20140424 Thu
本野紙魚


「また文章書いてよ」って言ってもらえるのは死ぬほど嬉しいですね。
僕をそんなに喜ばせてどうするおつもりか! ありがとうございます。
とりあえず、まずひとつ目。あとはよろしく、寝癖。

0 「(永島寝癖、鉄錆)
0.5 「(まだ名無しだけど、往来生命)」 
1 「椿絵空事

-----------

古本屋を大別すると2種類に分かれる。
一般的によく知られているのは、店頭で本を販売している店だ。
普通、古本屋というとこちらをイメージする人が多いだろう。
もう一方で、事務所営業のみの古本屋というものがある。
古書市などイベントの際には実際に出店する場合もあるが、
ほとんどは、年に何回か自店の“目録”という商品リストを顧客に発送し、
通販で商品を販売するというスタイルで営業している。

店売りの古本屋はそれぞれの得意分野を持ち、棲み分けが出来ている。
ただ、雑本や新しめの本だと、同じように均一棚に並んでいるなど、
ちょっと線引きがあやふやになる部分もある。

その点、事務所営業の古本屋となるとほぼ完璧に各店で扱う本が違う。
店売よりもさらにニッチかつディープな世界だ。
江戸の一時期のみの和本を取り扱う店、
海外の高価な豆本を取り扱う店、
ある宗教の一派に関する研究書だけを取り扱う店。
それぞれ扱う範囲はごく狭いが、その範囲内で市場に出回っている本は、
ほぼ全てを扱っていると言ってもいい。
事務所営業古書店の矜持は目録に表れる。
たとえ買えるような値段の本がなくても、
その目録自体が結構値の張る物でも、
人気の古本屋の目録は引く手あまたで、全国の愛書家の元へ渡っていく。


日本で一番有名な大学のある街。
かつて界隈には学生や教授を相手にした古本屋がひしめき合っていたらしいが、
今や数件を残してほとんど消え去ってしまった。
その大学を背にして脇道に入り、さらにぐねぐねと裏道に入っていくと、
やがて建物と建物のほんの隙間から、
今にも崩れ落ちそうな、大きな木造二階建ての寮が現れる。
寮とは言ってもすでにその機能は果たしていない。
今の若者は、いや若者に限らずとも、こんな風呂無トイレ無のオンボロ寮なんかには住まない。
周りを囲む高層マンションのせいで一日中陽はあたらず、
土台には全体苔が生え、外壁のほとんどには蔦植物がからまりまくっている。
二階の端の方に至っては屋根が崩れ落ちてしまっている。
けどもしかすると、日本で一番有名な作家が生きていた頃から、
ここと同じ場所に同じように朽ちながら建っていたのかもしれない。
それくらい歴史、いや、時の流れの凄さを感じさせてくれる建物だ。
ただ異様なのは、窓全面に暗幕が張られていて、中の様子が全く分からないこと。
玄関扉は一見すると、隙間風がびゅうびゅう入りそうな、ごく普通の木の引き戸。
しかし、見た目にだまされてはいけない。
どんなトラップが仕掛けられているのか分かったもんじゃない。
玄関の脇には、不自然なほど高性能なインターフォンが付いており、
左右正面から監視カメラがこちらを睨みつけている。こちらの様子は筒抜けだ。
初めてここに来たときの苦い記憶が蘇る。
玄関前に置かれた敷石、実はカモフラージュされた対戦車地雷だ。
踏んだ瞬間にカチリという音を聞いたときは、走馬灯が駆け巡ったなぁ。
僕はあれ以来、海外の地雷除去活動への募金を惜しまないようになった。
玄関へは近づかず、少し下がると2階に向かって叫ぶ。

「おーい! 紙魚ー!」
「どっどどどどどどちらさまっ?」

風に吹かれたら飛ばされてしまいそうな声で、
どもにどもりまくった返事が返ってきた。

「俺だよ、寝癖だよ」
「んねねねんねねっねぐせっ?」
「そう。だから開けてくれ」
「しっしょしししょっししょ証拠はっ?」
「椿は紙魚よりおっぱいが小さい」

トテトテトテトテと木の階段を誰かが下りてくる音が聞こえる。
ガチャリ。鍵が開いた音。カコリ。さらに閂も外される音。
キュゥィィイイインガションガッション。……何かの解除音。
同時に、ズドドドドドと階段を何かが駆け戻っていく音が聞こえた。
やれやれ、紙魚の人見知りも少しは良くなったと思ってたんだけど、
と考えながら引き戸に手をかけたその瞬間、
気絶一歩手前の大電流が指先に流れた。トラップの解除忘れ、ダメ絶対。



