20140107 Tue
まるで絵空事


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特に冬だと奇異な眺めだ。
冷たい風が吹き、辺りはすっかり枯れているというのに、
その1ヶ所だけは、木々草花が生い茂り、
まるで海のそばの堤防に立ったときのよう、
キラキラ青々とした光が、真夏の海のように乱反射している。
砂漠で遭難した末に見つけるオアシスも同じように目に映るに違いない。

楽園、だ。

近づくにつれ楽園の正体が見えてくる。
小さな2階一戸建てほどの、それは小屋のような形の、温室。
白く塗装された丈夫な金属棒で枠が組まれており、
嵌め込まれた縦1m×横50cmほどの大量のガラスが、内側の環境を守っている。
思わず体が震えだすほど寒い外界とは違い、
ガラスの内側は温度も湿度も、うまく調節されているのだろう。
温度差のため、内側にはびっしり水滴が付着している。

小屋の正面中央、直方体がニョコリと外に飛び出た部分がある。
迷える子羊をいざなう様にも見える直方体、入り口にはドアが付いていて、
カチャリ開けて入ると、向こう側にはさらにドア。ここは小部屋になっている。
温室の方から、サラサラサラ、衣擦れのような小さな音。
床はコンクリートで固められており、金属製のハンガーラックと棚が置いてある。
湿気のためだろうか、ところどころに錆びが浮いている。
隣の温室からやや漏れる空気で、すでに小部屋の中は暖かい。
上着やマフラーを脱ぎ、ラックと棚に荷物と一緒に置いた。
シャツにジーパンと、一気に薄着に。
棚の上に置かれた消毒液で手を洗う。
先ほどの入り口とは反対側、温室へのドアを内側へ引き、
さらに、分厚いビニールカーテンを捲って、温室内部へと入った。
途端、衣擦れの音が、バッサバッサバッサバッサ、羽音に変わる。
水の流れる音も耳に入り、そして生ぬるく弱い風が顔に当たるのを感じた。

直後、体の前が海へと沈む。
透明度が高く眩しい。目の前は、ただただどこまでも、青。

しかし、それらが錯覚であることにはすぐに気付く。
気温約30度・高湿度と、真夏のような気候に設定された温室内。
あまりの湿度で一気に吹き出た汗が、薄い湯葉のように体表面にまとわり付いたのだ。
そして、目の前の空間いっぱい、キラキラ青く輝くもの。

蝶・蝶・蝶・蝶・蝶・蝶・蝶・蝶の大乱舞。

その全ての蝶が青くメタリックに輝いている。
数は、十を遥かに超え、百・千・万を下らない。
これだけ集まると羽音も大きく(バッサバッサバッサバッサ!)、風さえ巻き起こる。
モルフォ蝶。主にアマゾン川流域に生息している蝶だ。
青色の翅が大変美しく、土産物など標本として出回ることが多い。
この色は翅に付いているものではなく、独特な形をした鱗粉が青い光のみを反射することによって発色している。
構造色、といって、身近なものではCDの記録面が同じような性質を持つ。
モルフォ蝶がどういった理由でこんな色になったのか、原因はいまだに判明してないらしい。
餌としている植物・果実に毒があるため、蝶もその毒を持つことになる。
その蝶を食べた鳥などが毒に当たり、次から目立つ青色を恐れて避けるようになるため、
という仮説もあったらしいが実際はバクバク食べられているというから謎は深まる。

コンクリートの床から一歩踏み出すと、ふにゃり、とした感覚が足裏に伝わる。
ドアから部屋の中央まで、狭いながらも芝生で綺麗に通路がひかれている。さらにその下は柔らかな土だ。
ほか、室内に植えられているのはエッジの利いたフォルムをしている熱帯系の植物。
花も日本ではそうそう見ることのない大きさ・原色のものが咲き乱れる。
蝶の餌となる果実が熟しきった、腐ったような甘い臭いもムワッと漂う。
ガラスの壁沿いには金属のフレームを頼りに蔦がそこらじゅう巡っているし、
大きな樹になると人の背丈を軽々超えて、全体わっさわっさと賑わっている。

芝生の道を歩く。足元は芝生で足ざわり快適だが、道は険しい。
行く手を防ぐよう生い茂る木の枝葉を腕で押しのけながら、蝶を踏まないようゆっくり進むことになるからだ。
外との気圧差のため鼓膜に鈍い痛みが走った。
耳抜きをしてすぐに慣らす。本当に海に入ったかのように思えた。
距離はわずかだが、ようやくたどり着いた部屋の中央。
天井まで伸びるひときわ大きく太い樹、根本には簡素な白いパイプベッドが置かれていた。

