20140513 Tue
保坂和志『残響』


今日読んだ本2冊

ガールフレンド (P‐Vine BOOKs)ガールフレンド (P‐Vine BOOKs)
(2011/08/05)
しまお まほ

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友達のブログを思い出した。オリーブ少女つながり。


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保坂和志『残響』

前に友人ツンタローから、貴志祐介『雀蜂』を
「つまらなかったので、ソントンさんの感想を聞かせてください」
と言って貸し出されるという新手の嫌がらせを受けた、という話をしましたが、
その感想ブログを読んだクララズことウッチーから、
「ちょっとこれの面白さが分からなかったので、ソントンさんの感想を聞かせてください」と渡され、
え、この嫌がらせ、流行ってんの? とお借りした本である。

そう言われたからには、ブログに書かんといかんだろうと、思いまして。
以下に、結局まとまりきらなかった感想を書きます。


なんつーか、現代文の入試問題に出てきそうな感じと言いますか。
けど、面白さ、ってのには色々種類がありますよね、
エンタメ小説を読んでオモシロー!ってなる面白さもあれば、
(今日再読した野崎まど『小説家の作り方』なんかそう)
なんつーか、よー分からんけど、面白いよね、って本もありますよ。
保坂さんの本は確実に後者ですわな。
他にはずいぶん昔に『カンバセイション・ピース』を読んだだけなんですけど、
あ、こんな感じやったなーって、思いました。

まずね、ストーリーの書きようがないですよね。
登場人物が何人か出てきて、うだうだ考えてるだけなんやもん。
2本収録されてます、「コーリング」と「残響」。
で、どっちも皆うだうだ考えてるだけっていう。
それで、なにがすごいって、ちゃんと全部のうだうだにキャラが立ってるっていうところ。
登場人物が結構ややこしい人間関係になってるんやけど、
(誰かと誰かが元カップルで、その片方のことを思い出してる人が居て、
 で、それが誰かの職場の先輩で、その先輩と今は誰かが付き合ってて、みたいな)
メモを取らずにザーッと読んだだけでもなんとなくは掴めるし、
描写は少ないものの、そのキャラの外見や人となりまで想像できてしまいます。


2本とも、同時進行的に時間が経過していくんやけど、
「コーリング」では時刻が表記してあることが多くて、そのぶんスタイリッシュな印象を受けました。
主な登場人物3人の場面が近くに重なることがあって、
(時刻が進むときに場面の説明がリセット的に入ってくる)
そこが映像になるなら、
 それまである人物を映していた画面がカットアウトして、
 一旦、3分割になった画面が映り、
 それぞれに別の場所で過ごす人物が移ってて、その画面の上にデジタル表示の時刻が映って、
 で、またカットアウトからある人物のシーンへ、
という映像が想像できて、オッシャレーと思いましたね。
あと、登場人物の男性が今の僕の歳に近いこともあって、共感するところもありました。
なので、クララズにはあと5年もすれば分かると思います。
あと、色っぽいチエとか、哀愁漂うヒゲパンとか、印象的なキャラが出てくるのも良いですね。


「残響」の方に、この本の主題は書いてあって、
そのぶん「コーリング」よりも登場人物の設定ではなく思考の方に重きが置かれた書き方をされてるので、
ぶっちゃけエンタメ小説に慣れた身には途中もうホントに退屈でしょうがないんですけど、
一行に簡略して書くなら、
それぞれの脳の中にしかないことってどこかに記録されてるの?読み取れるの?伝わるの?
っていう話じゃないかなと。
特に登場人物のうちのある男性が、喫茶店から見えるゴルフ練習場の老人とカラスを眺めながら、
延々とこのことを考え続けるわけです。

この反対側として描かれるもので、前の住人の痕跡が残っている家、も登場します。
物質として残ってる記録からも限界はあるし、そこから先は結局想像に任せるしかない、という。
(実際、この家に引っ越してきた夫婦の頭の中では想像に食い違いが見られる)

で、ラスト近くになって、急に面白くなる部分があって。
喫茶店にいる男性の思考が、

“野瀬俊夫は「ゴルフ練習場の痩せた老人」と「電線でそれを見るカラス」と「老人とカラスを見ている自分」という三者が同じ一つのフレームにおさまっているビデオの映像と、それを解釈しようとする機械を考えた。”

っていうところまで、行くんですね。
前後に“機械”についての描写が重ねられてるんで、その通りに読むのが正解なんでしょうけど。
僕は踏み込んで、この部分の記述は、小説の登場人物(「老人とカラスを見ている自分」)が、
この本『残響』(「同じ一つのフレームにおさまっているビデオの映像」)を読んでいる我々読者(「それを解釈しようとする機械」)についてまで、
考えを巡らせてしまっているメタ描写だと取りたいわけです。

すると、主題の「脳の中にしかないことってどこかに記録されてるの?」っていうのは、
つまり、小説内では会話以外、地の文ってことになりますよね。
記録されてんじゃーん、っていう。面白いメタ描写するねーって、
思ったところでそのすぐあとの文章に、

“しかし意味を必要とする人間は、再生されるビデオを見ながら、いくつもの可能性の中から、自分の気持ちに最もそぐう解釈を選ぶ”

と、貴様がメタ描写だと読むことは折込済みですよ私の戦闘力は5万です、とばかりにカウンターパンチ。
さらには、

“「見るもの」ではなく「見られるもの」として、想定されたいくつもの可能性のうちの一つになることを引き受けることの方が、この世界の要請していることにちかいと、いま野瀬俊夫は感じていた。”

ま、俺はそこまで分かって、お前に読まれることを選んでやってるんやけどね、と、
まるで小説内の人物に直接語りかけられているかのような記述。

183ページ目は濃いぞ、と、思いましたね。

それぞれの脳の中にしかないことってどこかに記録されてるの?読み取れるの?伝わるの?
っていうことを考えてしまうのは結局、登場人物の思うとおり

“みんな誰だって自分のことがたまには誰かから思い出されていることがあると思って生きているはずで(そうじゃなかったら生きていられないと早夜香は思った)”

ってことで、誰だって淋しいのは嫌だからなんだろうなーと思いましたね。


ってな感想になっちゃいましたが、ご満足いただけましたでしょうか、ウッチー。
ほんとにザックリとしたことしか書けませんでしたが、
細かく読んでくと、興味を持続させるようなエピソードが色々と挿入されてたりで、
派手な場面は無いものの、全体にわりかし面白い(interesting的な意味で)話だったと思います。



Cicada - 熄燈之後的城市 Meteoric Night

省思311



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