「いらっしゃいませー寝癖ー死にたいー」
「おい!こら!てめえ!!死ぬほど痛かったぞ!!」
「えへへーごめんーじゃあー死をもって償うー」
「うん分かった分かった。分かったから、
 笑いながらガシガシ腕を刺すのを止めろ、怖いから」
「はーい、えへへー」

もう神経がボロボロになっていてほとんど動かない左腕を、
右手に持った小刀でさらに切りつけまくって、
鮮血を豪快に飛び散らせている女の子は、一見すると小学生のようにも見える。
しかし、再三になるが、あの貧乳女王よりはまだこの女の子の方が胸が大きい。
顔の半分くらいある大きさのメガネは非常に度が強いようで、
レンズのところで丸顔の輪郭が大きくへこみ、目の大きさも不自然に小さく見える。
髪は黒く、ところどころに白いものが混じる。
伸ばしっぱなしになっているものを、頭の上でオダンゴにまとめているが、
ちゃんとはまとまりきらずにボサボサと毛羽立っている。
顔が小さいので、頭の上にもうひとつ頭が乗っているくらいの迫力がある。
癖となっているリストカットのせいで血がほとんど抜けてしまっていて、
病気療養中の椿よりも不健康に見えるくらい顔色は真っ青だ。
肘までめくり上げた黒い長袖シャツ、深緑の柔らかそうな生地のズボン、
合うものが無いのだろう、どちらもややオーバーサイズ。
本屋らしく、黒のエプロン、白い手袋をつけている。
耳から一応マスクもぶらさげているが、
本の匂いが好きなので、出来るだけマスクはつけないようにしているらしい。
足元には、なぜだか足袋を履いている。

本野紙魚(ほんの しみ)。
僕の知る限り、最強の古本屋で、最強の人見知りで、最強の自殺志願者。

「寝癖ー今日はー何の用ー?」
「椿から、頼んでた本が届いたから取りに行ってくれ、って言われて」
「あーはいはいー入ってるよー。
 往来さんのもーあるからー一緒に持ってってちょうだいー」
「分かった」
「じゃあーこれ飲んでー待っててー粗茶ですがー」

いつから置いてあったんだよという帳場机の湯飲みに、
いつから置いてあったんだよという薬缶からお茶が注がれる。
色は薄く、もちろん湯気なんて立っていなかった。
ポチョンという音が聞こえて湯飲みを覗き込むと、
紙魚の血が、怪しげに水面に広がっていくところだった。

「ごめんー入っちゃったー死んで詫」
「いい、いい、いい! ぜんっぜん気にしないから! むしろ血とか好物だから!」
「きゃあー寝癖のへんたいー」
「うん、変態でいいです、もう」
「じゃあー少々ーお待ちくださいねー」

紙魚はペコリと礼をして振り返ると、ふっ、と廊下の闇へ消えた。

最強の人見知りである紙魚には店頭販売なんて到底無理難題なので、
当然ここは事務所営業の古本屋だ。
では何を専門としている古本屋かというと、
紙魚の店は“そのお客が探している本”を専門としている。

つまり、ここに来れば、どんな本でも手に入るということだ。

目録なんて必要ない。注文された本は必ず見つける。
それが本野紙魚の矜持だ。
事務所営業の古本屋は事務所自体を倉庫として使っていたり、
さらに多くの在庫がある場合は、他に倉庫を借りたりする。
僕はこの建物内で、トラップに飾られた玄関と、
そこから階段を上がった先、今いる帳場しか知らない。
しかし、建物の外観からすると結構な量の本が在庫できるに違いない。
帳場にも大量の本があふれ返っており、
人のよく通る筋にかろうじて畳の獣道が見える程度である。

だが、果たして普通の人間は、真っ暗闇の中にある大量の在庫から、
灯りも無しに、目当ての本を探し出せるものだろうか。
なんせ玄関と帳場は電球の光で何とか辺りの様子が分かるが、
他の場所に至っては電気も無い上、暗幕で外光が遮られているために、
目の前10cmに何があるのかも分からない闇になっている。
紙魚は懐中電灯はおろか、いつも手ぶらで闇へと入っていく。