「やあ寝癖、待っていたよ」

蝶の姫の、御成り。

椿 絵空事(つばき えそらごと)が、ベッドの上で片膝を立て僕を迎えてくれた。

寝巻きに着ている柔らかそうな薄い生地の白いワンピース。
ゆるい天然パーマで、ざっくりと切られたショートカット、やや茶色い。
温室内の夏のような気候に似合わず、肌は真っ白、
ところどころは血管が透けて青白く見えるほどに痩せている。
メイクをしていないためか色の無い頬や唇など、まるで人形のようだ。
全体的に色素が薄いのに比べ、つり気味の目は黒い。
ああ、これは人間なのだな、と分かるほど力強く光る。
室内の暑さに慣れきった椿は、その目を細めて実に涼げな微笑みを作ると、僕に言った。

「寝癖、すまないが、君がどれだけ熱い視線を注いだところで私の胸はこれ以上成長しないのだよ」
「見てないし、そんな期待もしていない」
「待て、揉めばまだ一縷の望みはあるかもしれない」
「何を言い出すんだ」
「なんなら揉むか? 今なら安くしておくぞ」
「金取るのかよ」
「では10万円から」
「金銭感覚を庶民に寄せろ」
「寄せろと言われてもだな……」
「胸を淋しそうに見るな、そして空しそうに試みるな」
「では、絵空事のおっぱい、100万円でハンマープライス」
「跳ね上がった!?」

せっかくの機会だったが、100万は惜しいので揉まなかった。
ベッドの脇に置かれた丸イスに腰を下ろす。ふふふと満足げに椿が笑った。
胸元には目が行かぬように注意して、椿の様子を観察する。
来るたびに思うのだが、また痩せたのではないだろうか。
ただの気のせい、だと良いのだけれど。うん、きっと気のせい、心配しすぎだ。
なにせ元気そうだし、調子の悪い日があったということも聞いていないし。

「椿、最近ど」
「ゲッソリと痩せた」
「ちょっとは俺に気を遣ってくれよ!」
「心配させといた方が寝癖は足繁く来てくれるだろう」
「そりゃそうかもしれないけどさ」
「逆に、安心したら君はふらふらどこかへ行ってしまうに違いない」
「……反論はできない」
「少し体重が落ちたのは本当だが、誤差内だよ。今のところは大丈夫だ。
 もしも私が「チョウシハスコブルヨロシイ!」なんて言いはじめたら、そのときこそ心配してくれ」

スコブルってなんだよ、そのときはお前の頭を心配するよ。
何てことを僕が考えていると椿は、ベッドヘッドに止まっていた十匹ほどの蝶を、
ハープでも弾くかのようにタララララララララと爪で弾いて飛び立たせ、
端の一匹だけを残すとその蝶をゆっくりつまみ、

そのまま口へと入れた。

椿は、世界中で罹患者ここにたった一人という奇病の持ち主だ。
気温30度前後で高湿度の環境下、モルフォ蝶を食べることでしか生きていけない、という病気。
あまりに特殊な症状のためか病名はつけられていない。

口からはみ出るほどの大きな青い翅も、椿がモシャモシャゆっくりと咀嚼するにしたがい、やがて見えなくなった。
サイドテーブルに置かれた水差しからグラスに水を継ぎ、半分ほどを目を閉じたまま一息で飲む。
血管が透けて見えるほど細い、椿の喉が小さく動くのが見えた。

「うーん、まずい」
「まずいんだ」
「こうやって食べてるのを見て、気味悪そうな顔をしないのは寝癖くらいだよ」
「ふーん。あ、往来は?」
「往来君は実に興味深そうな目で見ているな。あれは私を研究対象だと思っている目だ」
「あいつのことだから、それはない、とは言い切れない」

話に出た往来 生命(おうらい せいめい)は、珍獣屋であり我々の友人でもある変わり者の男だ。
辺鄙な場所にあるビルで、多種多量の生物に囲まれて暮らしている。
この温室で乱舞しているモルフォ蝶も往来が世話をしているものだ。
もともと変わった生き物を育てるのが好きなやつなので、趣味がそのまま仕事になったという好例。


突然、靴の甲の上にぬるりとした重い感触があった。
驚いて足をどけ、見ると丸太くらいの大きな筒がゾゾゾと動いていた。
慌てて筒のつながる先を見ると、椿の小さな頭の横に、その3倍はあろうかという蛇の頭が乗っかっていた。
布切れのような真っ赤な舌がせわしなく出し入れされては、椿の顔にまとわりつく。
もしかすると本人たちはじゃれ合っているつもりなのかもしれないが、
端から見ると椿が蛇に味見されているようにしか見えない。生命の、危機!

