20140508 Thu
金魚ファーラウェイ


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今日読んだ本 『金魚ファーラウェイ


仕事がなかなか片づかなくって少し遅れた。
入り口に居た店員に人数を聞かれ「待ち合わせなんですけど」と答える。
ちょっとは頭使って仕事しろよ。週末の夜に1人で大衆居酒屋に呑みにくるOLなんて居ねえよ。
いや、私が知らないだけでひょっとすると居るのか?
周りがワイワイとにぎやかに楽しくやっているなか、
待ち合わせの相手は、隅っこのテーブル席のさらに隅に小さくなって、
一心不乱に本を読んでいた。もう一度言います、ここは大衆居酒屋です。

「お待たせー」
「ああ、うん、ちょっと待ってて、今、いいとこ」

と言われたものの、私は待たずに席に着く。っていうか、何を待てと言うのかコイツは。
案内してくれた店員にとりあえずビールを注文した。

対面に座るバカを見て、お前さぁ三十三にもなってさぁ、と思わず溜息をつく。
それ自分で切ったろっていう不揃いでボッサボサの髪、
休みの日だからって伸ばしっぱなしの無精ヒゲ、ガッツリ猫背、
おそらく今日も全身ユニクロ、しかもオーバーサイズ気味。
かたや私、どこからどう見てもバリキャリ(死語だ)。
周りからは、私たち2人はどう見えているのだろうか。
まぁ、社会人と大学留年生の姉弟あたりだろうな。
下手すると、リアル『きみはペット』くらいには思われてるかもしれない。
後者が当たらずとも遠からずとしか言えないのが歯がゆい。
付き合っているのに、立場が違いすぎるんだよ、まったく。

「アンタ、なに呑んでんの?」
「最近ようやく再版されたポルトガルの」
「読んでんの、じゃねえよ、呑んでんの、だよ」
「え、あぁ、うん、ジンジャーエー」
「はぁ!?」
「えっ!? あ、ごめん」
「アンタ、ここ、居酒屋よ?」
「ごっごめん、ほらお酒飲めないし」
「呑めないじゃねえよ、呑むんだよ」
「んな無茶なー、あはは」

笑ってやがる。そしてまた本に戻ってやがる。
マス大山をも殺すと言われた私の睨みも全く気にならないようだ。
コイツの数少ない美徳のひとつは、
自分のことで何を言われても全然怒らないし、絶対に人の悪口も言わないところで、
だけど長所は裏返すと短所にもなって、つまりコイツはだいたい自分ばかりが悪いと思っている。
自分のせいだと笑ってれば済むと思っている、本当にどうしようもない奴だ。

遅っせえなビール、まぁ金曜の夜だししょうがないかな、と、ポーチから取り出したタバコに火を点けた。
手持ちぶさたついでにコイツの残りの美点を挙げてみることにした。
・目の前で私がタバコ吸っても嫌がらないし止めない。
→果たして私のことを本当に考えてくれてるのかどうか心配にならないこともない。
・酒もタバコも博打もやらない。趣味は読書だけ。
→逆に言うと、クソつまらない奴。
以上、打ち止めです。
ダメなところはまだ全然言える。あと200個くらい今すぐ言える。
残念ながら、ダメなところってのはひっくり返って長所になったりはしない。

しかし、いつまで“いいとこ”っての読んでんだよ、と、
いい加減しびれを切らした私はタバコをもみ消すと、
テーブルに乗りだして、ガッと鷲掴みに文庫本を取り上げた。

[フェルナンド・ペソア『新編 不穏の書、断章』(平凡社ライブラリー)]

「だっしゃああらあああああ!!」
「うわああっ!!」

ブン投げた。ノールックで後方へブン投げた。
今すぐNBAにスカウトされてもおかしくないレベルでブン投げた。
後ろでドンガラガッシャーンと盛大にグラスがぶっ倒れる音がして、
にわかに店内が騒然とし始めたが気にしない。

