--------
 >スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。




20140820Wed
 >花を

↓桐村さんの美しいイラスト


↓怒られるまでやってやるっての


今日も、目が覚めた。
目覚まし時計に頼らず起きられるようになったのはいつのことだったろう。
ゆっくりと起き上がると、背を伸ばした。
体中からミシミシと嫌な音が響く。
長く吐いた息は、深呼吸だったのか溜息だったのか、自分でも分からなかった。

カーテンを開ける。外はまだ暗い。
見上げるともう月は無く、空はカラスの目のような色だ。
早起きの鳥が鳴くのが聞こえた。
今日も天気は良さそうだ。昼にはきっと暑くなるだろう。

僕は早朝の時間が一番好きだ。
空が黒からだんだんと淡く青くなっていく。やがて太陽がまた昇るだろう。
代わり映えしない一日が始まると知っていても、それは神秘だ。
レースカーテンだけを再び閉める。
サイドテーブルに置いたメガネを手に取り、洗面所へと向かった。



寝巻きと見分けのつかないような普段着に着替え、階段をのぼる。
手すりを掴んで一歩一歩ゆっくりと。
それでも少し息があがってしまった。
自分の体のままならなさに思わず苦笑いだ。
左手には、切花を持っている。折れてしまわぬように、そっと。
僕は花の名には詳しくない。白い、可愛らしい花だ。
2階のカーテンの隙間から差し込む朝日に、
舞い立ったホコリがキラキラと輝いている。

ずいぶん昔に行った映画館を思い出した。
かかっていた映画は、貧乏な若い男が二人、
田舎へと休暇を楽しみに行くのだが、
結局散々な目に会うという、どん詰まりな内容だった。
何においてもデジタル化が進んでいたあの頃、
その映画館は頑なにフィルムで上映することを旨としていて、
昔気質の映画ファンには人気の映画館だった。
しかし、入居していた駅ビルの取り壊しと同時に閉館。
あの映画館に入り浸っていた、落ちぶれた、という形容がぴったりの男たち。
再開発ですっかり綺麗になった駅の周りには、もう見当たらなかった。

ようやく2階にたどり着き、カーテンと、ついでに窓も開けた。
朝の涼しい風に、幻想の映画館は吹かれて消えた。

2階の端、もとは物置だった部屋。
カーテンを閉めておけば、夏でも涼しく薄暗い部屋の角に、
彼女は居る。

白いブラウスに芝生色のカーディガン。
小さい花柄が散りばめられた紺のロングスカート。
まるで昔の映画に出てくる、田舎娘のような格好だ。
しかし、大きめの一人掛けソファに深く座り、
少し上を向いた顔は、この世のものとは思えない美しさ。
どんな女優だって敵わないだろう。
軽く閉じられた目。意志の強そうな少し太い眉。
長い黒髪は綺麗にあげられて、すらり白いうなじがのぞく。

その首には太いコードが接続されていて、
アームレストに置かれた左手からも細いコードが何本か生えている。
コードはそれぞれ、壁のコンセントや、傍らのパソコンに繋がっている。
パソコンをスリープモードから立ち上げた。

<Enter your ID and PASS>

促されるままキーボードへ、すっかり覚えたそれぞれ12桁の英数字を入力する。
いくつかの小さな電子音。HDと冷却ファンが回り始める。
1分ほどして、彼女の目が開いた。
大きく黒い目が、僕を見る。

「……はじめまして、ご主人様」
「おはよう、アムリタ」
「アムリタ?」
「君の名前だよ」
「かしこまりました」

いつもと同じ挨拶を済ませながら、コードを外していく。
彼女のバックアップが上手く保存されなくなったのはいつのことだったろう。
サポートセンターはおろか、彼女を制作していた会社すら、とっくの前になくなってしまった。
考えたくもないが、いつか老朽化によって、これ以上のトラブルが起こるだろう。
起動させずに置いておくのが一番だろうが、それももう無理な話だ。
彼女がなくては、僕はまともに生活がおくれない。

動作が安定し、やがてソファから立ち上がった彼女の髪に、そっと花を差した。

「どうなさいましたか」
「似合うかと思って」
「ありがとうございます」

柔らかい笑顔。殺風景なこの部屋が一瞬明るくなったように思うほどの。
そんな君の髪に、皺だらけの僕の手は似つかわしくないような気がして、
さっさと手を引っ込めた。

「なにか御用はございますか」
「朝ごはんにしよう」
「かしこまりました」

プログラムされたとおりに、君は僕の少し前に立ち、待つ。
その細い肩に手をかけると、機械らしい精密な動きで、
部屋の外へ、階段へ、階下へと導かれていく。
僕が咳をすれば止まり、こちらの呼吸や心拍数に合わせ、歩くペースを変えてくれる。

アムリタ、君はいつまでも変わりなく美しいままで。
僕はすっかりおじいさんになってしまったね。

今日もまた代わり映えしない一日が始まる。
朝ごはんはトーストにゆでたまごとサラダだろう。
片付けが終わったら洗濯と布団を干すのをお願いしよう。
昼ごはんは食べられない。もうお腹が空かないのだ。
掃除を終わらせたアムリタに、また話を聞いてもらおう。

読んだ本のこと。観た映画のこと。行った場所のこと。
君を家に迎えた日のこと。
始まってしまった戦争のこと。
死んでしまった妻のこと。
いつもの話だ。けれど全部、まだ君の知らない話だ。

いつもの話をしようアムリタ。君がいなくなってしまう前に。
いつもの話をしようアムリタ。世界が終わる5分前に。



Gregory and the Hawk - Doubtful



  

カテゴリ
日記 (619) 作り話 (25) 

過去ログ
2016/12 (9) 2016/11 (18) 2016/10 (1) 2016/09 (7) 2016/08 (4) 2016/07 (9) 2016/05 (3) 2016/03 (12) 2016/02 (19) 2016/01 (16) 2015/09 (1) 2015/08 (9) 2015/07 (1) 2015/06 (14) 2015/05 (11) 2015/04 (9) 2015/03 (14) 2015/02 (14) 2015/01 (12) 2014/12 (10) 2014/11 (8) 2014/10 (10) 2014/09 (30) 2014/08 (15) 2014/07 (13) 2014/06 (22) 2014/05 (23) 2014/04 (25) 2014/03 (23) 2014/02 (17) 2014/01 (17) 2013/12 (18) 2013/11 (15) 2013/10 (21) 2013/09 (8) 2013/08 (19) 2013/07 (18) 2013/06 (19) 2013/05 (25) 2013/04 (28) 2013/03 (24) 2013/02 (6) 2013/01 (4) 2012/12 (6) 2012/11 (5) 2012/10 (7) 2012/09 (2) 2012/08 (11) 2012/07 (12) 


このブログのタイトルは OFZK です
ソントン という人間が書いています
だいたい本を読んでいます





/
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。