「つ、つ、椿さん、えっ? その巨大な蛇は?」
「ああ、往来君が私の退屈しのぎにと置いていってくれたんだよ」
「とんでもねえ危険物を退屈しのぎに!」
「寝癖、こちらアナコンダのアナンくんだ」
「すでに名前が!?」
「アナンくん、こちら私の友人の永島寝癖だ」
「あ、どうも」
「なんでも往来君のビルよりこの温室の環境の方が、アナンくんには合っているらしい」
「そりゃそうだろうけどさ。あれ、そういえば前はカピバラが同じ理由で居たような……」
「アナンくんがどうしてここまで大きくなったかと言うとだな」
「分かった。皆まで言うな」
「『星の王子様』の最初の挿し絵があるだろ。あのままだったな」
「聞きたくなかったー!」
「血の金曜日事件、と語り継がれている」
「継ぐなよ」
「実際には水曜日だったんだが」
「説明しなきゃ分からんボケはするな」
「母屋にカピバラさんたちの骨格標本が置いてあるから、ぜひ手を合わせていってくれ」
「願い下げだ。で、その蛇、危なくないんだろうな?」
「我々が恐れるからこそ動物も我々を恐れて攻撃してくる。親愛を持って接すれば蛇だって襲ってこない。
 と、チャック・ノリスが言っていた」
「まぁチャックが言うなら間違いないんだろうけど」
「ところで寝癖、今アナンくんが痛いくらい私を締め付けているんだ。助けてくれないかイテテテテテ」
「ほーら言わんこっちゃない!」

いつの間にか椿をグルグル巻きにしていたアナンくんを力ずくでほどく。
分かってはいたがアナンくんはめちゃくちゃ重く、大汗かきかき必死でひきはがした。
思わず腹から出たかけ声とともに大樹の向こう側に流れている川に放り込む。
バッシャアアアアン! と物凄い音がした。
奇跡的に懐いているようだから良いものの、アナンくんが本気を出したら、
華奢な椿なんて一瞬で絞め殺されてしまう。すぐ引き取りに来るよう往来に連絡しよう。
このまま僕が居てもどうせドタバタしてしまい椿の体に障るだけなので、少し早いが暇を告げることにした。
アナコンダの件で反省したのだろうか、渋々ながら了解する椿。

「また来るわ」
「ああそうだ、読みたい本を頼んでおいたんだ。
 今度来るときでいいから預かってきてくれないか」
「わかった」
「あず すーん あず ぽっしぶる で頼む」
「別にいいけどさ、何で俺に頼むんだよ」
「また寝癖に来て欲しいんだよ、乙女心を汲んでくれ」
「お、おう。いや、うん、そうストレートに言われると照れるな」
「キモイな」
「うるせえよ!」

冗談に憤ったふりをして立ち上がり、
そのまま出て行こうとすると、呼び止められた。

「寝癖、待て。外は寒いか」
「だいぶ寒い」
「そうか」
「なんだよ」
「どうりで私も寒いはずだ、と思って」
「えっ、大丈夫か? 温度を上げるように頼んでこようか」
「いや、必要ない。この程度なら布団にくるまっていればすぐ温まるんだが。
 そうだな、……良ければマフラーでも貸してくれないか」
「へっ?」
「マ・フ・ラ・ア」
「今度はどの乙女心を汲めばいいんだよ」
「残念だがこの乙女心はトップシークレットだ。核で脅されても私は吐かない」
「強固な乙女心だな」

小部屋でマフラーを手に取りベッドに戻ると、そのまま椿に巻いてやった。

「な、なんだ、優しいな」
「俺のせいで風邪でもひかれたら困るからな」
「そうやって何人の女を手篭めにしてきたんだ」
「人聞きの悪いことを言うな! 椿にしかこんなことしねえよ」
「それは本当か」
「ホントもホントだよ」
「そうかそうか、……ふふふ」
「なんだよ、気持ち悪い。じゃ、行くわ、またな」
「ああ、またな。待ってるぞ」

僕は振り返らなかったけど。
マフラーを巻いた椿は、いつものように、
たぶん、ずっと手を振っていた。



Squarepusher - Iambic 9 Poetry



コメント

by えこたん (URL)
蝶って標本で見るとキレイだけど
何十匹も羽を動かしている状態もキレイなのかなぁ・・。
そんな光景を見ることがなさそうだから想像しなきゃ!

乙女心は複雑なんだよ。
私はわかるぞ。気持ちは乙女だから☆



2014.01.08 11:01 (編集)

by ソントン (URL)
多摩動物園内の昆虫館に、蝶々が何千匹と飛んでいる温室があるんだけど、
そこで飛んでる蝶が全部、僕の好きなモルフォ蝶だったらどんなだろう、
って思って書いてみたよ。
モルフォ蝶の生息地では養殖ハウスもあるらしくって、
……すごく青い景色だろうなぁ、って思う。

えこさんは、乙女心の分かるオッサンやもんね!

2014.01.09 01:09 (編集)

by えこたん (URL)
これこれ。

コレを読んだ人が「あの人、『えこたん』とか名乗ってるけど
本当は髭を生やした胸毛ボーボーのオッサンなんや!」と思ったら
どうしてくれんねん!(笑)

見た目がおねえさんで中身がオッサンなだけや!
あれ?中身は・・乙女で(笑)
2014.01.09 09:29 (編集)

by ソントン (URL)
中身、オッサンやって、立派な(笑)。

2014.01.13 01:20 (編集)


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OFZK

山瀬まみ「ゴォ!」


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