20170827 Sun
僕らはきっと会う


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もうすぐ9/1が来て、今年も子どもがバンバン自殺してしまうんだろうな。
その何が悲しいって、あるはずだった未来が、もう見れなくなるのが悲しい。
べつに大それた未来じゃなくていい。
なんか、死んじゃったそいつがもしも生きていたら、
ある日どこかで、例えば電車の乗車扉で、
僕が降りようとして、そいつが待っててくれて、ありがとうって少し会釈する。
僕らはもうそのあと永遠に会わないんだけど、その1秒しか会わないんだけど、
たぶん失われてしまったそういうことって、案外大きい。

昨日あたりから、読んでもらえるような文章を書くのに大事なのは、
論理と詩情じゃないだろうかとモヤモヤと考えている。
詩情のうちのひとつは跳躍で、そこには論理的飛躍というやつも含まれると思う。
じゃあ他に詩情を感じるのはどういうときか、情緒と詩情はどういう風に違うのか、
そういう、普段の生活では役に立たないことを、延々と考えていきたい。

飛躍が詩情であるとするなら、詩情を持った文章は、時と場を超えて、
死のうとしているそいつに届くかもしれない。
それくらいの飛躍をする文章を書けたなら。
いつか僕はそいつを笑わせるために、電車から降りるのだから。
そのときは笑って会おう。



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