そもそも在庫には限界がある。
けれど在庫に無いであろう本を注文された場合でも、
紙魚は、依頼者の希望通りの本を、必ずどこかからか見つけ出してくる。
超人見知りの紙魚は、業者同士の交換会にも行けないし、
それどころか、人に会うのが怖くてこの建物から出られない、いわゆる引きこもりだ。
誰か得意客が本を売りに持ち込んでいる様子もない。
このボロ寮にはインターネットが出来る環境もないし、
周囲のマンションに遮られて、携帯ですら圏外になってしまう秘境だ。
外界との交流が全く無いこの場所で、どうやって品物を回し続けているのか。
さすがに紙魚も商売人なので、その秘密は教えてくれないだろうけど。

俺は、あの崩れた屋根のあたりにタイムトンネルでもあるんじゃないかと勘繰っているのだけど、
そこまでくるともうSFだしなぁ、なんて考えながら粗茶をズズズとすすった。
冷めた白湯だった。つまり水だった。

「お待たせー致しましたー」

消えたときと同様、ふいに廊下の暗闇から紙魚が現れた。
右腕に抱えていた本を帳場机の上に置く。

「えーっとーまずはー往来さんの本ねー」

はじめに赤い布張りで図鑑大の、分厚く重い本を手渡された。
表紙に箔押ししてあるタイトルらしきものは、何語かすら分からない。
どうせ生き物に関する本だろう。往来は読めるのだろうか。
まぁ、読めるっていうか読むんだろうな、あの変わり者のことだし。
「これ、何て本?」
「一応ー背表紙にータイトルの和訳がーくっ付けてあるよー」
言われてくるりと本を持ち替えた。

『竜の棲息場所と捕獲・飼育と繁殖方法』

「……なあ紙魚。往来のやつ、次は何に手を出すつもりなんだ」
「バハムートはー召喚師にー高く売れてるみたいだよー」
「時すでに遅し!」
「あとー中日からもー依頼が来てるんだってー」
「断れそんなもん!」

往来は生き物全般を手がけてはいるが、気まぐれでブームが到来する。
前に椿の家に行ったときに巨大アナコンダで一騒動あったばかりだし、
今回の竜ブームが過ぎるまでは、しばらく往来のビルには近づかないでおこうと心に決めた。

「じゃー請求書とかー往来さんに渡してくれるー?」
「……はい」

やっぱ僕か。僕が竜の巣窟に行かなきゃならんのか。
っていうか、なんだよバハムートって。ここはFFじゃねえぞ。
渡された請求書をちらりと横目で見ると、ゼロが5個と数字が2つ並んでいた。
……往来、金、持ってんだなー。
当然だが、本の料金には、かかった手間によってピンキリの差がある。
往来が注文したこの一冊は今までの中でも高価な方だった。
あいつがこの本を頼んでまで竜を繁殖させるということはつまり、
これ以上の儲けが見込める、ということだ。
よし、届けに行くついでにメシ奢ってもらおう。

「次はー寝癖の本ねー」
「おっ、入りましたか」
「はいーどうぞー」

と渡されたのは、電車のつり棚にでも置かれていそうな漫画雑誌。
今回はだいぶと無理を言ったつもりだったんだけど、さすがの速攻だ。
「俺が、中学生2・3年の頃に読んだ雑誌で、
 金髪の女の子がギターを弾くっていう読みきりが載ってたやつ」
もしも自分がそんな注文をされたら、間違いなくキレる。
曖昧な注文でも確実に応えてくれるのが、紙魚が最強の古本屋たるゆえんだ。

「簡単だったしー寝癖はーサービス価格でー……」
「おう」
「えーっとー……」
「うん」
「そのー……」
「あ、気ぃ使わなくても少しは持ってるぞ?」
「じゃあー、ぎゅっ……」
「……ぎゅ?」
「ぎゅっぎぎゅっぎゅー……牛乳でーいいやー」
「えっ、物々交換!?」
「う、うん、ほらーわたしー鉄分とかー身長足りないからー牛乳飲まないとねー」
「おーっ!偉いな!よしよし」

思わず紙魚の頭、というかオダンゴを撫でていた。
僕や椿とほとんど歳は変わらないはずなんだけど、
見た目のせいでつい子ども扱いしてしまうよなーと思っていると、
ボンッという音とともに途端に紙魚の顔が真っ赤になって、
左腕の傷が開き、再びボタボタと血が流れてきた。なんだ一体。

「じゃっじじゃじじゃあー! はいー最後は椿さんにー」
「はいよー。椿の請求書とかは?」
「椿さんにはー先払いでーもらってるからー大丈夫ー」

ぽんと受け取ったのは本ではなく、しっかりと封をされた書類封筒だった。
封筒の口は、厳重に蝋で封されている。
もちろん中身は入っているが、妙に軽い。
感触だけでいえば、表紙は厚く、全体は薄い。
おそらくは絵本だ。

