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20141022Wed
 >喫茶 方向音痴

 低血圧の朝は辛い。低血圧で低気圧の朝はもっと辛い。
 今日は大事な約束があった。朝から雨。ほんと僕って雨男だよなぁ、としみじみ思う。起きなきゃなー、用意しなきゃなー、と思いながら二度寝。昨晩は緊張につきよく眠れなかった。昼前までウニャウニャゴロゴロして、シャワー浴びて、トースト食べて、服をさんざ迷って劇場版のドラえもんのごとく部屋をとっ散らかし、つまるところ寝癖さえついてなきゃ大丈夫なんだよ多分、と結局ギリギリに家を出た。

 もしかすると待ち合わせ場所周辺は晴れてるかも知らん、お頼み申したぞ道真公! と小学生のような望みをかけたものの、電車で20駅も行かない場所で気圧配置が変わるはずもなく。待ち合わせ時間少し前には駅へ辿りついた。そぼ降る雨に濡れて肩をすぼめながら歩くこと百メートル。僕が喫茶店に来るときは大抵雨が降っているような気がする。
 毎度、この喫茶店を待ち合わせに指定されるので、分かってはいたはずなんだけれど、やはり階段の前でしばし躊躇した。とりあえず傘をたたんでみる。目の前にはたしかに階段がある。これをのぼれば喫茶店には着く。単純なことだ。小学生にも分かる理屈。
 そんな理屈を屁理屈に捻じ曲げてしまっているのは、階段が15階までひたすら続いているという現実だ。
 いやさ、小学生なら一気に上れるだろうけどさ、三十路前の男にゃただただキツイだけだぞ、っていうかさ、バリアフリーとかさ!!! といつものように気合を入れて、階段を駆け上った。まぁ、威勢が良かったのは4階あたりまでだったのは言うまでもない。

 息も絶え絶えに15Fに辿りつく。残念ながら、勝負はまだ始まっていないのだ。鉄球を付けたように重い足を引きずり、建てつけの良いスイングドアを開けた。湿った木の匂いがまとわりつく。
「いらっしゃいませ」
いつもの店員さんがゆったりとした口調で迎えてくれた。名札が無いためにいまだに名前は知らない。目の下あたりで真っ直ぐに切りそろえられた黒髪、クラシックなメイド服にも見える制服。なによりその肌の色。人形よりも血の通って無さそうな、白。
「あの、待ち合わせなんですけど」
「はい、承知しております、お連れ様は」
 頼む、今日くらい、優しくしてくれても
「一番奥のお席でお待ちです」
 やっぱり非情なのな。

 最低限の言葉だけで歓迎は終わり。店員は、レジカウンターの横に置いてあったカンテラを持ち、ついと先を歩き始めた。ミシと床が鳴る。あわてて後を追った。店の奥へと進む。下りの階段がある。降りたところで左右に通路があるのが見える。道幅も天井も狭い。周囲は木の板が打たれている。薄い板だ。踏むたびにきしむ音がする。キイキイ。店員が左に曲がる。それに続く。上りの階段。ミシリミシリ。通路に、窓は無い。灯りも無い。階段の先は闇である。どこまで続いているのか、まったく分からない。階段を少し上ったところで店員がカンテラに火を入れる。ちょうど二人分を包む暖かな光。階段を上り終わったところで、左右に道が分かれている。右へと進む。下りのスロープになっている。大回りに左に曲がりながらゆるやかに道は下っている。いや、いつのまにか体が自然と前のめりになっている自分に気付く。とすると、これは上りか。やや右に体が傾いた気がして、壁に手を付く。前を行く店員の姿勢はまったく崩れていない。自分だけの錯覚なのか、しかし重心が右に寄っていく感覚はどこまでもどこまでも続く。道が捩れているようだ。どんどんと捩れはひどくなる。狭い通路。景色はまったく変わらない。三半規管が変になりそうだ。いよいよ右手に力をこめなければならなくなったとき、通路の先に再び分かれ道が現れる。右へと行く上りの階段。左斜め下へと行く下りの階段。どこまで続くのか、真っ直ぐの上り階段。ギシギシ。店員はそのまま真っ直ぐに進む。真っ直ぐ、ただ真っ直ぐ。あとを追う。なんだか体が後ろに傾いていく気がする。はたしてこの階段は真っ直ぐに上っているのか、前を行く店員を見る。店員の姿勢は一向に変わらず淡々と前へ上り続けている。後ろを振り返った。さきほど分かれた道が、45度ほどに傾いて見える。やはり、この階段は反っている。このまま行けば重力にしたがってどこかで頭から落ちてしまう。はずだが。再び前を向く。やはり店員の姿勢はまったく変わっていない。淡々と前へ進む。
 はじめてこの店に来たときに教えてもらったおまじないを、また今回も使わなければいけないようだ。目をつぶった。自分がどこにいて、どの方向へ向かっているのか、まったく分からなくなったときのおまじない。目をつぶったまま、3つ数え、開ける。店員がさきほどより少し進んだ場所を歩いている。その背中だけを見て、進む。体が後ろに傾いた感覚は、もう無くなっていた。木製の螺旋階段が現れた。上下どちらへも行ける。どこまで上るのか、どこまで下るのか。はたしてそれは、外界でいうところの上なのか下なのか、もはや僕には分からなくなっていた。
 何本の分かれ道を通ったのか。どれくらい階段を上り下りしたのか。この右はあの右なのか、この左は例の左なのか。三次元座標での現在地を完璧に見失った頃、ようやく通路の先の小部屋に、別の灯りが見えた。店員は入り口で脇に寄って、僕を先に通してくれる。僕を導いてくれたカンテラは、部屋の入り口近く、邪魔にならないところに置かれた。
 先にテーブルの上に置かれていたカンテラが、待ち合わせ相手の顔を照らす。改めて見ても小憎らしいくらい整った顔立ち。読んでいた本をテーブルの上に置き、メガネを取る。ふー、と、タバコの煙を吐くように、細い長いため息をひとつ。黒目の大きな瞳が、こちらを向いた。いつも少しだけ不機嫌そうに見える表情からは、何を考えているのかまったく窺い知ることが出来ない。女性にしては低めの、冬毛キツネの前脚のような感触の声が、抑えたボリュームでこぼれた。

