20121021 Sun
B面 「This is not a lovesong」


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 外壁に蔦の這う、古ぼけたビルの2階。
他の部屋はオシャレなエメラルドグリーンの鉄製ドアなのに、そこだけはさらに古ぼけた木製ドア。
取っ手も若干錆びが浮いていて触るのにしのびない。
そこを何とかしのびにしのび、ガチャリと開ける。
内側に取り付けられたカウベルが、寝惚けたような音でマロンマロンと鳴った。
店長の友人がオーストラリア土産にと置いていったものらしいが、ぶ厚い鉄に刻まれているのはどう見ても漢字だ。
独特としか言いようのない匂いがスイッと鼻に飛び込んでくる。
埃と水と土が一緒に腐ったような匂い。だけど嫌な匂いではない。

この部屋が一体何なのか、一目で分かる人はそういないだろうと思う。
一応、本屋、という体裁らしい。
が、実際は本屋では無いのではないか、と僕は昔から疑っている。
僕が覚えている限り、本を買っていったお客さんを見たことがないし。

店の入り口反対側には大きな窓があって、その他左右の壁はほぼ目一杯が棚になっている。
大半は本が入っているものの、何に使うのか良く分からないオブジェや仏具らしきもの、
文房具、変わった形のカメラ、古写真・古葉書、どこかの国の古い腕時計、
医療道具、実験器具、化石・鉱物、昆虫標本・小動物の骨格標本・鳥の羽・卵。など。
暖色電球で照らされた一角には多肉植物・食虫植物や苔が生い茂っていて、
支柱にくっ付いているたくさんのキノコとキノコのフィギュアはもう見分けがつかない。
棚の一番下の目立たない場所に置かれた虫かごでは年中コオロギが鳴き、
さらに隣の虫かごでは、マダガスカルゴキブリがシューシュー威嚇音を鳴らしている。

窓際には黒い革張りの3人掛けソファが置かれていて、両脇には水槽が積まれている。
片側の水槽にはフトアゴヒゲトカゲが入っている。
さきほどのコオロギやゴキブリはコイツの餌だ。
もう片方は、カエルタワー。及び、ベタの水槽になっている。
普段よく見るアマガエルは当然。ペットとして人気らしいベルツノガエル、
アカメガエルやピパピパなどのキワモノ、原色が眩しいヤドクガエルたちもワンサカいる。

室内で最も混沌のオーラが立ち込めているのは中央に置かれた机の上だ。
中央に置かれた文鳥の入った鳥かごを取り囲むよう、机自体の表面が見えないほどに物が敷き詰められている。
一応メインの売り物である本が何冊か表紙が見えるように置かれているのは当然ながら、
地元アーティストの作品から、実体顕微鏡から、地形図から、
作りかけのエフェクターから、店長の永遠に書き終わらない小説の原稿から、
何から何まで置いてあってどこからどこまでが売り物だったのか、もはや誰にも判断がつかない状態だ。
あと、床には絨毯の代わりに、一円にもならなかった店長のクズ原稿が散らばっている。

“ヴンダーカンマー”と言えば聞こえは良いが、
その実、ただ物が捨てられないだけというこの部屋の主は、
入り口左側にあるスペース、小さな机と椅子だけの簡素な帳場に突っ伏して寝ていた。
夢の世界で冒険中の店長の頭の横で背中を伸ばしてシャンと佇み、
このガラクタ部屋の店番をしているのは、黒猫の頁(ページ)だ。
僕がいつものようにポケットから煮干を出して頁の手前においてやると、
「今は勤務中につき頂けませんが、あとで美味しく頂戴いたします。
 サカさん、いつも本当にありがとうございます」
と言うようにペコリと頭を下げる。
首の下をワシャワシャとやってやると、くすぐったそうに黄色い目を閉じてニャンと一鳴き。
その鳴き声に気付いて店長がニャムニャム言いながら起きた。
すると今度は頁がそれに驚き、フシャー!と言いながら慌てて机を飛び降りると、
開けたままになっていたドアから外へと飛び出していった。
頁を逃がした本人は、よだれを拭き、腫れた目をこすりながら、まだ目が覚めない様子だ。

「お、いらっしゃい」
「こんにちは」
「今日は、サカのが早いんやね」
「部活の無い日やから」
「あれ、煮干?」
「頁、逃げました」
「……やっぱ俺、嫌われてんのかなぁ」
「たぶんそうです」
「そこは嘘でも、違うって言およ」

