20160214 Sun
冗談はさておき


せっかく汗水たらしてニートをやっているのだから、
なくしてしまっていた数年分の睡眠時間を取り戻そうと、
最近はもっぱら寝てばかりいる。
生きてきたなかで、今が一番一生懸命に寝ているとはっきり豪語できる。
おそらくいまの日本男子睡眠レベルだったら五指に入るのではなかろうか。
己の良さや才能がどこにあるのか分からず、ずいぶん遠回りしてきたけれど、
まさかこんなところで開花するとは思ってもみなかった。
人間、なんでもやってみるものだなあ。
今年のリオには間に合わなかったが、4年後の、そう、東京!
きっと皆様に、僕の勇姿をご覧頂けるのではないだろうか!!



冗談はさておき、

やったことがある人は分かると思うけど、
起きて、時計の短針が一周しているのを確認した瞬間の、背徳感は相当にヤバい。
家庭教師の生徒とやっちゃった程度の背徳感は軽く越える。
けど、家庭教師の生徒が小学生だったら、さすがの僕もひれ伏そう。
この背徳感は、低気圧と合わさるとほんとに死にたくなるので、
12時間以上寝る前には天気図をしっかり確認することをおすすめする。
あとは刃物や、縄とかロープとかそういうものを片づけておき、
ガス会社に連絡してガスは止めておき、出来れば平屋で実践するのがよろし。



冗談はさておき、

おそらく、寝るのを止めるのは、僕が寝るのに飽きたとき、
ということになるのだろうが、
この、寝るのというやつ、存外に--怪物である。
深さは底なし。専門家の間でも、
「おそらくファイナルファンタジータクティクスよりも深いのでは」
程度のことしか分かっていないという。
かつてファイナルファンタジータクティクスの深さにはまり、
試験期間中に決死の覚悟でディープダンジョンに挑んだ挙げ句、
見事生還を果たした後に数学のテストで2点を叩き出した身としては、
その説を聞くだけで、寒気に身震いしてしまう。

寝るの界では著名な両親のもとに生まれ、
父が残した熱い思い、母がくれたあのまなざしを継ぎ、
いまでは寝るののホープと言われる僕でさえ、
何度も潜っては失敗し、苦渋をなめさせらている。


いま再び僕は、寝るのの淵に立った。
太陽の光さえほんの数メートルを照らすことしかできない。
かつて誰も到達したことのない、その、底。
なま暖かい風が頬にあたり、寒くもないのに鳥肌が立つ。

--深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ

ニーチェの言葉が頭をよぎった。
だめだ! 飲み込まれようとしている!
カメラに下がるよう指示を出した。
先ほどまで陽気だった現地のガイドの顔からも笑顔が消えている。

一旦深呼吸して、気持ちを落ち着かせようとした。
寝るのに挑むのはもう両手で数えられない回数になった。
しかし、何度目であろうと、この緊張に慣れることはない。
太陽の光が届かない、その闇を見ているうち、
脳裏に、初めてこの地に立ったときの記憶がフラッシュバックした。


まだ若かった僕は、体力も気力も十分にあったし、
トレーニングも十分に積んだ気でいた。
当時の日本で、いや世界でも、
“寝るのの底に最も近い男”と言われていた、清水直鷹さん。
当時無名だった僕は、なんと彼のダイブパートナーとして抜擢されたのだ。
「俺たちなら、行ける!」
そう言って顔を輝かせた直鷹さんは、本当に格好良かった。
握手を交わし、僕は寝るのへと初めて挑戦したのだ。

繰り返す。僕はまだ若かった。
そう、経験のなさが招いた、慢心。
過去最高の深度を超えた瞬間だった。
油断して手を滑らせた僕を庇い、直鷹さんは、寝るのの闇に飲まれ、
もう……帰ってこなかった。

日本に帰ってすぐ、直鷹さんのご家族に挨拶に伺った。
僕はあの日を一生忘れることがないだろう。

頭を下げた僕の肩を、長男の直樹くんは強く揺さぶった。
「父を……親父を返してくださいよ!」
長女の由里香さんは悲痛な声をあげて泣き崩れた。
しかし、奥様の景子さんは気丈な人だった。
きっと、直鷹さんと一緒になったときにはもう、
こういう日がくるのを覚悟していたのかもしれない。

