20141101 Sat
こんな日にも音楽は鳴るのだ


 訳あって、池袋の某ユニーククロージングウェアハウスへ、一度購入したものを返品しに行った。一応行く前に電話して、返品可能であることを確認してはいったのだけど、ただでさえ服屋が苦手なので、手のひらを汗でべっしょべしょにしながらレジに向かった。根暗野郎がどもりまくって返品したい旨を言ったにも関わらず、レジのお姉さんは快く対応して下さり、無事に返品を受けてもらえることになった。僕はユニーククロージングウェアハウスの採用形態をよく知らないのだけど、レジに立っていたのはおそらくアルバイトの方だったのだろう、インカムで社員らしき男性を呼ぶと、僕から返品を受けたことを説明していた。男性が、持っていた鍵をレジに差し込み無事に、はい、返品終了となるかと思いきや、男性社員が女性アルバイトさんに何事かを尋ねた。おそらく客に聞かれるとマズイことだったのだろう。レジカウンターを挟んで数十センチ足らずの僕のところには全く聞こえないような音量だった。女性アルバイトも聞こえなかったらしく、聞き返す。男性社員言い直す。これを5回くらいやってた。女性アルバイトは男性社員の立っていたのとは反対の耳につけていたインカムのイヤフォンを取ってまで聞き取ろうとしていたが最後まで分からないみたいだった。男性社員はゆっくり言うとか、声を大きくするとか、そういうことは全くしてなかった。僕の方からは男性社員の唇の動きが見えたので、3回目くらいに言ってることに気付いた。
「理由は?」だった。
やりとりが繰り返されてるあいだ、声が聞こえなくても案外目を見れば内容は通じるものなのかもなー、とか、理由って「間違って買ってしまった」だけで良いのかな、とか、ボケッと考えていると、朗らか接客業スマイルのまましびれを切らしたらしい男性社員が僕に向かって「お客様、すみませんもう伺ったかもしれませんが、ご返品の理由はなんでしょうか?」と聞いてきた。「あ、はい、色を間違えまして」と答えると、男性店員がレジを代わって、代金を返してくれた。僕がお金をポケットにしまっている間、女性アルバイトが「すみません」と謝って、男性社員は接客スマイルのまま「ごめんね、俺の言い方が悪かったね、英語で言ったほうが良かった?」と言っていた。

 僕はもちろん、某ユニーククロージングウェアハウス池袋サンシャイン60通り店のメンズフロアで、どういう空気が出来上がってるのかは知らない。僕は彼女が帰国子女なのかどうか知らない。彼が実際嫌味な奴なのかどうか知らない。もちろん彼女の表情を見てれば大体のところは分かったけど、それは憶測だからあの店について何も言わない。僕がされたことはスムーズに電話で案内されて、スムーズにレジで受け付けてもらい、多少のギクシャクはあったけど無事に返金もしてもらえた。だから僕が直接被った迷惑はひとつもないので、言いたいことなんて何もない。

あ、こういうこと、俺も多分やってるわ、と思っただけである。

ちょっとしたことでイラッとして、自分がやり方を工夫すれば良いのにそのまま押し通して、立場的に何も言えないような相手に、笑って嫌味言って、それで満足する、みたいなやり方。
あと、男性社員が言ってるのが「理由は?」だと分かって時点で、俺の方から言ってしまえば、もしかしたら彼女は嫌味を言われずに済んだかも知れない、ってことも。
胃がギリッとなって、慌てて池袋を離れた。本当に嫌いな街だ池袋。本当に嫌な奴だ僕。

 昼にそんなことがあって、夕方には新宿の永遠二十一という服屋でズボンを買おうとしたのに試着室が分からず、フロアに店員さんも居なかったのでわざわざ一度レジに並び試着室の場所を聞くと、フロアの3分の2を占めているレディース物の奥の奥を指されて「あちらですー」、ってそんなん俺みたいなヘタレ男子が気付けるわけないやんと心中愚痴りながらも大人しく試着室に向かい、並んでた中で一番小さいウエストのものを選んだにも関わらずやはりちょっとだけ余るという痩せ体型の宿命を味わい、外にいた店員さんに「これって一番小さいやつですよね?」と聞くと、「えーっと、(首から下げたメモ帳をめくって、何も書かれていない白紙のページを開き)はい、そうですね!」。ちょっと待てと。あなた今何を根拠に答えたんですかと、問うことが出来てたらもう少し要領の良い人生を送れたかもしれないのになぁと思いながら「あ、そッスか、ざーす」と、結局ズボンをそのままレジに持っていき、先ほど試着室の場所を教えてくれたマティスの絵みたいな化粧をほどこした店員さんに勘定を頼み、命からがら永遠二十一を逃げ出した。一気に2ヶ月分くらい歳をとった気分だった。