サカ、というのは僕のあだ名である。
本当は、杯(さかずき)という名前なのだが、あまりその名では呼ばれない。
よく、サカ、とか、サック、とか呼ばれる。僕はそれをアメリカのスラングみたいで気に入ってる。
もちろん本名の方も好きだ。下戸だけど。
うなり声を上げてストレッチし、ボサボサと頭を掻いていた店長が、
腰を押さえて「いたたたた」と呟きつつ、のっそりと立ち上がる。

「下でコーヒー買ってくるけど、サカも飲む?」
「うん」
「ブレンドでええよな」
「うん、あ、店長、机貸して下さい」
「ええよ。適当に物どかしといて」

マロンマローン。
1階のカフェに僕の分のコーヒーを買いに行けるほどの儲けはあるのだろうかと、毎度の事ながら心配になる。
次こそ忘れないようにゴールドブレンドを持ってこよう。
店長には物をよけるよう言われたが、何かを動かすと何かが落ちて壊れるのが目に見えている。
ゲームセンターに置いてあるお菓子を取るゲーム機みたいだなぁ、と思った。

学校では名ばかりの考古学部に在籍しているのだけれど、
歴史のほうにはあまり興味が無くて、僕の活動は専ら実地に出ての研究、
特にビルに入っているエレベータの調査を主としている。
部活動だけでは物足りず、いわゆる同好の士が集まる会にも参加し、
月に一度の会合で互いの調査結果を報告しあったりしている。
以前、同好会を見学しに来た店長が「あ……あんなディープな世界があるなんて」と驚いていた。
事故を起こしたエレベータを主に研究している人も居るが、個人的にはあまり好きじゃない。
若さゆえか、と自分でも思うのだけれど、僕は最新の性能の良い物を研究するのが好きだ。
先週、東京で見学させてもらったエレベータの調査結果をまとめようと、
机の下から丸椅子を引っ張り出し、店長の原稿の上に自分のノートパソコンを広げた。

すると、バターンと勢い良くドアが開き、カウベルがカンカローン! と気持ちよく鳴った。
中学校の制服を着た女の子が「こんちゃー!」と元気良く登場。
「……って、あれ? お兄ちゃんだけ? けんちゃんは?」
「店長なら下にコーヒー買いに行っとるよ」
「くっそ、すれちがったかー、何かおごって欲しかった!」
物欲を丸出しにしながら、この混沌の部屋をまるで我が家であるかのようにスタスタと渡ると、
窓際のソファにカバンを放り投げ、自分もその勢いでボスンと飛び込んだ。
この女の子は僕の妹で、猪口(チョコ)という。
チョコが「ページー」と呼ぶと、どこからかニャンと返事が聞こえ、
少し開いていたドアの隙間から、ヒョコッと頁が入ってきた。
頁はそのままトトトとソファの方へと歩いていき、チョコの膝の上に飛び乗ると丸くなった。
「むにゃむにゃにゃー」と言いながら頁をいじくるチョコ。
「チョコさん、ご勉学お疲れ様です。
 思う存分撫でてストレス発散してくださむにゃにゃにゃー」。
乱暴に撫でられているようにしか見えないのだけど、頁はチョコに懐いている。
そりゃもう、店長によりは断然。

マロンマローン、と嫌われ者が戻ってきた。

「おっす、チョコ、いらっしゃい」
「おっすー、けんちゃん、あれやって、あれ」
「あれってなんやねんいきなり」
「ほら、あの、芸人殺しとまで言われた、吉本越え確実、爆笑必至の、ほら……あれ」
「思い出し段階でハードルあげすぎやろ」
「はい、フリに答えられなかった罰ゲームー、ジュースよろしくー」
「もうお前帰れよ」
「ここでわたし帰ったら、お母さん、何て言うかなぁ」
「チョコさん! ジンジャーエールで良いッスか!」

コーヒーを僕の前に置くと、再びトンボ帰りでパシらされる店長。
その背中に「ウィルキンソンの辛い方ねー」と追い討ちをかけるわが妹。
マロンマローン。店長の目から一筋涙がこぼれるのを見た気がした。
母方の祖父母をあまりよく知らないのだけれど、我が家は確実に女系一族だな、と改めて思う。
カウベルの余韻が消えたあとでも、リンリンシューシューコポコポガタガタと、この店はうるさい。
やはり本屋と名乗るのは考え直した方が良いのではないだろうか、
と余計なお世話を頭にめぐらせつつ、調査データをノートパソコンに入れていく。

頁をぶうらぶらとしばらく振り回したのちソファに着地させると、チョコが僕の向かいに移ってきた。
頁はそのまま、ソファに置かれた毛布に潜って大人しくしている。
チョコがなんだか心配そうな顔で切り出した。

