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20161204Sun
 >21日目

12/4(金)曇ときどき雨+強風

 道の駅、案の定、雨と風でベンチではおちおち寝てられず。途中で場所を変える。裏にあるベニヤでできた売店ボックスに忍び込み、板が風でガタンガタン揺れるなか、頑張って寝た。4:30起き。準備して、納経時間前に41番龍光寺へ。先に来ていたおじさんと少し話す。ほかに朝から順打ちツアーの老人の団体あり。納経所のおばさんが気さくな人で、話してて楽しかった。次に向かう歩きのルートも教えてくれた。
 42番仏木寺、山道でSさんに追いつかれる。「川のあるところは良いですねー」と良いながらすごいスピードでさくさくと歩いていった。鳥坂トンネルは1k以上あって、大型車もバンバン通るのに、歩道が狭くてものすごく怖い。トンネルエコーが気持ちよくて大声で歌っていたら、自転車が追い抜いていって恥ずかしかった。あとは延々
と歩く。道引大師という場所へ寄る。とても小さい箱があるだけだけど、ここで野宿をする人もいるらしい。
 43番明石寺。山道のあとの上り道はきつい。さらに風が強いのでフラフラしてしまう。お参りしていると再びSさんに遭遇。近くの道の駅で洗濯しつつ、じゃこ天を食べてきたらしい。うらやましい!僕も10年くらい前に愛媛でじゃこ天おばちゃんの店へ行ったことを思い出した。ここで徳島で会った、青森から来ている住職と再会する。本職の人と一緒にお経をあげさせてもらった。いつか青森へ行くことがあったらお寺へ寄ってみたい。
 宇和の町は歴史的建造物が多く、保護されているところが多かった。伊勢のおかげ横町が静かになったような感じ。ずっと天気が微妙だったけど、大洲に入るあたりでパラついた。ヒョウも降った。変な天気。とつぜん、ユニクロ・ブックオフ・明屋書店と、次々と街っぽい建物があらわれ、先ほど山から下りてきた者としては驚く。街は美容室が多いなと思う。車から声をかけられ、のど飴を頂いた。歩きだそうとしたときに、ショルダーバッグがヒザの嫌な場所に当たってしまい、足が動かなくなる。その場で座り込んで休憩。バイクで回っているというお遍路さんに、僕の今日の宿を聞かれる。いつもは24時間営業のネカフェに泊まっているらしいが、この周辺には24時間営業の泊まれそうな場所がないらしい。道の駅のベンチとかで野宿です、と答えると驚かれた。にわか雨。
 足を引きずりながら、十夜ヶ橋永徳寺の通夜堂へたどりつく。許可がないと泊まれないのだけど、お寺はすでに閉まっていて暗かった。電話番号は書いてあるのだけど、iPhoneは初日に充電が切れて以来ただの重い板になってしまっているので、どうしようかと困っていると、通りがかりの男性が携帯を貸してくれた。この方がとても良い人で、僕が通夜堂で休んでいると、コーヒーとパンとバナナを買ってきてくださった。一緒に十夜ヶ橋の下も見に行く。
 近くのオズの湯というスーパー銭湯に入り、横にあった宮脇書店で久々に本を見る。やっぱ本だよ!夜ご飯はほか弁。通夜堂の辺りは店が固まってて便利です。明日からはガチの山道に突入。頑張る。ユニクロで買ったパンツの調子が悪い。