 夜は楽しみにしていたテナーサックスの川下直広さん率いるカルテットのライブを聴きに行った。上記のような理由で、精神的なコンディションはベッコベコ。以前、長いこと付き合っていた人にフラれた翌週に、大好きな“くるり”、大好きな“渋さ知らズ”のライブを観に行って、まったくのれなかったという悪夢のような経験があったので、ライブを楽しむには心の状態が大事だと思ってた。だから、今日はきっといまいちのれないだろうなぁ、すみません川下さん、と思ってた。川下さんのライブを聴くのはこれで3回目。今回もまたハーモニカのソロから始まり、やがてバンドが重なって、不破さんが1曲目『ナポリタン』のベースリフを奏でる。川下さんが、個人的にもうすっかり覚えてしまったテーマを吹く。季節的にどうも楽器調整の難しい時期らしく、不破さんは指板の調子が悪いというようなことをおっしゃっていたし、川下さんもリードの位置が定まらないようだった。いつもならまずは川下さんのソロが始まるところを、ピアノの山口さんがソロをとった。予定外の展開でもさすが皆さんプロのミュージシャンである。情況が悪くても、その中で出来ることをキッチリやる、っていうかトラブルさえも演奏の中に包んでしまう、という気概をひしひしと感じた。さすがに一瞬だけ空気がガタッとはなったけど、その後はいつもと変わらないクオリティの演奏がライブハウスに鳴り響いた。ただ、できることを、淡々と、やる。
 ジャズは(クリシェや約束事があるにはしても)アドリブの音楽だ。いわゆる普通のバンドの、知っている曲、特に意味の分かる歌モノの曲の場合、その曲を始めて聴いたときの思い出や感覚が蘇ってくることが、僕の場合多い。もちろん改めて現状の自分として曲から再発見することもあるのだけど、聴く専門のときはやはり過去から引っ張り出されることの方が多い気がする。対して、ジャズライブのアドリブ部分は、聴いているだけでも現在や、少し前の感覚が反映される気がする。
 『ナポリタン』は、初めて聴いたときからすごく大好きな曲になっている。気付いたらよくテーマを口ずさんでいるほど。ほっこりと、暖かな曲だ。何度目だかもう分からない眠りから覚めるとすっかり夕暮れで、「毛布のせいだね」「毛布が悪いね」「いや毛布は悪くないよ」「そうだね」なんて適当なことを言いながら、のそのそと起きてぼんやりコーヒーを飲んで、あの娘がタバコを吸うのを見てた。この日、『ナポリタン』を聴いたら、そんなことを、ああ、なんだかんだで僕は幸せじゃないか、ということを思い出した。あの娘、べしょべしょのチャーハンしか作れないって言ってた、僕も料理なんて出来やしない。きっと二人でナポリタンを作ったら、べしょべしょのぐちゃぐちゃのナポリタンが出来上がるんだろう。それを僕は食べよう。なんなのこの料理、って言って笑いながら食べよう。だいたいいつでも笑ってるから、僕の目尻には笑い皺が出来てしまっている。カラスの三本足みたいなやつ。だからさ、ロクでもない人生だけど、幸せなんだよ。
 川下さんのソロを聴きながら、そんなことを思ってたら、嫌なことなんてもうすっかり忘れてしまっていた。

 今回のライブのラストの曲は『You've got to have freedom』だった。最近、なんだかこの曲が僕の周りをグルグルと回っている気がする。20代は渋さ知らズの『Naadam』が僕を引っぱってきてくれてきた。Naadamはだだっ広い場所を駆け抜けていく風のイメージだ。風は僕の耳元を勢い良く通り過ぎて、何事かを囁いていく。その囁きを聞き取ろうとして、いつのまにかどこでもないこんなところまで来てしまった。
 『You've got to have freedom』は、真っ暗な中、前のほうに閃光がピカピカと光っているイメージだ。真っ黒だけどものすごく熱い液体が、早く強く突き進んでゆく感じ。それは血管の中であり、または宇宙だ。とてつもない流れだ。ここからの10年間は、この曲が僕を何処かへ連れて行ってくれる予感がする。
 気のせいだっていいのだ。いつだって気のせいだったじゃないか。いつだって気のせいから始まったじゃないか。



コメント

by えこ (URL)
男性社員の言っていることが分かった時に、無意識に自分から理由を答えていることは良くあります。
あ、また勝手に体が動いたみたいな。
後から自分の事を省みれるのは良い人なんだと思います。

私はもはや気のせいの中を泳ぐように生きてます。
2014.11.02 07:39 (編集)

by ソントン (URL)
気をつけて生きてるつもりでも、やらかしてること沢山あって、いやあ、生きづらいッス。
そんなのもぜんぶ気のせいだったらいいのに。
にたないくんが歌ってたよ。
「あれもこれもそれもきっと気のせいさ!!」
2014.11.03 00:48 (編集)


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