「てめぇ、花の金曜夜に彼女呼び出しといて、
 クソ暗い文庫本にカブりつきとはどういう了見だ!」
「あはは、まあまあ落ち着いて。暗い内容じゃないし、
 それに文庫本じゃなくって、あれは平凡社ライブラリーっていう文庫判よりちょっと大きめの」
「んなこたどうだっていいんだよ!
 今はオマエがツッコむターンじゃねえ、まずは謝れ! すぐさま! 土下座で!」
「お客様、申し訳ありませんが、店内で書籍の遠投はご遠慮頂きたく、」
「うるせえな! てめえはさっさとビール出しゃあいいんだよ!」
「ひいっ、すみません!」
「ごっ、ごめん!」
「なぁんでオマエまで謝ってんだよコラァ!!」
「いや、さっき、謝れって、だから」
「オラッ! しばくぞオラァッ!」
「痛っ! パチキ!? パチキは勘弁してっ!」
「おっお客様! 店内でお連れ様への暴力はご遠慮頂きたく、」
「あ。じゃああんた、コイツの代わりに、死ぬ?」
「めめめめ滅相もございません!」
「しっ、死ぬの!? 俺、死ぬの!?」
「分かったらさっさとビール持ってこいや! どかんと樽で持ってこいやー!」
「はいっ、喜んでー!」
「出禁上等じゃボケェーーー!!」
「ぎゃああああああ!!」


5分後、早々と店内は落ち着きを取り戻した。
もともと騒がしかったし、店員は片付けには慣れているしで、
あまり大事にはならなかったようだ。
さっきマネージャーらしき人が、もう来ないで下さいって土下座しに来た以外。
来れるわけないだろ。っていうか、土下座よりも先にビール持って来いよ。

「で、話って何?」

なんでこの期に及んで私に話をふらせるかねえ、と苦々しく思いながら、
掴まれ振り回され、若干ボロボロになったもののまだ生きているバカに聞く。
一緒に暮らしてるのに、今日はわざわざ「話があるんだけど」と呼び出されたのだ。
バイト以外ではほとんど部屋から出ないコイツにしては珍しいと、
朝から嫌な予感しかしなくて上の空で何も手に付かず、
他にも部下のミスを被って方々に頭を下げまくった挙句に残業、
そして生理前、と。機嫌が悪くなる要素で役満。
コイツに多少当たったところで私に罰は当たるまい。
話のあとで当たるようなことはしたくないし。

「実は、その、あの、話があってさ」
「そこまでは今朝も聞いたっての」

手元に本が無いとコイツが途端に挙動不審になるのは知ってるけど、
こういったことはせめてちゃんと目を見て話したい。
まぁ、以前コイツに目潰しを喰らわせてからというもの、
恐怖心からか目を合わせてくれなくなったのは私が悪い。

コイツにとって本は、ライナスの毛布みたいなもので。
それって私じゃダメなのかなぁ、と思わないでもない。
私はコイツの二歳上で、つまり今年で三十五。
切羽詰ってるっていうか、もう遅いんじゃないのっていう歳だ。
ま、バカはバカなりに自分で使う分はちゃんと稼いできているし、
周りには色々言われるけど、私はコイツが良いならそれで良いやって。
私もこのままが良いやって、っていうか、
このままで居させてよってずっと願ってた。

だってさあ、好きなんだもん。
好きになったもんは、しょうがないじゃん。
嫌いにはさぁ、なれないよねぇ。だけど、


「あの、ごめん、このままじゃダメだし、ちゃんと言って、ケジメをつけようと思って」

そっかそうだよねちょっと違いが出来すぎちゃったよね、って冷静に受け止める私。
おいおいこんな長い間一緒に居てここでポイってお前は国分太一かよ、って冗談っぽくツッコむ準備をする私。
てめえふざけんじゃねえよ!、って再び襟ぐり取りにいこうとする私。