「あなたは、

その声に頭を上げると、一見すると、困ったような顔があった。
溢れてしまいそうな感情を必死に抑えるように、眉間に寄ったシワ。
上がればいいのか、下がればいいのか、分からないまま震える唇の端。
景子さんは、真っ赤な目で僕を見据えると、聞いた。

 ……寝るのをやめられる?」

なんと言えばいいのか分からなかった。
歯を食いしばり、拳を強く握りしめる。
下を向き、答えを探し求める。

そんな中、末っ子の浩鷹くんはまだ幼く、状況を理解していなかった。
僕を見上げて、聞いた。

「お父さんは?」

限界だった。僕は泣いた。
その瞬間、誓ったのだ。
直鷹さんに代わって、必ず、寝るのの底を見る、と。


「らしくないッスよ」

かけられた声で、我に戻った。
一瞬、若き日の直鷹さんがいるのかと目を疑ったが、もちろん違う。
今、僕の隣にいるのは、すっかり青年になった浩鷹だ。
あれから直鷹さんの遺志を継ぎ、トレーニングを重ねた浩鷹は、
今日初めて、寝るのの淵に立っている。
浩鷹の澄んだ目は本当に直鷹さんにそっくりだ。
初挑戦だというのに、まったく物怖じする様子もない。
いまだに緊張している自分が少し恥ずかしくなって、
ごまかすために咳払いをした。

「お前は怖くないのか?」
「下で……、親父が、待ってますから」
「……そうだな」

闇に飲まれた直鷹さんの目。
僕の覚悟を問うた景子さんの目。
そして、いま僕を見る浩鷹の目。

「直鷹さんに、挨拶しにいかなきゃな」
「はい! 腹くくれたところで」
浩鷹はそう言うと、ヒョイと体をこちらに向け、
「いつもの、やりましょうよ」
微笑みを浮かべたまま、拳を突き出してきた。
つられて笑顔で、応えた。
「俺たちなら、行ける!」
そう言って、拳をぶつけ合う。

そう。俺たちなら、行ける。


かつて教わったように、まず少しだけ空気を吸う。

--見ててください、直鷹さん

そして、ゆっくりと、肺の中の空気を吐ききる。

--俺と浩鷹で、あなたが見ることの出来なかった景色、

最後に深く息を吸うと、僕は目を閉じた。

ーー見てきます!



冗談はさておき、

おやすみなさい。




コメント


コメントフォーム

 管理者にだけ公開する

 
OFZK

山瀬まみ「ゴォ!」


booklog (→all)


 日記 (661)
 つくり話 (25)
 右上の音楽ログ (1)

 2017/10 (14)
 2017/09 (6)
 2017/08 (23)
 2016/12 (9)
 2016/11 (18)
 2016/10 (1)
 2016/09 (7)
 2016/08 (4)
 2016/07 (9)
 2016/05 (3)
 2016/03 (12)
 2016/02 (19)
 2016/01 (16)
 2015/09 (1)
 2015/08 (9)
 2015/07 (1)
 2015/06 (14)
 2015/05 (11)
 2015/04 (9)
 2015/03 (14)
 2015/02 (14)
 2015/01 (12)
 2014/12 (10)
 2014/11 (8)
 2014/10 (10)
 2014/09 (30)
 2014/08 (15)
 2014/07 (13)
 2014/06 (22)
 2014/05 (23)
 2014/04 (25)
 2014/03 (23)
 2014/02 (17)
 2014/01 (17)
 2013/12 (18)
 2013/11 (15)
 2013/10 (21)
 2013/09 (8)
 2013/08 (19)
 2013/07 (18)
 2013/06 (19)
 2013/05 (25)
 2013/04 (28)
 2013/03 (24)
 2013/02 (6)
 2013/01 (4)
 2012/12 (6)
 2012/11 (5)
 2012/10 (7)
 2012/09 (2)
 2012/08 (11)
 2012/07 (12)

OFZKed by sonton



adimin