「……遅いよ」
「アホか! そりゃ遅れるわ! 毎度毎度一番奥の席ってなんの嫌がらせなんスか!!」
「だって寝癖さんの嫌がる顔、見たいんだもん」

シンプルなわがままは正論をぶっ倒す。
丁目 伎梨(ひのとめ あやり)のやり方はいつだってそうだ。

「じゃあ!じゃあ!すみません、とんこつラーメンにんにく増し増しをください!
 この小部屋を肉と脂の匂いで一杯にしてやりますよ! ぐはははは!」
「嫌がらせの相手を間違うことほどバカなことは無いよ」
「じゃあーあー!……すみません、ホットコーヒーで」
店員が小さく「かしこまりました」とだけ言って下がる。さすがに歩き疲れていたので、くたりと椅子に座り込んだ。ボロボロの僕の様子を見て伎梨さんが不機嫌そうな顔をしまい、実に楽しそうにニッコリと笑った。
「ごめん、ちょっと走って喉渇いたので、水をもらってもいいですか?」
「はい、どうぞ」
もちろん芋焼酎のロックだった。盛大に吹き散らかした。
「きたねーな!」
「子どもなら急性アル中で死んでるぞ! 水をくださいって言ったでしょうが!」
「これが、私にとっての、水なんだよ」
ほぼほぼ連日酒宴を行なう伎梨さんがそうと言うなら、そうなのだった。
 どこをどう通ってきたのか、あっという間に運ばれてきたホットコーヒーと、水のしたたる焼酎グラスで乾杯。何かが間違っている気がするが、この場ではあくまで僕の気のせいなのである。
「で、今日は何の用事ですか?」
「寝癖さん、最近なんか面白いことあった?」
「え?」
「うん?」
「それ用事?」
「うん」
「それだけ?」
「うん、悪い?」
迫っている締め切りがいくつかあるんだけど、と僕の口が良いかけたのをあわててつぐんだ。とにかく伎梨さんとの待ち合わせは常に大事な約束なのだ。もうこれは絶対。伎梨さんはこの世の真理を司る神のような人なのだ。と、僕は信じ込んでいる。周りはどうあれ信仰とはそのようなものなのである。と、無神論者の僕は思う。椅子に思い切りもたれかかって、これまで浮かべたことの無いような嫌そうな顔をして。
 「いやー、寝癖さんの嫌がる顔って、やっぱ良いよねー」
うなづきながら、まったく小憎らしいくらいに整った顔で、楽しそうに伎梨さんが笑う。うん、まあ、この顔をまた見られたというだけで良かったのだよ。ほんとに。
 伎梨さんの笑い声の隙間、どこかで木の板を踏む音が聞こえた、気がした。



  

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このブログのタイトルは OFZK です
ソントン という人間が書いています
だいたい本を読んでいます





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