20130325 Mon
新宿西口松屋のおっちゃん


男性だと、知ってる店にしか行かないって人、多いんじゃないでしょうか。女性はホラ、友人同士で新規開拓ぅなんつってフレンチのランチを試してキャッキャ、みたいなイメージがありますけど、男性は会社最寄り駅近くのチェーン系大衆酒場でとりあえずのビールが来て乾杯えーっとじゃあ枝豆とタコわさね、あとは・・・お前何か食う?じゃ鶏唐ッスかねーってお前この前も鶏唐だったじゃねーかよ最近油モン体にキツいんだよーいや先輩この前はホッケだったッスよあっそっかー、なんてふうに月に何度か、多いときは週に何度もデジャブかよっていう光景が繰り返されることもあるんじゃないかと、固く信じてやみません。

僕も一応男性の端くれでありますんで、新宿で一人の時は西口の思い出横町を出たところにある松屋と決めております。ここは上京したときから行ってる店でして。それまで吉野家しか食べたことがなかった若かりし僕は、狂牛病の騒ぎによって牛丼より幾分味の落ちた感のある豚丼を出すようになってしまった吉野家にいよいよ愛想を尽かし、さてどこへ河岸を変えようかと思ってた矢先。ここの松屋に出会ったのでありますね。食券という合理的なシステム、吉野家の豚丼よりも断然美味い(と個人的には思う)豚めし、それより何より味噌汁まで付いとるやないかーい、と完全に松屋に惚れたわけです。それ以来、豚めし並盛が固定メニュー、たまのハレの日はビビン丼を注文し、辛いものが苦手なくせに美味いからって一気に食って毎回お腹を壊すという日々が続いていたのですが、いまや豚めしはメニューから消え去ってしまい(消えたのに気付いたときは膝から崩れ落ちたよ)、現在は妥協点として牛めしの並盛を注文しております。どうでもいい情報を長々と書いてしまった感は拭えんな。

さて先日、この松屋へ言ったときの話。ほぼ同時に入店して僕の左隣に座ったのは、ダンディと汚らしいの境界線に乗っかってる感じのおっちゃん。ドンキホーテではないけど高島屋には全然届かない、うーんヨドバシかなーっていう、実際ヨドバシの紙袋を折り畳んで持ってるしなーっていう、まあ新宿には多い風貌のおっちゃんでした。さらに左隣に座ったのは、キミはあれだろ、これから南口のメロンブックスだろ、という青年。俺も数年前は「ひぐらし」とか買いによく行ったよ、メロンブックス。そんな我々即席トリオの食券を取りに来たのは、ガンさんという東南アジア系の男性。「牛めし並盛り、ありがとうございまーす」「マーボーカレー、ありがとうございまーす」と流暢な日本語で食券をもぎっていきました。さてその後、若干のミスが起こったのは「牛めし並盛おまたせしましたー」と持って来てくれたのがガンさんではなく、中国人女性チョウさんだったのが原因。僕が頼んだはずの牛めしが、左隣のおっちゃんに間違って出されてしまったのです。こういう時に僕は何も言えないヘタレですので、おっちゃんがブチギレるんじゃないかと一瞬ヒヤッとしたのですが、「違う、俺はマーボーカレー」とおっちゃんが不機嫌ながらも言ってくれたおかげで事なきを得ました。

ご存知の方も多いとは思いますが、松屋にて最速で供されるメニューは牛めしでございます。ピーク時なんて、それ絶対作り置きやろ、っていうスピードで出てくることもあるほど。この時もそうでした、なんせ晩飯時の大都市新宿ですからね、早いのなんの。音速の貴公子も土下座で参りましたって言うんじゃないかっていうスピードで、僕が頼んだ牛めし並盛は出てきました。メロンブックスの青年の頼んだ牛めしも出てきました。おっちゃんが頼んだ、調理にやや時間のかかるマーボーカレーはまだ出てきません。

間違って牛めしを出されてお預けをくらったおっちゃんは、いよいよ空腹に我慢ならなくなったのか、抗議行動にとってでます。箸置きから1膳抜き取って、右手で握るように持ち、柄の方をカッツンカッツンとテーブルに打ちつけ始めたのです。字面では伝わりにくいのですが、これが相当にやかましい。新宿松屋のテーブルはなぜか大理石的なものとなってまして、ちょっとの音でもめっちゃ響くんです。その上おっちゃんが妙なリズムを刻んだりするもんだから、オチオチ落ち着いて食べることもままならず。いや、ファストフードだから、初めから落ち着いてなど食べる気はないですけど。

さて、賢明な諸兄ならば既にお気づきでありましょう。その時の僕も「あれっ?」とわずかに引っかかるものを感じました。その違和感の正体は、

「マーボーカレー、お待たせ致しましたー」

そうです。
カレーを食うのに、箸はいらないのです。

うっわー、やっちゃったよ、この人ー。自分のオーダーが来てないことをアピールするカッツンカッツンに夢中で、オーダーが来たあとのことまで考えてなかったよー。これが世に言う木を見て森を見ずというやつだな。ちょっと違う。って、いやいや、己の価値観だけで世間を決めてはいかん。例えば世間の皆様は、セミのことを「夏にミンミン鳴く虫」と思ってるけれど、俺は「幼虫はナッツ味、成虫は甲殻類の味のする、ちょっとしたおつまみ」だと思ってるじゃないか。それと同じように、俺にとってカレーはスプーンで食べるものだけれども、この人にとっては箸で食べるものなのかもしれない。もしも仮にだよ、出てきたのがマーボーカレーではなくマーボー丼だったりしたら、俺だって何の違和感もなく箸でいくだろうし。自分の部屋でマーボーカレーを作り終わった後に「しまったー、この前の貴金属類徴収令のときにスプーンは御国に提出してしまったんだったー」ってなったら箸で食うだろうしさ。とまぁ、箸とスプーンのボーダーラインって個人的な思想や状況によって変わるよね、変な目で見てゴメンねおっちゃん、と再び隣に目線をやると、おっちゃんは「あっ」っていう表情のまま固まってた。はい続行、変な目で見るの続行。