コンビニ 476円
コンビニ 206円
ユニクロ ?円
ほか弁  330円

5:30 道の駅みま -(1k)- 41番 -(2.6k)- 42番 -(10.6k)- 43番 -(23.6k)- 十夜ヶ橋


12/4(日)曇のち雨
 十夜ヶ橋、というのは、真言宗の開祖・空海が、遍路道を開いているときにこの辺りの家で宿泊を断られ、橋の下で寝たという伝説がある場所。横の永徳寺は遍路別格20番所の8番目の札所になっている。ちなみに、遍路道の橋の下には、いまでも空海が眠っているとされ、起こしてはダメなので橋の上を通るときは、杖をついてはいけないというルールがある。慣れるまでは破りまくるルールである。ちなみに、空海はいまでも高野山の奥の院にいる、とされている。偏在する概念のような存在である。いわば、まどマギのまどかみたいなものだろうか。十夜ヶ橋の周りは高速が走ってたり、そのインターがあったりと、わりと賑やかな場所です。
 バイクの男性は、88カ所と別格20カ所をまとめて回っていて、数日後のウナギ稚魚の漁までに帰らなければいけないと、かなり急いでいる様子だった。前にも書いたかもしれないけど、88カ所は現代においては納経帳スタンプラリーみたいな面もあって、さらに別格20カ所はお金を払うと数珠の玉が1つずつもらえて、全部集めてさらにお金を払うと、それらをつないでもらうことができるらしい。その話を聞いて、この辺から納経帳書いてもらうのに300円払っているのがなんだかアホらしくなってきたというのが正直なところ。観光の面もなければお寺が成り立っていかないのも分かるのだけれど、金儲けをことさらに押し出されるともちろん冷める。
 日記だけ読むとSさんとデッドヒートを繰り広げているように見えるが、向こうの方が段違いに速い。ただ向こうはあちこち寄って、健康的に旅をしている分時間がかかっているだけである。
 そしてもう一人、この旅で何度か会う人物と、この日出会った。携帯を貸してくれた男性である。愛媛在住という彼は、歩き遍路にあこがれているものの、家の事情でなかなかまとまった旅が出来ないらしく、僕に旅の様子をあれこれと聞いてきた。とりあえず歩きはガチでしんどいことだけは伝えておいたので、あれから車ではもう回ったかもしれない。このあと、僕が居そうなところに車で駆けつけては、差し入れをくれたり一緒にお参りしてくれたりした。






20161203Sat
 >20日目

12/3(木)曇+強風

 昨晩はすごいことが起きた。お風呂で時間を潰してバス停へ移動したら、車から女性に声をかけられ、なんと、その方のお宅に泊めさせて頂くことになった。旦那様が歯科医をやっておられるとのことで、本宅とは違うもう一軒の別宅(!)に連れて行ってもらった。すごく大きい家で、僕が泊めさせてもらう部屋にはダブルサイズのベッドが2つ。奥様がとても丁寧に各部屋の使い方を説明してくださった。洗濯機と乾燥機も使わせて頂いた。この旅始まって以来の洗濯である。歯科医の会合(飲み会)から戻られた旦那さんのお相手でビールを1本頂く。プレミア焼酎の甕雫・極が普通に出てきてビックリした。リビングには、大きくて深くまで沈むソファ、グランドピアノ、毛皮っぽいカーペット、シャンデリアみたいな照明、キャンバスに乗った絵など、おそらく僕は一生で今回しか見ることのないであろう雰囲気だった。めちゃくちゃ大きいテレビも勝手に見ていいと言ってもらうなど、あまりの好待遇に終始ただただ固くなっていた。
 朝にはご飯まで頂き、再びゆらり内海まで車で送って頂く。以降はこのお家の幸福を祈願することを固く心に誓う。その後、体力も完全回復したし、結構頑張って歩いたつもりだったんだけど、夜までに41番にたどり着けず、手前の道の駅で寝ることに。ベンチに座って休んでいると、なんと、20kの差を一気に詰めてSさんが追いついてきた!なんという健脚……。再会を喜び、早速、本日の昼に風で吹き飛ばされた野宿リストをちゃっかりとコピーさせてもらう。お礼にキットカットを渡す。
 今日もたくさんの人に声をかけてもらった。おばちゃんからはアイスをもらった(すみません、寒くて食べられませんでした……)。たまたま馬目木大使をお参りしてたら、近くにいた工務店の頭領さんっぽい人にペットボトルのお茶を頂いた。ありがたい。宇和島市街はオシャレなカフェなど店も多く、道もかなり整備されていて都会な印象。いつかまた闘牛を見に来たい。
 今夜も風が強く、さっき通り雨が降った。昨日の暖かい寝床が思い出されるが、気合いで寝てやる。


コンビニ 238円
コンビニ 326円
コンビニ 100円
コンビニ 223円

7:30 お家 -(36k)- 17:30 道の駅みま


12/3(土)晴
 40番→41番は50.2kと遠いので、一日で着けるとはハナから思っておらず、ゆらり内海で翌日の計画を立てたときも、まあゆっくり行こうと思っていたのだけれど、まさかこんなにゆっくりさせてもらうことになるとは……。歩きで回っているとたまにこんな奇跡が起きるのかもしれない。奥様も旦那様も、すばらしい方だった。奥様がよく困っているお遍路の世話をするらしく、いつものこと、といった感じだった。神を見た。ほんとうにありがとうございました。この日のことがなかったら、途中で投げ出してたかもしれない。僕は神を信じていないが、いないというわけではなくて、まあ何かそういうのはあるんだろうと思っている。この日はそういうことだったんだろう。ちなみに、全行程中、洗濯はこの日の1回だけである。異臭で周りにずいぶん迷惑をかけただろうと申し訳なく思う。
 それにしてもSさんである。Sさんが本気で歩くと、僕より5時間分速いと言うことが分かった。海岸沿いに高知を回ってきた感想は、「海が綺麗だった」と「海鮮丼が美味しかった」とのことだった。ほんとに無尽蔵の体力である。
 宇和島観光もしたかったが、歩き遍路をしていると割とそれなりの修行っぽい格好になってしまうし、そもそも僕の場合は体力に余裕がなくて挙動が完全に不審者なので、こちらから普通の場所にはあまり入っていきづらかった。宇和島城も遠くから眺めるにとどめる。