そんな沢山の感情の私を差し置いて、実際の私は鼻をスンと、一度すすっただけだった。

あれ、と思った瞬間、胸のすこし下あたりががググッと押し込まれて、
それとともに喉がググッとせりあがってきて、上手く息が出来なくなって、
苦しくなった。唇を噛んだ。視界が温かなものでボヤァッと滲んだ。

ダメだダメだやっぱダメだ。ここで何とか止めないと。
流れるな、涙。脱線しろ、話。
しくったなー、リプリルフール塗ってくるんだったなーって今さら猛烈に後悔した。
あれさえ塗っておけばたとえ嘘でも言葉は出てきたのになーって。
今日は絶対に大事な話になるだろうから、正直に話し合いたいなっ、うんっ、
とか可愛いこと考えて塗るの止めたちょっと前の私、やっぱダメだぞ塗っておけ!
とりあえずバカが言いよどんでいる間に何か言わなきゃと口を開いた。

「……で?」

で?、ってなんだよ私。話の先うながしてどうすんだよ。
ってかすでに涙声になってるんじゃねえよ私。
やばいあと一言でもいやあと一文字でも喋ったら涙出るやばい。

「あの、あまり本読まないから知らないだろうけど、
 実は俺、最近文学賞とってさ、ちょっとだけど賞金もらえて」

「……へ?」

一文字喋ったので思ったとおり、ポロッと、涙がこぼれた。
けど、バカはまだモジモジしていて気付かなかったようだ。
なんだか話が脱線したようだったので、二粒目の涙は勝手に引いた。

まままままマジで?
それって結構凄いことなんじゃないの?
っていうか、アンタ、本読んでるだけじゃなくて、小説なんて書いてたの?
いやー、ずっとパソコン点けてインターネットばっかしてるもんだと思ってたんだけど、
へぇー、そうー、頑張ってたのねー、
ごめんねー、私、家に居るときは寝てばっかで、
はー、全然気付かなかったわー、うん、
って言おうとしたんだけど、陸に上がった魚みたいに口がパクパクと動いただけだった。

「それで、一応小説家としてやってけるかなってなったので」

「……へ?」

「あのー、俺と結婚してください、ごめん、遅くなっちゃったけど」

「……へ?」

「あはは。で、その、一応、指輪も」

「……へ?」


ユニクロのパーカーのポケットには不釣合いすぎるケースが出てきて、
なにそれ、違いすぎるでしょ、私たちみたいじゃん、
って言おうと思ったんだけど、ダメだった。
もうどうしようもなく、ボロボロ泣いてた。
バカ、ってかわいく言ったつもりだったんだけど、
「ぶわあぁぁくわあぁぁぁ」ってなるくらい泣いてた。
それでバカが笑ったので、腹立っておしぼり掴んで投げて、
まだ笑ってたので、テーブルにあるものとりあえず全部投げた。
ジンジャーエールも、まだだいぶ残ってたけど投げた。
どうせもう出禁だし、この先こんなことなんてもうないだろうし。
投げるものが無くなってから、ようやく、指輪のケースを受け取って、開けた。

嘘みたいな夢なのか
夢みたいな嘘なのか

ま、嬉しかったし、なんだっていっか、なんて。


   金曜の魚民みたくふれあい、あぁなんてことビールより先に




「ありがとね、ほんとにうれしい。
 この指輪っていくらだったの? 無理したんじゃない?」
「50万だよ」
「……文学賞の賞金って?」
「50万だよ」
「うふふ」
「あはは」
「うふふふふっ」
「あははははっ」
「お待たせ致しました、ビア樽でございます」
「スッカラカンじゃねえか、この大バカヤローーー!!」
「おっ、お客様っ、ビア樽が、ビア樽が宙をおおあああ!!!」
「のおおおおおおっ!!」



Elliott Smith - The Biggest Lie



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山瀬まみ「ゴォ!」


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