やがて、おっちゃんの一時停止がとけました。おっちゃんは、箸を左手に持ちかえるとなぜか、それがまるで指揮棒であるかのようにそっと掴みました。右手にスプーン、左手に指揮棒(実際は箸)スタイルです。その状態でマーボーカレーを食べ始めるおっちゃん。言い忘れてましたがおっちゃんは、テーブルの上に折り畳んだヨドバシの紙袋を左肘で押さえながら食べてます。しかもその紙袋がバタバタとしぶとく動いてるかのように、何度も何度も肘で押さえ込むのです。一口食べるごとに一回押さえつけるのです。僕の目にはただの紙袋にしか見えませんでしたが、おっちゃんにとっては釣り上げたばかりのピラルクだったのかもしれません。そのエネルギーを肘から吸収して手の先へと伝播させ、持った指揮棒(箸)から宇宙へと放出しようとしていたのかもしれません。そんなわけはない。考えれば考えるほど分からなくなってしまいます。

っていうか、おっちゃん、いい加減諦めて箸を置いてくれないか。事の顛末が気になりすぎて、俺は食べるスピードを調節せざるをえない。と、ここで新しい動き。おっちゃんが、置いたのです。ただし、スプーンを。って、こら。箸の方を置きゃあいいじゃないか。ああん、もう、もどかしい。そしてそしておっちゃんは、僕の予想を遙かに越える驚愕の動きを見せたのであります。

左手に持った箸から1本だけを右手にとって、味噌汁をかきまぜ、そしてまた、その箸を左手に戻したのです。

空いた右手で悠然と味噌汁を飲むおっちゃんに、相変わらず俺はテレパシーを続けます。だからさ、おっちゃん、無理すんなって。自分のレパートリーにはない箸の使い方を模索する必要は無いんだって。店員さんも怒らないし、俺はもっと怒らないから。っていうか、俺に怒る権利が無いから。置こうよ、箸。俺の言ってることはあながち間違ってないし、おっちゃんもそろそろ限界のはずでしたが、ここで問題なのは、そもそも俺にはテレパシーの能力が無いことでした。伝わらんわー、全然伝わらんわー。いや待てよ、ここでテレパシーを受けとるべきなのは、おっちゃんではなくて俺の方かもしれない。主要武装であるスプーンをわざわざ置き、汝左手に抱いた偉大なる指揮棒(箸)にて混沌たる液体(味噌汁)を混ぜし理由。そうか!分かった!おっちゃんは、カレーの付いてしまったスプーンで味噌汁をかき混ぜたく無かったんや!そのためにあらかじめ箸を持ち、マドラーとして使うことによって、味噌汁の中に若干なりともカレー味が混入してしまうことを防いだんや!

するとおっちゃん、今度は普通にスプーンで味噌汁をかきまぜました。

返せ。俺が推理に費やした時間を返せ。味噌汁が付いたスプーンで普通にカレーを食べ、逆もまたしかりなおっちゃん。っていうかもう、左手にもった箸は見ないふりになってます。って言っても、まだ紙袋エネルギーの放出は続いてるんですけどね。だから置いてくれよ、その指揮棒を!

戦争がありました。出会いと別れがありました。幾時代かがありました。マーボーカレーとスプーンと箸がありました。キャンディーズは「普通の女の子に戻ります」とステージにマイクを置きましたが、カレーを食い終わったおっちゃんは箸をそっとカレー皿の端に置きました。そうです。おっちゃんの無言の引退宣言でした。ただ、引退であって、敗北ではありません。結局味噌汁は中途半端な量が残ってしまいましたが、でも敗北ではありません。おっちゃんは戦い抜いたのです。左肘の下の、ピラルクと共に。紙ナプキンで口をぬぐい、帰り支度をするおっちゃんがポツリと一言。

「なんでだろなぁ」

それは俺が聞きたい。



コメント


コメントフォーム

 管理者にだけ公開する

 
OFZK

Reggie Watts 「A Song About Apples (Always Love Yourself)」


booklog (→all)


 日記 (658)
 つくり話 (25)
 右上の音楽ログ (1)

 2017/10 (11)
 2017/09 (6)
 2017/08 (23)
 2016/12 (9)
 2016/11 (18)
 2016/10 (1)
 2016/09 (7)
 2016/08 (4)
 2016/07 (9)
 2016/05 (3)
 2016/03 (12)
 2016/02 (19)
 2016/01 (16)
 2015/09 (1)
 2015/08 (9)
 2015/07 (1)
 2015/06 (14)
 2015/05 (11)
 2015/04 (9)
 2015/03 (14)
 2015/02 (14)
 2015/01 (12)
 2014/12 (10)
 2014/11 (8)
 2014/10 (10)
 2014/09 (30)
 2014/08 (15)
 2014/07 (13)
 2014/06 (22)
 2014/05 (23)
 2014/04 (25)
 2014/03 (23)
 2014/02 (17)
 2014/01 (17)
 2013/12 (18)
 2013/11 (15)
 2013/10 (21)
 2013/09 (8)
 2013/08 (19)
 2013/07 (18)
 2013/06 (19)
 2013/05 (25)
 2013/04 (28)
 2013/03 (24)
 2013/02 (6)
 2013/01 (4)
 2012/12 (6)
 2012/11 (5)
 2012/10 (7)
 2012/09 (2)
 2012/08 (11)
 2012/07 (12)

OFZKed by sonton



adimin