20161202Fri
 >19日目

12/2(水)晴のち雨+風

 地蔵堂、途中何回か起きてしまう。下が固いのと、寒いのが原因か。寝袋を持ってないのがいよいよ辛くなってきた。地蔵堂の中で寝たというのに、まったくもって俗な夢を見る。
 朝から松尾峠を越える。愛媛に入った途端、遍路道の看板が連発。カワウソみたいなゆるキャラから山茶花堂ってところの人が作ったらしい木製看板まで。それらの看板により、もっとも遍路っぽさを味わえる自然の残った道へと、人工的に導かれる。40番観自在寺へ途中には2kくらい川沿いを歩く道があった。このときはまだ晴れていて、今日も暑くなりそうだ、とかのんきに思っていた。女子中学生のマラソンの授業に遭遇。後ろの方は2人1組になって仲良くダラダラと走っているのを先生にドヤされていた。
 愛媛しょっぱなの町の人たちはかなり親しげに挨拶しれくれる。Amaxというスーパーの隅に座って昼ご飯を食べていたら、ミカンを頂いてしまった。しまむらでパンツ・靴下・スリッパを買って荷物が重くなったなー、と思ってたら天気が一気に崩れ、強い雨が降ってくる。これは旧遍路道の峠は足下が危なくて無理だ、と、海岸沿いの車道ルートを行く。まあ、予定通りっちゃあ予定通り。久々の大雨。風も吹き、すぐにズボンがびちゃびちゃになった。歩きにくい。予定では嵐山ポケットパークという場所まで行くつもりだったんだけど、この天気で野宿できるような場所か分からず不安なので、8kほど手前の温泉「ゆらり内海」に飛び込んだ。今夜は温泉のバス停で寝るつもりだけど、絶対に眠れないと思う(笑)。受付のお姉さんによると、あと2~3日は雨が続くらしい。湯上がりに乗った体重計は47kg。そりゃ腹も減るわな。もっと食べるようにしよう。体がもたない。温泉の閉店(22:00?)ぎりぎりまで居させてもらおうと思う。服が臭い。あと2週間強、頑張ろう!


コンビニ  440円
スーパー  662円
しまむら  1160円
納め札  ?円

6:30 子安地蔵堂 -(14k)- 11:15 40番 -(18.7k)- ? 子安地蔵堂


12/2(金)晴
 ついに愛媛へ。高知で目印が無くて散々迷ったのはなんだったのかというくらい、愛媛は道しるべが多い。メモには、高知の牛乳はひまわり、愛媛の牛乳はらくれん、と牛乳愛好家らしいことが書いてある。高知の牛乳の方が少し安く、愛媛でもここらへんだとまだ買えたようだ。愛媛はじめの町は愛南町。ものすごく愛のある町だということがあとで分かる。
 凍える体を温泉で溶かし、そのあとは受付のお姉さんにお願いして休憩所で長居させてもらった。本があったので退屈しなかった。「いつき組」という人たちが作っている俳句の同人誌が面白かった。遍路旅が終わって、10年ぶりにテレビを点けたら、『プレバト』という番組に、夏井いつきという、いつき組の先生が出ているのを見て驚くことになるのだけれど、このときはそんなこと知るはずもない。





