく家の最寄の駅まで着くような生活だったのね。
 駅から家までがまた遠くて、歩いて40分くらいかかるのよ。
 遅い時間でバスはもちろん終わってるし、タクシーに乗るのも勿体無いし、
 私、家までの道を毎日歩いて帰ってたんだけどね。
 あんまり街灯とか無くって、ほとんど真っ暗なの。
 危ないとは思ってたんだけど、親に送り迎えしてもらうような歳でもないしさ。
 それにその道って、夜にはほとんど誰も通らないような道だったし。

 ある日、そう、今日みたいな暑い日だったわ。
 夜になっても全然涼しくならなくって、
 海風がただいたずらに蒸し暑い空気をかき混ぜてるような感じだったわ。
 暑さに疲れてフラフラになりながら海沿いの道を歩いてたら、
 突然、向かいの闇からね、タタタタッ、って、足音が聞こえてきたの。

 白いワンピースを着た、小さい女の子だったわ。
 そうね、小学校の3・4年生っていったところかしら。
 ……どう考えてもおかしいじゃない。
 もうすぐ丑三つ時っていう時間に、こんな真っ暗な道に小学生の女の子だなんて。
 あれぇ、おかしいなぁー、気持ち悪いなぁー、と思ったんだけど、
 すぐに「どうしたの?」って声をかけたわ。


 「おうちの、鍵を、なくしちゃったの」

 
 なぜか耳元に直接話しかけられたように聞こえたわ。
 で、さっきまで聞こえていた波音が、ピタリと止まっていることに気付いたの。
 やばい、って直感で分かったわ。
 けど、下手に逃げたりしたらどうなるか分からなかいから、
 その子と話してみることにしたの。

 「鍵をなくしちゃったって、どこで?」
 「海」
 「でも、こんな時間じゃ危ないよ」
 「鍵が無いと、おうちに帰れないの」

 話も通じるしさ、悪い子じゃなさそうだなって分かってホッとしたわ。

 「けど、やっぱり危ないから、明日、明るくなってから探しなよ」



 「分かった、ありがとう、お姉ちゃん」


 って言うとね、フッと、私の目の前で、その子が消えたのよ、

 気付いたんだけど、私の家、海沿いには無いのよね。
 私、あんな場所で何してたんだろう……」

「オチ、そこ!?」
「キャァーーーッ!!」
「うわっ! 耳元でうるせえ、新!」
「お前だーーーーっ!!」
「ぎゃあっ! 勢いだけでビビらそうとすんじゃねえよ!!」

クーラーと緊張で凝り固まった体をほぐしがてら、2人にゲンコツを落としておいた。

「いたたた……本気で殴ることないじゃない」
「下らないことするからですよ、俺ただでさえ怖い話苦手なのに」
「!」

しまった、弱み握られた。



Karlheinz Stockhausen / Cosmic Pulses


小雨さん怪談のバックで流れてるのはこんな感じの曲。怖い。



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