「なーなーなー、お兄ちゃん。気付とるとは思うんやけどさ」
「どしたん?」
「けんちゃん、いつもより良い格好してない?」
「……やっぱり、そうやんなぁ」
「髪もヒゲも何となくちゃんとしとるしさぁ……」
「うん……あのさ……昨日、やったよな」
「せやんなぁ……」

十何年も兄妹をやっていると、なんとなくで思っていることは通じ合う。
つまり、一応お世話になっている身分としては店長のことを少しは応援したいのだが、
その本人がこうだと、僕たちにはもうどうしようもないということだ。
僕とチョコは同時に、ムハーッ、と大きく溜息をついた。

マロンマローン。おそらく走ってきたのだろう。
息を切らせて腰を押さえながら、店長が戻ってきた。
やたら爽やかな匂いを撒き散らしている。
そんな、現役高校生男子の僕でもこれはないぞと思うほどの制汗剤の香りで、
部屋の酸素が少なくなった気がした。
鏡でも見てきたのだろうか、いや、歯まで磨いてきてるなコイツは。
さわやか、と本人は思ってるけど実のところ引きつっているようにしか見えない笑顔を、
当て所なく無駄打ちしながら、胸ポケットからハンカチを抜いて額の汗を拭いた。
待ってくれ店長、なんだ、店長、ハンカチなんて持ってどうした。
いやいや、それ以前に、そのジンジャーエールと一緒に右手に持った、一輪の花はなんなんだ!
俺、どう? っていうドヤ顔で僕たちのリアクションを伺うのは止めて欲しい。
チョコと、どちらがいくかというアイコンタクトを交わした後、
今回は僕が折れた。つまり店長に泣かれるのは僕ということだ。めんどい。

「えーっと、店長、」
「お、どした、サク」
「あの、もしかしてさぁ、」

と僕が腰を上げかけた瞬間、
ビタン!ガツーン と今日一番の勢いでドアが開き、
カラン!カララーン! カウベルの音が、これが正解ですぞーという音で鳴った。
このベルをここまで鳴らせる人物は界隈に1人しかいない。

「たのもー!!」

僕とチョコの、母が登場した。

「母さん、ここ、道場破りするほどの店とちゃうから」
「そう?」
「うん、お母さんもう既にこの店のオーナーみたいなもんやからさ」
「じゃあ、けんちゃんは雇われ店長ってわけね」
「無給で」
「いや、チョコ、それは店長じゃなくて奴隷やで」
「え!? 何か違った?」
「杯、けんちゃんって……何なんだっけ?」
「母さんまで、乗らんといてや」

勢い良く開けられたドアで後頭部をしこたま打ち付けた店長が、
そのまま額まで棚にぶつけて、呻きながらうずくまっている、
ことに関して、僕たち3人は完全にスルーを決め込んだまま会話を回した。
家族って、良いなぁ。

「いてて、ってってー、なーんちゃってー、あはあはは、いらっしゃいませ」

頼む、店長、ここは空気を読んで黙っててくれ、という僕の思いもむなしく、
先ほどからさらに一段口角の上がった気持ちの悪い笑顔を作り、
いや笑顔というかもはや変顔を作り、店長が母に声をかけた。

「あのえーっとそのぅ、」
「ん? なんじゃらほいなー」
「お、おっ、お、お誕生日おめでとうございます!」

ビャッとすでにボッキボキに折れてしまい完全に萎れた一輪の花と、
ついでにジンジャーエールの瓶を母の方へ突き出した店長の、
どもりかつひっくり返ったどうしようもない声が、
店中に置かれた物たちに吸い込まれるまでの間はまるで永遠に近い時間だった。
毛布から顔を出した頁が、にゃあ、と鳴いた。永遠は終わった。
マダゴキたちは動き、コオロギも鳴き、水槽のポンプが泡を吐き出し、
母は返事をした。

「けんちゃん、私の誕生日、昨日」
「あがっ!!?」

店長は妙な音を発するとそのまま固まった。一方の母は慣れたもので、
「昨日来たとき何も言ってくれなかったから、絶対忘れてると思ったのにー!」と呵々大笑だ。
そんな子どもみたいな大人たちを見て、僕とチョコはふたたび、同時に盛大な溜息をついた。ムッハーァッ。
チョコは立ち上がると固まったままの店長の手からジンジャーエールを引き抜いた。
毛布から出てきた頁が呆れたように大きく伸びてあくびを、ふにゃああ。



クラムボン 「Re-雲ゆき」



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2013.11.08 16:15 (編集)


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