20161201Thu
 >18日目

12/1(火)晴

 前日寝過ぎたためか、そのうえ寒さと、寝返りすると点灯するセンサーライトのせいで、なかなか眠れず。岡山で買った角川ソフィア文庫『空海入門』、著者のドヤ感が鼻についてきて途中で投げ出し、ドライブイン水車に置いてきた。ついでにまたペンをどこかでなくした。
 午前中は歩いた。真念庵に寄った。88カ所は、38番の中国人観光ツアーみたいな感じで、人が多くて疲れるのだけど、真念庵のような番外の場所は静かで良い。今回は88カ所以外を回る余裕はないけれど。昨日思いついたアイドルグループのネタを延々考えながら歩く。今日は20℃はあった。朝と夕方は割とサクサク歩ける。下りは左脚がツライ。ご飯はガッツリ食べた方が良い。ここ数日はローソンの塩カップラーメン+オニギリ+高知牛乳が定番。高知牛乳、高知を出てしまうけどなくなるのだろうか……、寂しい。夕方に通過した宿毛の町並みがレトロで良かった。活気もあったし、若い人も目立った。
 野宿予定の、松尾峠前の地蔵堂までなんとかたどり着いた。周りになにもなく、驚くほど静か。どこかでヒコーキの飛ぶ音だけが聞こえる。暗くなる。照明は自分で灯したローソクだけ。明日の予定を立てたら外の闇の中に出てみよう。明日は愛媛突入。
 (夜)
 恐ろしいほどの闇と無音。甲虫がどこかに1匹いる。歩く音、足の1本1本が着く音が聞こえる。星が綺麗だった。寒い。暗い。ローソクがなくなったらどうしよう。途切れ途切れにもう10本ほど使ってしまった。
 恐怖とは結局人の心。一人でいることは、それが平気であること。


コンビニ  541円
コンビニ  108円
コンビニ  343円

7:00 ドライブイン水車 -(24k)- 13:45 39番 -(11k)- 17:00 子安地蔵堂


12/1(木)晴
 長くつらかった高知も終わり。前にも書いたが、高知を歩いている間、1万回くらい帰りたいと思ったが、果たして僕の帰る場所というのはどこなのだろうか、などという考えのドツボにはまるくらい帰りたかった。松尾峠は300mそこまで高いわけではないが、ここを越えると愛媛か、と眺めながら、その手前にある地蔵堂に泊まった。すでに夕暮れで視界が悪いなかで探し回ってなんとか見つけた。ただの小屋だがこぢんまりとして綺麗だった。毎日日記を書いていたにも関わらず、いつの間にか12月。




20161130Wed
 >17日目

11/30(月)晴

 ベッド!毛布!密室!大雨が降っていたけど気にせず熟睡できた。津呂へんろ小屋の管理人さんは、かなり理想型のおじいさんだった。方言ではなく、標準語を話していた。ねぼけまなこで小屋をあとにして、神社の階段でおにぎりを食べる。女子小学生がやって来てバスを待つ。もちろん怪しい目で見られるので、退散した。
 38番金剛福寺。椿とジョン万次郎が大きくフィーチャーされていた。中国人観光客でにぎわう。Sさんや、36番で会ったおじさんとすれ違う。打ち戻りルートを行く僕とは違い、Sさんはこのあと高知県を大回りする20km分長いルートを行くそうだ。もしかするとここでお別れになるかもしれないと改めて挨拶する。
 久しぶりに暖かい1日。昼食がミニクリームパン1個になってしまい(計画せず食うから……)、空腹のあまりもうろうと歩く。そんな様子を見かねてか、車に乗った人に3回くらい声をかけていただいた。なんとかローソンにたどり着きドカ食い。腹に入っていると歩くスピードが違う。
 途中、「クモモ」と「クマチ」という萌える名前のバス停があり、その子たちを含めた5人組のアイドルを妄想で結成してたら、楽しくてかなり足が進んだ。

コンビニ  1239円

7:10 津呂へんろ小屋 -(5k)- 8:45 38番 -(27k)- 17:00 ドライブイン水車


11/30(水)曇ときどき晴
 足摺岬にたどり着いた。ここから次の39番まで、地図には6種類のルートが示されている。僕が選んだのは50.8kmの道。Sさんが選んだのは72.5kmの道。Sさんになぜその道を選んだのか聞いたところ、「いっぱい歩けるし、いっぱい海が見れるから」という小学生のような理由が返ってきた。Sさんとはここでお別れになるかもしれないと、遍路での名刺役割を果たす、納札を交換した。
 5人組のアイドルの設定がメモに残っている。これほどまでにどうでもよいことを書くくらい疲れているし、書くこともないくらい歩いている。
 クモモ(緑・主人公・ドジっ娘)
 クマチ(赤・リーダー・ツンデレ・クモモのことが好き)
 小浜(青・クール・クマチのことが好き、しかしだからこそクマチとクモモが上手くいって欲しくて自分の気持ちは秘めたままにする)
 大浜(黄・天然・小浜のことが好き)
 岬(桃・年上・セクシー・名字は足摺でエロおよびオチ担当・スピンオフで活躍)
……遍路を歩こうとも、煩悩は落ちないようである。




  

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日記 (619) 作り話 (25) 

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このブログのタイトルは OFZK です
ソントン という人間が書いています
だいたい本を読んでいます





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