「あいつ絵本なんて読むのか」
「絵本は良いよー。けどー椿さんはー忙しい人だからねー
 読む暇もーそんなに無いんじゃないかなー」
「嘘だ、俺が行くとあいついっつも暇で、ずっと俺と喋ってるぞ」
「……はぁー死にたいー」

あれ? 紙魚さん落ち込んでらっしゃるご様子。

「まあそんな椿に付き合ってる俺も相当暇人だけどな」
「暇だとー死にたくならないー? いつでもー心中してあげるー」
「いや、もうちょっと生きたいです」
「もしー寝癖が先にー死んだらーちゃんとーあと追い自殺するからねー」
「縁起でもないことを言うな、そしてお前は生きろ」
「やだー死にたいー」
「ところでつかぬ事を伺うが、紙魚よ。椿の本っていくら?」
「聞かない方がー心臓とー精神のためだよー」
「そうですか」
「世の中にはー知らない方がー良いことしかーないものー」
「で、ちなみに、いくらなの」
「もー寝癖ってばー強引なんだからー」

なぜかやや頬を赤らめた紙魚が、動く方の右手でピースサインを出した。

「へえ、2ひゃ」
「2億ー」

うん、世の中には知らない方が良いことしかないね。
それ以上の深入りは止めた。



……いや、けど、やっぱり気になる。
あのあと、紙魚と一緒に冷めた白湯を飲みながら、
しばらく世間話をして別れを告げ、今は往来の家へ向かおうと電車に乗ったところだ。
値段を聞いて以来、椿が頼んだ本だけは胸の前に両手で抱えるように持っている。
見た目は普通の書類封筒だし盗られることなんて無いだろうけど、
自分が2億を運んでいると思うと、どうしても動悸手汗が止まらない。

で、やはり中身が気になるのだ。
どうせ椿に渡せばすぐに開けるんだろうし、なら今開けちゃっても問題ないはずだ。
っていうか、見てみたいでしょ、2億の本なんて。

そっと封蝋に指をかけた瞬間、気絶一歩手前の大電流が指先に流れた。
1日で2回ともなると体ももたず、さすがに膝から崩れ落ちた。
電車の床に倒れこむと、ピクピクと小刻みに体が勝手に震えた。
どうも相当危ない量の電気が走ったらしい。
自由の効かない体で封筒の口の部分をよく見ると
“寝癖が開けると痺れるのでご注意”と書いてあった。
「殺す気か!」
という心からの叫びに、乗客が全員振り向いた。
っていうかどんな限定トラップだ。お前は本当にただの古本屋なのか。
最強の自殺志願者はもちろんあとを追う満々なんだろうけど。
次からは防電手袋をつけてこようと、固く心に誓った。



Belle and Sebastian | Wrapped Up In Books



コメント


コメントフォーム

 管理者にだけ公開する

 
OFZK

The Jon Spencer Blues Explosion「Bellbottoms」


booklog (→all)


 日記 (645)
 つくり話 (25)
 右上の音楽ログ (1)

 2017/09 (4)
 2017/08 (23)
 2016/12 (9)
 2016/11 (18)
 2016/10 (1)
 2016/09 (7)
 2016/08 (4)
 2016/07 (9)
 2016/05 (3)
 2016/03 (12)
 2016/02 (19)
 2016/01 (16)
 2015/09 (1)
 2015/08 (9)
 2015/07 (1)
 2015/06 (14)
 2015/05 (11)
 2015/04 (9)
 2015/03 (14)
 2015/02 (14)
 2015/01 (12)
 2014/12 (10)
 2014/11 (8)
 2014/10 (10)
 2014/09 (30)
 2014/08 (15)
 2014/07 (13)
 2014/06 (22)
 2014/05 (23)
 2014/04 (25)
 2014/03 (23)
 2014/02 (17)
 2014/01 (17)
 2013/12 (18)
 2013/11 (15)
 2013/10 (21)
 2013/09 (8)
 2013/08 (19)
 2013/07 (18)
 2013/06 (19)
 2013/05 (25)
 2013/04 (28)
 2013/03 (24)
 2013/02 (6)
 2013/01 (4)
 2012/12 (6)
 2012/11 (5)
 2012/10 (7)
 2012/09 (2)
 2012/08 (11)
 2012/07 (12)

OFZKed by sonton



adimin